12話 上位種
ゴブリンとの戦闘を終え、しばし休息をとる。
近くの倒木に腰を下ろし先の戦闘を振り返る。
初めてのモンスターとの戦闘、という訳ではないが、初心者にしては中々上手く立ち回れていたのではないだろうか。
体に外傷はない。ホブゴブリンとの戦闘も万全の状態で行えるだろう。
軽く体をほぐしながら腕時計を見る。
休息を初めて十分が経過した。体に疲労は感じない。そろそろホブゴブリンを探そうと腰を上げる。
『次は上位種かな?』
「ああ、ゴブリンの数倍は強いはずだ。一層気を引き締めないとな」
『下位モンスターとはいえ腕力が並じゃないから、柘榴みたいにならないでね~』
恐ろしい軽口を叩くフー。
実際にそのような被害例もある訳で全く笑えない。
足音を殺して森を歩く。
まだ移動にはなれず無駄な負担が足にきていると感じる。
(帰ったら森でのフィールドワークを追加しよう)
胸の内に追加事項を記入しながら移動すること数分。目的の敵の姿がようやく見えた。
木々の中、巨大な棍棒を持つゴブリンの上位種。
身長は2メートル程だろうか、俺の目線よりもかなり高い。そしてなによりも、一目で分かる筋肉量。
なるほど、あの腕で殴られれば柘榴になるのも頷ける。
一定の冒険者は魔力で身体能力を強化して殴り合えるらしいが、今の俺では難しい。
息を、足音を殺しホブゴブリンの背後に移動する。
目視距離はおよそ八メートル。
――水魔法、水球
魔法を発動させ、直径20センチ程度の水球を二つ浮遊させ待機状態にする。
左右を向いていたホブゴブリンの視線が前方を向いた瞬間、ナイフを握り直し、小さな呼気と共に一気に駆け出す。
草に擦れる服の音に気付いたホブゴブリンが振り返ろうとする。
距離二メートル、視認されるより先に跳躍して首にナイフをはしらせる。
『ガッ?!』
(堅ッ!)
手に伝わった感触はおよそ生物の肉体だとは思えないものだ。ナイフが通らず振り切れない。
斬れたのは薄皮一枚、血管には届いていない。
『ガァアアアア!!』
襲撃を受けたホブゴブリンの怒声が森に木霊する。
耳を塞ぎたくなる音量に眉を寄せながら、宙に待機させていた水球を二つ同時に発射する。
一つは顔、もう一つは腹部を狙った。
咄嗟に顔を両腕で守ったホブゴブリンのがら空きになった腹部に本命の一発が着弾した。大の大人であろうと大きく吹き飛ぶ威力があるはずだが、圧倒的な筋肉量をほこるホブゴブリンは軽く地面を抉る程度におさまる。
やはり人間とは比較にならない肉体。想定より遥かに頑丈だ。
ガードを解いた腕の隙間から殺意に染まった瞳が俺を睥睨する。
『ウォオオオオ!!』
叫び、一歩だけで距離を詰めてくる。
(歩幅でかッ?!)
