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遥か遠くの君達へ  作者:
第一章 リトライ編
23/25

23話 60層

 第60層、以前の学校における最高記録としては57階層であったが、それを塗り替えての大幅更新だ。


「いやまあ、こういう想定で来たのはきたんだが、本当に着くと逆に驚くな・・・・・・」


「運が良かったと思おう。情報が出回ってたのが大きい、普通はこんな風には絶対ならないはずだ」


 この迷宮はイレギュラーがないだけで他の迷宮はなにが起こるか分からない。

 ほぼほぼ実戦に違いないが、限りなく練習に近いものだと割り切った方がいいだろう。


 想定していた最終階層。

 その前で最後の調整をする。


 10層ごとの階層主の部屋は様式が決まっている。

 半径約10メートルの円形の部屋で、高さは約30メートル。10階層の際に部屋の外から攻撃できないかを試したが、部屋に魔法が入ると即座に霧散したのを確認した。


 ただ部屋の中で行使する魔法には問題はない。

 迷宮の働きによるものだろうが、これを理解するには現状の文明力では足りないのだろう。

 俺の行動を見てフーが心なしか微笑ましい子供を見てる様な視線を向けてきたのがその証左だ。


「準備は?」


「完璧! いつでもいける」


 一つ頷き、俺は魔力回復ポーションを一つ飲み干す。

 あと一戦であればまだ余裕があるが、順調に進み過ぎてどこか油断を抱き始めている気がしたため、念のために服用した。それなりの金額がするものだが、これで安全に階層主を倒せるなら安い出費だ。


「ふぅ・・・・・・」


 深呼吸を一つ。

 集中力を高めながら階層主の部屋へと踏み込む。


 第60層階層主、【機械兵(きかいへい)

 全長4メートル、幅1.7メートルの大型モンスター。

 様相は人間に地殻、二足で行動する。


 特筆すべき点といえば、全身が未知の金属でできているということだろう。

 黒い光沢を持った金属、非常に堅く生半可な攻撃は通用しない。今後3年間でこの階層から進めない生徒は多くいると言う。


「でかいな」


 部屋の中央、機械兵が屹立している。

 俺達の姿を認め、眼に機械的な光が灯る。


 駆動音、眠っていた階層主が起動する。


 ――水魔法、侵霧界


 部屋全体を霧で満たす。

 唯一、部屋中央部分に霧は存在せず、その中央に向かって俺は移動する。

 誠二は霧の中に体を潜ませ計画実行のために移動する。


 誠二の準備が整うまで幾らか時間が掛かる。その上準備と戦闘を平行するのは魔法操作がおぼつかない自分では難しいとのことだった。

 ならば時間をどう稼ぐのか。

 答えは明確。俺と機械兵との()()()だ。


 油断なく感覚を研ぎ澄ませ、機械兵に近付く。


 機械兵の武器は巨大な槌だ。

 巨大な手で柄を握り、逆さにして地面に置いていた頭部を上げる。


 軽い動作を行うだけで空気を押しのける重い音が耳朶に届く。


(来る)


 視線が俺に定まり、金属の擦れる音を捕らえると同時、俺は魔法を発動する。


 前面に出現するは半透明の液体。

 魔力操作を用い液体を操作する。宙を漂いながら滑らかに泳ぐ小波は、俺を守るよう周辺に留まる。


 機械兵が踏み込み、槌を振り下ろす。

 受けるまでもなく一撃必殺を確信する攻撃は、俺が以前まで使用していた水壁ではまるで意味を成さないだろう。


 それを分かっていてなお、宙を漂う液体を攻撃を防ぐように動かした。

 正直このレベルの攻撃を受けた例がないため、構想通りにいくかは未知数であったあるしゅの賭けは――


「うしっ!」


 俺に軍配が上がった。


 思わず小声ながらも声を上げる視線の先には、鈍い音を響かせながらも液体に阻まれる機械兵の槌。階層主の攻撃をもってしても突破できない事実に士気も上がる。


 実は習得した魔法の中に、たったひとつだけ防性に長けたものがあった。

 これを俺が使用できたのは、完璧に術が確立されていたのが大きい。


 炎で攻撃を防ぐような物理的に疑問符を浮かべるような魔法ではない。その基礎が存在し、先人が未だ魔法を想像のものと割り切ることができなかったが故に生まれた魔法だった。


「ダイラタント流液」を知っているだろうか。


 この流液は水や血液のような他の流液と異なり、せん断速度の増加に伴い粘度を増すという性質を持っている。つまり大きな衝撃に対して硬化するのだ。これに酷似した性質を術式に落とし込み生まれたのがこの魔法。


