21話 興味
「はははっ! さ、最高だ。あ~ あいつらの班を担当して正解だった」
笑い過ぎて出る涙を拭いながら視線の先の彼等の踏破を見届ける。
最初はなんてことはないものになるかと思ったが、結果は想像より遥かに面白い。
踏破試験序盤を思い出す。
始め、1から10階層はEランクの迷宮でも下位に位置付けられるモンスターが出現するエリアだ。
ゴブリン、ホンーンラビット、ゴーストなどの比較的対処のしやすいモンスターしかいない。
最終調整も兼ねているのか、なんとはなしに連携を取りながら進んでいく。順当ではあるが、見ているこちらとしては面白味がない。
「ふぁぁ」
欠伸を手で隠しながら後輩を後ろから見守る。
対象はDクラスの新界と同じくDクラスの佐川という生徒。
本来は別の上級生が担当として配置される予定だったところを、私の願い出による変わって貰った。
というのも、私は新界に興味があったからだ。
理由は以前に行った組手。一瞬であれど、私が緊張を抱いた相手がそこらの凡人の枠に収まる生徒ではないと確信した。
(そろそろ手を変えないと二人だと高層は目指せないと思うが)
10階の階層主を討伐し、11階層に移動する。
そして私の思惑通り二人の踏破に変化が起こる。
「なるほど。まあ、そうなるよな」
限りなくモンスターを避ける立ち回り。
体力を温存しておきたいのだろう。ただでさえ他のチームより人数が少ない中で一々戦闘していてはすぐにゲームオーバーだ。
ただ、迷宮はそんなに優しいところじゃない。
モンスターは想像以上に気配を察知し、場所によっては隠れながらの移動は不可能。
の、はずなんだが。
「ふむ・・・・・・」
全く戦闘に移行しない。
迷宮11階層。大森林ステージ。出現モンスターは【ダンゴロン】。
最初に発見した人物が名づけを行うが、その見た目がダンゴムシに酷似していることからそう名付けられたらしい。
確かに見た目はダンゴムシに酷似はしている。
それ以外の点では全く別だが。体長は2メートル程を有し、敵を発見すると体を丸め地面を転がりながら突進してくる。
虫だと侮ることなかれ、こいつの突進はダンプカーをひしゃげさせる程の威力を持つ。
直線攻撃しかないため比較的対処が容易だが、死角から来れば最悪死んでもおかしくない。
目は複眼、あまり視力はよくないみたいだが、頭部の触覚で自身を中心とした周囲七メートル程を把握しているらしい。
大抵はその範囲内に足を踏み入れ数度の戦闘を行うものなのだが、現状彼等が戦闘を一度も行っていない。
「どういうからくりだ?」
新界がなにかしらの指示を出し、佐川が魔法を発動しながら進行する。
魔法は土魔法、簡易的な土壁を生成するだけのもの。それも自分達とは離れた場所に生成するものだから意味が分からなかったが、よくよく見ればそれがダンゴロンの進行方向にのみ生成されていることに気付く。
間違いなく新界はモンスターの位置を把握している。
あいつからは死角であろう場所まで補っていることを考えれば勘ではない。魔法であることは確定的だが、探知系の術式はあまり使い勝手がいいものではない。
要求される魔力操作が相当高度であるからだ。
これが上手くいかなければ、離れた地点を把握するのに必要以上の魔力を消費するはめになり継続的な戦闘を行えなくなる。
新界は一年生だ。
それもつい最近になって初めて迷宮に入った初心者。
もし緊張してしかるべき場所で完璧な魔力操作ができるのだとすれば、あいつは相当に冒険者向きの性格をしているということだろう。
「にしても上手く知覚範囲に入らないものだな。モンスターの習性を利用しているのか?」
傍から見ればモンスターがあいつらを避けているようにしか見えない。
進行方向に土の壁があるだけだが、一様にして壁を避けるダンゴロンの習性を活かしているのだろうか。
「正直低級のモンスターの情報なんか見ないからな。もしかしたら偶々と言う可能性もあるが・・・・・・」
その可能性は階層が上がるにつれて皆無になる。
あれから16層に上がるまで結局戦闘らしい戦闘はなかった。
ここまでくれば確定だろう。出現するモンスターの情報を全て把握していると見ていい。情報を知っているだけ、という者は多いがそれらに対する対抗策も準備しているというのが素晴らしい。
小規模の戦闘は何度か、片手で数えられる程度のものがあったが、緊急時もあらかじめ対応を決めていたのか瓦解することなく進行できている。
緻密な計画と指揮を新界が行い、突発的なイレギュラーに対しては佐川が対応する。
ここまでの道程を見れば新界の有用性は言わずもがなだが、佐川の度胸も中々に見どころがある。
危機感知能力、それに対して反射的速度で前に出る勇気は今の一年の中で目を見張るレベルだ。
「うちに欲しいな」
風紀委員の活動は実力は当然だが、生半可な覚悟では対処できない様な荒事も存在する。
分隊長を新界に任せてメンバーに佐川を入れれば、中々に活動してくれる分隊になりそうだ。
小休憩を挟む際に一度スカウトしてみるのも悪くない。
現在は廃坑のようなステージ。
出現モンスターは【リュゼスパイダー】。
狭い通路の中で罠を張り獲物を捕獲することに長けた知能の高いモンスターだ。
火に弱いという弱点はあるが、それを抜きにしても油断はできない相手だ。
それに二人は火魔法を使えない。
さて、どう対処するのかとみる。
新界が魔法を発動する。
出現したのは新界と同じ姿をした水の人形だ。
それらが複数体現れ、時間を置きながら順次移動を始める。
少しして新界と佐川が動き出す。彼等の進む道に終ぞリュゼスパイダーは現れなかった。
「・・・・・・」
あまりにもあっけない。
それだけ完璧であったということだろうが。
リュゼスパイダーは複数の罠を張っており、糸に一定以上の負荷が加わるとどこからでも感知する。佐川は糸を燃やすのではなく、その性質を逆手に取りモンスターの方を動かす事で戦闘を避けたのだ。
(・・・・・・さっきから思ってたんだが、あいつ魔法をいじってるよな?)
こんな魔法あったか? と疑問符を浮かべる場合が何度かあった。
最初は水魔法の知識がないだけかと思ったが、見る魔法全てでその違和感を感じるならそれは知識の欠落では説明がつかない。
類似した魔法はいくつかあるからおそらくその術式を弄って新界の魔力にあったものに落とし込んでいるのだろう。
言うだけなら簡単だが、実際にやるとなれば話は別だ。
いつから構想を描いていたのかは分からないが私好みのいかれ具合をしている。
どっからどう見ても頭の固い堅実タイプなのにこんな博打のようなことまでするとは。
「いいねえ、楽しませてくれる!」
まだ迷宮は始まったばかりだ、まだまだ楽しませて貰えるかもしれない。
いつの間にか、担当の仕事よりか今後の活動にどう起用するかを考える程には興奮していた。




