11話 小鬼の迷宮
そして日曜日。
「よしっ」
装備を整え、満を持して迷宮へと挑む。
今回挑む迷宮はEランク【小鬼の森】と呼ばれる場所だ。
小鬼、通称ゴブリンと呼ばれる人型のモンスターが主に生息している。
緑の体表を持ち、一般的には百三十センチ程度の小柄な体躯だが、彼等の筋力は大の大人と同等以上。見た目で油断して痛い目を見た事例が多いモンスターの一つだ。
ただ、上位種であるゴブリンメイジを除いて、ゴブリンの系統は魔法を扱えないとされている。モンスターの中では比較的狩りやすいものであるとしても知られている。
寮からバスで移動して十数分。
目的の迷宮に到着してバスから下車する。
迷宮の傍には迷宮を管理するための施設が付随していて、受付および換金などの業務を担っている。
「入場希望です」
「ライセンスを確認いたします」
学校から配布されたライセンスを提示して受付を済ませる。
迷宮【小鬼の森】、外観は少し大きなドームのような形をしている。前面に高さ三メートルほどの先の見えない門が存在しており、そこを潜れば迷宮の内部の入れるらしい。
偶然潜り込んだものを除けば初の迷宮、鼓動が早くなる。
今まで暮らしてきた中で触れてこなかった未知。そこに一歩足を踏み入れる事になる。その事実に、全身が高揚しているのが分かる。
『それじゃあいってみようか。』
「ああ」
門を越える。
一瞬体が浮遊する感覚を覚える。
それもすぐに収まると、視界の光景が変わり、いつの間にか眼前には森が広がっていた。
「迷宮に入る時ってこんな感じなのか」
『迷宮と言っても様々さ。ボクがいた場所なんかはまた別だったよね』
確かに、開放型は最初迷宮に入っていたこと自体分かっていなかった。
『それで? 当然今回の目標は立ててあるんだろう?』
「ああ、多対一の戦闘と、可能であればホブゴブリンの討伐をしたい」
ゴブリンは比較的弱いモンスターというのは説明した通りだ。
ならば、命の危険がなるべく少ないこの状況下は多対一の戦闘経験をローリスクで得る事の出来る、今しか味わえない得難い機会であると言えるだろう。
いずれ高難易度の迷宮に挑むことになるだろうことを考えれば、集団戦は避けては通れない道だ。Cランク級の迷宮からはモンスターが複数体で行動することも普通。モンスターカーニバルと言われる大規模の集団戦に発展することもままあると言う。
木に身を潜めながら敵の姿を探す。
緊張から短剣を握る手がじんわりと汗ばむのはどうしたものか。
『はいっ、深呼吸!』
「あ、あぁ」
パチンと手を叩き注意を引くフー。
言われるまで気が付かなかったが、浅い呼吸を繰り返していたのか動悸が激しい。言われるがままに深く息を吸う。
『一は考えすぎて固まるタイプだね~ 考えない馬鹿よりかマシだけど、ちょっと肩の力抜くべきだね』
「傍から見てすぐ気づかれるぐらいなのか」
手を開閉、目の運動を行い淀みがないことを確認する。
『行けるかい?』
「ああ、もう問題ない」
なるべく自然体で、初戦はあまり難しく考えずに行く。
達成目標は一つ、攻撃を受けないだ。最初はそれだけでいい。
木を渡って進み、一体のゴブリンが見えた。
体表はやはり緑、手に持っているのは棍棒。
防具らしいものは身に着けず、革製のような服を纏っている。
背後に回り、なるべく足音を立てずに近づく。
怪しい影の動きに気付いたゴブリンが振り返り、喉元にナイフを走らせた。
紫の血が噴き出す。
ゴブリンは片手で首を抑え、棍棒を持った手を振り下ろす。
大振りの攻撃は読みやすく、たやすく回避する。
次第に大量出血で体の動きが緩慢になったゴブリンは、そのまま地に倒れ絶命した。
残心、構えは解かずに周囲に敵がいないことを確認してから深呼吸する。
『ぷははっ! ゴブリンに超本気の一! めっちゃ笑える~!』
後で数時間お説教することが確定したフーを尻目に、ゴブリンの死体にナイフを入れて内部から“魔石”を取り出す。
この魔石は言わばエネルギー物質だ。
化石燃料のような二酸化炭素の排出などのマイナス要素なしで電気等のエネルギーに変換できるというとんでも物質。
ゴブリンのような下位モンスターからとれる魔石は大したことはないが、高ランクの迷宮からとれるようなものからは、稀ではあるがそれこそ一つで数年のエネルギーを賄えるようなものが取れる可能性があるという。
「こうなってくるとアイテム袋が欲しくなるな」
ゴブリンの死体を見下ろしながら、素材を取れない事に不満を漏らす。
アイテム袋とは高ランクの迷宮から出現すると言う拡張空間を内在している袋型の遺物のことだ。手荷物用の普通の袋の中に家一軒入ると言うのだから、初めて発見された当初は運送業者が血眼になって保有しようとしていた。
結局は、出現数が低い事から超高値がつき、運送には向かないということでしぶしぶ諦める事になったようだが。学生の俺には逆立ちしても手が届きそうにない。
『ゴブリンの素材なんて端金にしかならないよ?』
「その端金が重要なんだよ。俺は授業料、寮費諸々を自分で稼がないといけない訳だからな」
かといってアルバイトなんてやっている暇はない。
故にとれる素材は全て換金したいが、持って帰れるものは限りがある。先頭に支障が無いようにと考えれば本当に僅かなぶんしか持って帰れないだろう。
ならばなるべく希少なものを持って帰る必要がでてくる。
なるべく早く結果を出してDランク級の迷宮に潜れるようにしたいな。
「次だ」
ゴブリンの死体をそのままに、次は集団を探す。
死体を焼かない理由は、放置していても勝手に消えることが分かっているからだ。迷宮で死亡したモンスターは死体のまま迷宮内で放置されると、地面に吸い込まれるようにして姿を消す事が報告で確認されている。
これにモンスター以外、冒険者や食べ物に使われる素材などの死体は反応しない。
なにかしらの選別が行われているのは確実で、おそらくは体内に魔石があるかどうかで変わると考えられている。が、疑似的に魔石を埋め込んだ動物の死体は吸収されなかったという論文は既にでていて、単純に魔石を入れるだけではモンスターの認定はされないらしい。
「いたな、三体か」
三体のゴブリンが軽い陣形を作って歩いている。
地面に落ちている小石を拾い上げ、放り投げる。
小石はゴブリンの左前方にある木に当たり音がした方向に三体とも顔を向ける。
その一瞬に駆けだし、最も近いゴブリン心臓を背後から突き刺す。
そのままゴブリンを盾にし、俺の存在に気付いた二体に突進。
直前でゴブリンを放り投げて態勢を崩した二体目の目を突き刺す。脳に届いたのか白目を剥いて倒れるのを横目に、棍棒を振りかぶる三体目の一撃を回避。
――水魔法・水球
眼前に出現した水球に攻撃するゴブリン。
対する俺は振り下ろした棍棒の上をナイフを走らせる。
前面からの心臓部への刺突。
肋骨に守られたか奥に進まず、ナイフが止まる。
素早くナイフを手放し、掌底をゴブリンの顎に放つ。
のけ反る体、そして手放した棍棒を中空で奪い取り、横薙ぎにゴブリンの頭部を殴りつけた。
地を乱して木にぶつかりゴブリンの体は止まる。
再び起き上がる気配は無く、三体全てが絶命したのを確認した。