凄まじい筋肉量の成せる業か、足の踏み込みから体感が全くぶれずに重い棍棒を振り回す。
まともに喰らえば、打ちどころによって即死もありえる暴力を前にして一瞬呼気が乱れる。
下位迷宮だからと言って、決してモンスターが弱い訳ではないのだ。
知能が低く、明確な対処法が確立できるからの位置づけであり、迂闊に踏み込めば容易に命を落とす。
「はっ!」
ひりつく空気を全身で感じて、闘争本能が刺激される。
いつの間にか口角が僅かに上がっている事実に気付く。
『ひゅ~ ほんとよく笑えるね、命を懸けてる展開で』
訳が分からないと困った笑みを浮かべるフーの問い。
確かにこんな展開で笑みを浮かべるような奴はそういないかもしれない。けれど、それに対する簡潔な解が一つ。
「俺は馬鹿だからなッ」
あれこれ考えても、結局は本能の赴くままに動くのだ。
――水魔法、水刃
2つの刃を生成、瞬間に発射。
ホブゴブリンの棍棒を半ばから切断、そしてもう一つは胸の部分を深く切りさく。
『グォッ・・・・・・オォオオ!!』
痛烈な一撃にひるみ、僅かに後退するホブゴブリン。
このままいけば確実に勝てると確信し、そんな時に背後に重い足音が聞こえた。
視線だけを向ければ、木々の中にいたもう一体のホブゴブリンと目が合う。
「やっば」
戦闘音をたて過ぎたか。周囲の確認不足だ。
二対目のホブゴブリンは逃走することなく、怒声を上げながら飛び掛かって来る。
――水魔法、水壁
二対目との間に水の壁を生み出す。
この魔法にホブゴブリンの突進を防げるような防御力は存在しない。出来る事と言えば、視界不良と、僅かに威力を減衰させるのみ。
しかして、知能の低いホブゴブリンは突如として出現した水の壁を必要以上に警戒して棍棒で横薙ぎに殴打する。
そして、再生。
生成した水壁に魔力のパスを繋いだまま維持し続ければ、水壁を瞬時に再生させることができるわけだ。
一体目に水球を放ち牽制しつつ、水壁目掛け走り出す。
――水魔法、水刃
水の刃を一枚浮遊させた状態で壁の横から飛び出し、二対目に肉薄する。
そして発射、
「ッ?!」
水の刃はホブゴブリンの顔目掛け飛翔し、しかし顔を防御した腕に阻まれる。
半ばまで腕を斬り割き、痛みでのけ反るかとの予想に反し、俺目掛け突進してきた。
『馬鹿、油断だよ』
腕をクロスにして防御、衝撃で骨が軋み、体が踏みとどまる余地なく後方に吹き飛ぶ。
俺の体ってこんなに軽かったかとなんて考えながら、兎に角頭部を守り、衝撃を耐える。転がっていた体が停止してすぐさま起き上がり敵を確認する。
二体とも息を荒げて迫ってきている。
どちらも警戒しているのは水刃だろう。距離があるとマズイというのを本能的に悟っているのかもしれない。
ここでチームであればタンクなり、補助なりが入るがここには俺一人。
(まだEランク級だってのに)
なんて様だ。
腕の骨には罅が入っているだろう。これではまともに短剣も振るえない。油断したとは思わないが、生物の行動をある程度決めつけていたのが駄目だった。
「ふぅ」
精神を整える。
まず到着するのは二体目のホブゴブリン。振り下ろす棍棒に対して、俺は回避せず内に潜る。それも棍棒が直下する真下から。先程俺が動揺した展開を、今度はこちらが作り出す。
棍棒に対して、左腕を出して僅かに傾斜をつくる。威力を流すなんて高等技術は使えないが、なんとか腕が千切れずに棍棒を押しのけ、地面に棍棒が吸い込まれる。完全に左腕が逝ったが、利き腕じゃなかったら構わない。
立ち込める砂煙の中、二対目の懐にもぐりながら水刃を生成。
直下から放ち、首を飛ばした。
そのまま記憶の中での配置を思い描き、先刻一対目のホブゴブリンがいた場所に死体を蹴り出す。死体が地面に転がり、その音の方向に近付く影を見つける。
――水魔法、水刃
その場で立ち止まり、作り出した刃は三。すぐには放たず、魔力を強く込めて威力を上げる。
死体に近付き、周囲に棍棒を一振りするホブゴブリン。
砂塵が晴れ、露わになったホブゴブリンは棍棒を振るった状態から瞬時には戻れず、一瞬胸元が空く。
そこに一斉に水刃を放ち、ホブゴブリンは胴を両断して絶命した。
『・・・・・・いや、無駄が多い!』
ホブゴブリン相手に辛勝。
文句を言いまくるフーの指摘を聞きながら、これからに道程に若干の不安を抱いた。




