22話 最適解
暑いッ!
30階層の階層主を突破し31階層に移動する。
予測していた時間に比べてそれ程大差もない。誠二が俺に合わせてくれたのが大きいだろう。
「ほらよ一」
「サンキュ」
誠二が投げたチョコを受け取り口の中に放り込む。
「ようやく半分まできた。俺も魔法が安定してきたとこだが、ちょっと休憩しようか」
「だな。俺はまだまだ動けるが、一は休んだ方がいい。ずっと魔法を発動し続けてた上に戦術の指揮をし続けてたからな」
「そうだな、まだちょっと慣れなくて悪い」
「気にすんなって。逆に完璧だったら俺のやることなくて困ってたところだ」
そう言って貰えるとありがたい。
誠二の言葉に安堵しつつ休息をとるため近くの岩裏に身を潜める。
補給は簡易的なものをとり、腰を地面に下ろしながら残り30層の攻略を脳内で反芻する。
俺達が休息に入ったのを確認し如月先輩が近づいてくる。
「お疲れ、一先ず休憩か?」
「はい。三十分程休憩を取ろうと思います」
「分かった。私もここで休憩を取っても構わないか? 作戦等聞かれたくないようなことがあるなら離れるが」
「特に隠すような情報も無いので大丈夫ですよ」
『それなら邪魔しようか』と言いながら如月先輩が近くに腰を下ろす。
そして先輩が腰に付けていた小さな袋を手に取り、中から取り出したのは軽食のおにぎりだ。店に売ってあるような包装ではなくおそらく手作りのものだろう。ラップで包んであるそれを口にする。
先輩と関わって数日だがそれでも分かった事は、ざっくばらんな言動に反して几帳面であることだ。
備品の収納場所を定期的に確認および整備を自らしていたり、ルーティンがあるのか同じ時間に決められた行動を取っている。若干着崩している服はいつもアイロンをかけているようで、実は最も規則正しいのは如月先輩なのかもしれない。
「いやあ、見ていて楽しいから私は満足だよ! そういえば佐川君は何か部活に入るつもりなのかい?」
「色々と興味はあったんですが、あまり迷宮攻略に直結しそうなものがなくて。今はちょっとお金が欲しいので迷宮に潜る方を優先しようって感じっす」
「なるほどなあ。ということはやはりDランクの入場許可を目指してるんだな。じゃあ、目標の額に届いたら是非とも一度風紀委員の所に顔を出してくれ。君の度胸はうちよりのものだ」
「ありがとうございます。余裕ができたらそのうち寄らせて貰うかもしれないです」
うんうんと機嫌良さげに頷く先輩。
希望者には一週間のトレーニングがあったが、スカウトした場合はないのだろうか。誠二が少し羨ましいと思ったが、今俺と行動する事でそれ以上に動き続けているため別にいいかと考え直す。
「そして新界、お前がちょくちょく使っていた魔法だが、もしかして自作か?」
やはりばれるか。
如月先輩に水魔法の特性はなかったはずだが、知識としては蓄えているらしい。
「完全なオリジナルではありませんが、多少弄ったものを使っています」
「多少、ね。普通はあれだけ魔法を使い続けたらガス欠になるはずだが」
意味ありげな視線を感じる。
確かに俺は魔法を使い続けている。11階層から探知系魔法を途切れさせた瞬間もない。
探知に関しては魔法操作で最高率を出せるが、先輩の疑問は何故並行して別の魔法も行使しているのに魔力が切れないのかだろう。
まさか攻性と防性の性質が殆どない魔法を使っているとは思うまい。術式を弄った結果、俺が自分用に改造した12個の魔法のうち半分以上が消費魔力と回復魔力が釣り合っているという結果になった。
現状のままいけば60層まで魔力回復ポーションゼロ本、または一本の消費で済む計算だ。
その後も喜色を浮かべながら質問してくる先輩に答えながら昼食を済ませ、装備の再調整を終える。
「そろそろ再出発しようか」
「おう! 体力も回復して万全だぜ!」
先輩に褒められて気力も回復しているように見える。ポジティブに誉め言葉を受け取れるのも誠二の長所だな。
31階層からはDランク級のモンスターが出現する。
ここから40階層までは獣系のモンスターが多い。非常に嗅覚が優れており、単純に隠れるだけでは意味を成さない。
例として熊を上げるが、彼等は1キロ平米以上の範囲を嗅ぎ分けられるという。
流石にこの階層のモンスターはそこまでの嗅覚はないが、人間と比較すれば100倍程度には優れているものが殆どだ。
――水魔法、探波
――水魔法、泡球
――水魔法、浸霧界
3つの魔法を平行して展開する。
『探波』は探知系の魔法だ。周囲の水蒸気を利用し、それらに魔力を通す事で周囲の状況を知覚できる。