 純粋な性質で持って行われる魔法は防性魔法の才能を無視する。

 今でこそ魔法の進歩でこれらの化学に基づいたものが淘汰されているが、使いようによってはその有用性は他に劣るものではない。


 魔法名、『衝吸壁』。

 戦時、対砲弾ように開発された防壁魔法である。


 呼吸を繰り返し脳に酸素を送る。


 そのままその場から移動する俺に追随して機械兵が動き槌を振るう。

 対する俺はその場を動き回りながら必要であれば魔法を操作して攻撃を受けきる。


 それが都合十数と繰り返される。


「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」


 たった二人、慣れない迷宮で数時間と動き続けているため体力の消耗が激しい。

 更には勢いを増していく機械兵の動きに否応にも反応する警鐘に精神力が削られていく。


 この衝吸壁は一見あらゆる物理攻撃に対し万能であるかのように見えるが、実は弱点も存在する。衝撃の小さい攻撃に対しては硬化しないのだ。どれだけの知能があるのか、もしくはそんなものはないのかもしれないが槌を手放し両の手で捕獲されればそのまま圧殺される。


 そして俺の魔力操作では現状この魔法を一方向にしか展開できない。壁を操作することはできるが、それでも向きを変えるだけ。周囲を囲われたらそれで終り。


 できれば確実な距離で戦いたいが、今回の作戦を考えればそうできない理由がある。

 絶対条件として奴に地面を攻撃させてはいけないのだ。故に俺が対処可能な一定の距離を保ちながら攻防を続ける必要がある。


(くそッ、何分経った?!)


 鼻血を左手で拭いながら機械兵の攻撃を防ぐ。

 おそらく十分にも及ばない攻防、しかし体感では倍以上に感じる。


『焦らないで、呼吸を意識するんだ。この程度逆境の内にも入らないだろ?』


 わざわざ発破をかけようとするフーに表情はどこか心配気で少し苦笑が漏れる。

 揶揄う余裕するないように他者からは見えるらしい。


 英雄に憧れるような男がそれでは駄目だろうと、無理矢理に引き攣った笑みを浮かべて集中を維持する。

 即死級の槌が暴れる中、状況が動く。


 一歩踏み込もうとした機械兵の足元に土の棘がせり出し一歩下がった。


「悪ぃ! 待たせた! あと30秒だけだ!」


 仕掛けを施していた誠二が戦線に出る。


「ナイスタイミングだ、正直もう集中力が持たなかったんだ」


「もうひと頑張りだ、頼むぜ相棒!」


 土の棘を容易に破壊して進行する機械兵に向かって誠二が走り出す。

 前転で頭上を通り過ぎる槌を回避し、機械兵の関節部に長剣の一撃を見舞う。堅い装甲に比べ防御力に劣るものの、微かに傷をつけるだけに留まる。


 しかし、誠二は笑みを深めた。


「ビンゴだ! 俺の攻撃で傷つくならいけるぞ!」


 俺の士気を高めるためか、わざわざ超接近してそれを確かめる度胸に感心する。


 そして得られた情報は最後の力を振り絞るには十分なものだった。

 誠二が生成する土棘に魔力を通す。


「同調」


 俺の魔力と合わさり、水のように流れながら土の棘が浮遊する。

 それらが機械兵の周囲を円環し、それぞれが関節に狙いを定め、右手を振り下ろす動作に従い一斉に放たれる。


 槌を盾に防御姿勢を取る機械兵。

 装甲と魔法がぶつかる衝撃音に耳鳴りを覚えてなお、全ての攻撃を防ぎきった機械兵はその両足で屹立し駆動音を上げる。


 二人を見下ろし、大きく振りかぶった槌。

 しかし、それは振り下ろされることはなかった。


 ガンッ


 音が聞こえたのは頭上。

 機械兵の槌がなにかにぶつかった音。全ての準備が整った音だ。


 機械兵は頭上に視線を向ける。

 霧がかかっていてよく見えなかったが、俺はその霧の魔法を解いて全てを晒す。


 姿を現したのは部屋の天井だ。三十メートル近く上にあるはずの天井がそこにはあった。

 天井が降りてきた? 違う。足元に視線を移せばそれは部屋の床ではなく武骨な土で生成されたものになっている。


 そう。誠二が土魔法で床を生成し、そのまま持ち上げたのだ。


 誠二が魔法を解除する。

 途端、浮遊感が俺達を襲う。


 およそ20メートルの高さから物体が落下すれば、その速度はおよそ19.8メートルパーセック。機械兵の素材が不明であることから密度の算出はできないが、仮定として10トンとする、同様に素材が不明の床材の強度を考慮し減速力を出す。


 そこから導き出される機械兵にかかる衝撃力は、およそ50000000キログラムフォース。これを換算すれば、およそ4900トンの衝撃が掛かる事になる。これでやれないならもう俺達に手はない。


(はじめ)ッ!」


 ――水魔法、游鮫


 壁から水魔法で生成された鮫が宙を舞い、その口で俺と誠二を咥える。


「ぼっぼぁあ! あぼぼぼあ!(よっしゃあ! やったぞ!)」


 なにを言っているかは分からないが、歓喜を表すような動作に首肯で返す。

 魔法で着地し、部屋の中央を見ると、砂塵で覆われた機械兵の影が見える。


 警戒しながら砂塵が晴れるのを待つこと数秒、晴れた先には、ひしゃげて動かなくなった機械兵の残骸だけが残っていた。


 その姿を見届け、俺達は同時に掌を打ち付け合う。


「「っしゃあ!」」


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