10話 準備
「はぁ・・・・・・」
自室でダンベルを持ち上げながら溜息をはく。
一度ダンベルを降ろして椅子に腰かけると、風紀委員でのことを思い浮かべた。
「流石に、こたえるな」
トレーニングは毎日かかさなかった。
人並み以上に自分を追い込んできたつもりだ。こと魔法を除く身体能力に限定したなら上級生にも後れを取らないと思っていた。思い上がっていた。
しかし結果はどうだ。
上級生の身体能力は凄まじく俺より断然優れた先輩が何人もいた。同級生もそこまで力が離れているとは感じなかった。
そして極めつけは先輩との組手だ。
(・・・・・・勝負にすらなっていなかった)
男女の筋肉量の差はおよそ1.5から1.6倍だ。
多少の技量の差はこの筋肉量で埋められてしまうのだが、それを加味して尚勝負にならな程に技量の差があったということに他ならない。
今のままで本当にいいのだろうか。
ここまでの差が出てしまうのはやはり努力の方向性が間違っているのではないかと考えざるおえない。
『まあ圧倒的に経験値が足りてないよね』
揶揄うような口調でふーの声が脳内に響く。
「おいっ、昨日の訓練でのあれは一体なんだ。理解できてない力なんか使ったら俺か先輩のどちらかが大怪我してたかしれないんだぞ」
『だってぇ、一がぼこぼこにされてたから面白くなくて・・・・・・』
少しは反省しているのか、口を尖らせて一指し指をくっつけたり離したりしている。
にしてもあの時の身体強化がこの遺物の能力なのだろうか、確かに凄まじいものではあったが、覇王級より上の階級であることを考慮すれば違うように思える。
『じゃあボクを早く使いこなせるようになってよ、そしたら別になにも言わないよ。今のままじゃあなにも成せずに死ぬ未来しか見えないからついつい手を出してしまうんだ』
「・・・・・・確かに、今のままでは駄目だという事はなんとはなしに理解した。しかし、遺物を使いこなせることが俺の成長に繋がるとはどうにも」
『かったいなあ。でもいいよ、確かに自身のポテンシャルを上げるという君の考えも間違えてはいないからね。だから妥協案だ。迷宮に行こうじゃないか』
「迷宮?」
『そう、迷宮。つまりは実戦をしようということだよ。経験はなによりも強い武器だ。才能では埋めきれないものを会得できる』
実戦か。
今までは無理だったが、冒険者学校に通っている今なら取得したライセンスで迷宮に潜ることが出来る。
とはいえ潜れるのは最下級であるE級の迷宮だ。
出現するモンスターは弱く、死ぬことはそうそうないと言われている。
「まずは装備を揃える必要があるな」
今日はもう日も遅い、明日に外出をしようと決めた。
◇
翌日の放課後。
風紀委員としての活動はまだだが、あの地獄のトレーニングは続いていた。堂本先輩に聞けば、一週間はトレーニングだけを行い、それを突破した者だけが正式に風紀委員として活動できるらしい。
最初は25名いた希望者だが、今では20名をきった人数しか残っていない。一週間後は半数程度になっている可能性も十二分にありえるだろう。ちなみに同じクラスの畠山と綿内はまだ残っている。畠山はまだしも一日目で死にかけていた綿内がまだ残っていることは少々意外だった。
彼女にもなにか目的があってその為に風紀委員としての道は重要なのかもしれない。
俺も負けてはいられないなと考えながら道を辿り、冒険者用の武器・防具を売っている店に到着する。
中に入る。
内装は非常に綺麗、というよりかは劣化が全くないとこを見るに新しいものであるように見える。この店自体が比較的最近に進出してきたのかもしれない。
「いらっしゃいませ~」
店員さんは若い女性だ。
あまり繁盛しているとはいいがたいが、それでも素晴らしい笑みを携えて仕事に励んでいる。
「本日はなにをお求めでしょうか」
「迷宮に潜る為の装備を買いに来ました。E級の迷宮に潜るつもりなんですが、おすすめの装備とかってありますか?」
「お客様は冒険者学校の新入生ですか?」
「はい」
この時期にE級に潜ろうとする俺ぐらいの年代はやはり冒険者学校の生徒が殆どだろう。
「そうですねえ。ならこちらの商品などは如何でしょう」
紹介されたのは厚めのブーツとコートだ。
「こちらのブーツは見た目の割に非常に軽いうえに生地がしっかりしたものです。足場が安定していない場でも足裏に響きませんし、雨などで内部が湿る事もありません」
いきなり魅力的な商品だ。
実は今度行こうとしている迷宮は森林なのだ。普通の運動靴では歩きにくいだろうとは思っていたが、この靴があれば解決するな。
「ちなみにお値段は・・・・・・」
「やはり普通の靴とは違いますので、三万五千円と少々お高めになります」
「確かに、少し高く感じますね・・・・・・」
お金にあまり余裕がない俺としては迷ってしまう値段だ。この後に武器も購入する事を考えればあまり散財したくない。
「ただしお客様は冒険者学校の学生さんであるということなので、ライセンスの提示をしていただければ一割引きとなります」
「おお、それはありがたい」
それでも3万円はかかる訳だが、値段がするであろう武器を買おうとしている身としてはありがたい。
「そちらのコートは?」
「こちらは当店おすすめ商品の一つでして、装着者の温度管理の他、モンスターから視認されづらくなる効果を持ったものになります」
一見してとてもそんな能力があるとは思えないが、モンスターの素材を用いているならあり得る話だ。実際にモンスターの素材を用いたもので装甲車の突進でも装着者の衝撃を完全に抑えるような鎧を聞いたことがある。
「モンスターの素材が使われたものですか」
「そうですね。かなり希少なものでして、入手するのは非常に大変な一品です。どうですか、もしかしたら今しか手に入りませんが、これは十分検討する余地がある商品ですよ!」
あ、圧が強い。
少し後ろに下がってから値段を尋ねる。そんな高性能なものが低価格で売っているはずがないからだ。
店員さんは少し視線をずらしてから、
「・・・・・・百二十万円です」
うん無理。
「一先ず武器を見てからでいいですか。あまり持ち合わせがないので」
「そうですか、残念ですが学生さんには少々お高かったかもしれませんね」
強引に売りつけてこないことに一安心して、武器が陳列してある場所に移動する。
モーニングスターみたいなマイナーなものまで置いてあるが、誰か使う人がいるんだろうか。
「よくご購入されるものは剣や槍ですね。お客様はなにか武器の心得はありますか?」
「特にはありませんね。少し触ってみてもいいですか」
「ええ、どうぞ」
よく購入されるという剣や槍を持ってみる。
『ふっふ~ どれもこれも大した能力じゃないね。やっぱりボクが一番だ!』
何の反応も示さない武器の前で一人マウントをとっている馬鹿を無視してしばし確認し、よく馴染む短剣を手に取る。値段は6万弱、値段的にもありがたい価格だ。武器の値段はしぶるつもりはなかったため正直この倍はかかる計算で来ていた。
結局、この短剣とおすすめされたブーツ、あとはインナープロテクターを購入して準備を完了とした。
会計の時に、ローンも組めると店員さんが言っていた。商売魂の塊のような人だが、流石に学生にローンをすすめるのは辞めて欲しい。ただ、商品に関しては素晴らしいものが揃っているように感じたため、お金を稼げるようになればここで落として言ってもいいだろう。