『泡球』は自身の周囲を囲う水の膜を作り出す。今回は術式を改造することで俺と誠二の二人を囲うように、そして中身を負圧にすることで臭いの拡散を防ぐようにしている。
そして三つ目の『浸霧界』は周囲に霧を発生させる魔法。臭いだけ防げても視覚的に発見されては意味がないため、隠れ蓑として今回は使用する。
残念ながら現状は3つの同時展開が俺の限界。
故に音までは消しきれない。
敏感に音を聞き分けたモンスターが接近してくるのを感知する。
あらかじめ決めていた合図で敵の方向と数を誠二に伝える。
モンスターがギリギリ目視できるであろう範囲。
誠二はその際を見極めあらかじめ展開していた土魔法を発動させる。
地面からせりあがった土がモンスターの半身を包み、一瞬の硬直の隙に誠二が片手剣を一振りして首を斬る。
傍から見れば暗殺のような光景を続けながら然程止まることなく31層を踏破する。
ちらりと背後を振り返れば如月先輩が余裕とばかりに得意気な顔で一定の距離を崩さず付いてきているのが見える。
少し自信があった隠遁だったが、先輩には毛ほども通じなかったらしい。
『ぷ~ くすくす。あっさり見破られちゃってだっさ~』
こんな時にも煽って来るおチビに念仏6時間再生の刑を執行することを決意し上層へと昇る。
40層までは今までの魔法の踏襲、そして何度かの戦闘をして早急に終わらせる。
41層からは少し厄介なモンスターが出現する。
大型とは言わないまでも熊のような中型のモンスターいる。一様に攻撃力が高くまともにくらえばそれだけで試験終了だと考えていい。
とはいえ作戦は変わらない。
俺達は階層主以外のモンスターとはまともにやり合わない。
41層のモンスターはサイのような見た目をしている。頭部の骨格が異様に発達しており、普通は目があるであろう場所まで骨格が続いているため視力がない。ただ頭部から発せられる超音波で周囲の状況を目以上に把握している。
「誠二」
「おう!」
が、視力がないならそこをつく。
誠二が発動させた土魔法に俺の魔力を浸透させお互いの魔力を合わせる。
【同調】と言われる、魔力操作の高等技術の一つ。
本来特性のない魔法を操作するのは難しいが、できない訳ではない。
聞き手でない方でジャグリングしろと言われるようなもので、練習をすれば可能なのだ。休日も二人で鍛錬を行うことでギリギリ今回使用できるレベルには持ち込んだ。
同調で行うのは土魔法と俺の水魔法を合わせた外殻の作成。
モンスターと同じ姿になり、その中に二人で入り込む。お互いに前後で胡坐座りをする。あとは俺が魔力操作を、誠二が維持を行うことでこの疑似モンスターで進んでいくだけである。
後ろで如月先輩の反応が小刻みに揺れているのを探知するに笑っているに違いない。
最初はフーも涙を流しながら笑っていたのを見たから容易に想像できる。こんな狭い中で野郎二人の俺達の顔は完全に真顔だ。
41層からはモンスターの特性を活かした作戦で突破した。
正直ここが俺達の鬼門であり、通用しない可能性も十二分に考えられたため脱落する危険性が高かったが、なんとか事前情報通りの動きをモンスターがしてくれたおかげでそのまま50層の階層主も突破した。
「・・・・・・ふぅ」
「おぉお! もう51層かよ。こっちは二人だぞ・・・・・・」
感謝はマイナーなモンスターの論文も書いていた外国の研究員に言ってくれ。
あれらの論文のおかげで色々と方向性が定まったのだ。
「お疲れ誠二。ここからは任せてくれ」
「・・・・・・マジでやんのか? いや、もう腹は決まってんだけどな」
ここからはエリアが沼地になる。
Dランク上級の厄介なモンスターが出現するが、何といってもここからのエリアは俺達にとって都合が良すぎる。
最低人数で、【同調】が使えるという手を使わない他ない。
――水魔法、水流
沼の中にある水分を操作して流動性をよくする。
「よっしゃ、やるか」
そして同調で簡易的な船を作る。
「如月先輩も乗られますか」
「あまり近づき過ぎてはいけないんだが。う~む、私の考える通りのものなら私が単独だと逆に迷惑をかけてしまうか? 仕方ない、お邪魔しようか」
これで三人乗りの船だ。
水魔法によって周囲に霧を張る事で準備は完了。
魔力操作によって船は進行し始める。
時速はまさかの130キロ。
実はこれより速いモンスターの攻撃は60階層までのモンスターには存在しない。
つまり、これに乗っているだけで60層の階層主以外を攻略できるのだ。
闇雲な攻撃に対処できるように前方で誠二が土魔法で盾を構えているが、探知範囲のモンスターの認知速度を考慮すれば攻撃が来ることはほぼほぼないだろう。
気ままなドライブをすること数十分。
俺達は60層の門の前に到着した。




