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3。

「想い出したんだよ、私」

「え? 何が?」


 店を出た僕と彼女は、再び大通りに面した歩道を歩く。

 駅近くにあるファッション雑貨の7階立てのビル『craft』に向かって。

 僕が彼女と会話を交わした瞬間──、赤い二階建ての大型バスが、僕と彼女の隣を追い越して行った。

 その間、僕の視界の中にいる彼女がとても綺麗で……。

 最初は邪な目で見てたけど、今は彼女と出会えて良かったなって本当に想う。


「私、君の知ってるヒトの生まれ変わりだよ」

「え? 嘘? ど、どう言う──、こと?」


 赤い二階建てのバスが僕と彼女を追い越して行った後で、掻き消されそうになった彼女の言葉が、はっきりと僕の耳もとに残った。


 一瞬、彼女が何を言ってるのか分からなかったけれど、僕の頭の中に誰かの顔が浮かんだ。

 けれども──、想い出せない。何処かへと直ぐに消えた──。

 

 ──ちょうど今は、お昼の正午を過ぎたあたりで、太陽の光がビルの窓ガラス越しに僕の目に眩しく反射している。

 けれど、彼女の横顔が見とれてしまうほど美しくて、不意に吹いてきた春の風にドキッ──!としながらも、僕は長い黒髪が彼女の耳もとで靡くのを見ていた。


「──お父さん。いたでしょ? 君に」

「え? あぁ……。まあ、死んじゃったけど」


 オヤジ──。

 ──僕の父親は、クダラナイ事ばかり言う酒飲みオヤジだったけど、僕にも母さんにも優しかった。

 けれども、仕事以外は、ずーっと飲んでて、それが祟ってか昨年死んだばかりだった。


「言われちゃったんだよねー。あの世って言うのかな? 息子をヨロシクって。女もロクに出来ないだろうから──って」


 ──彼女の足が止まる。

 不意に、手を離した僕と彼女が向き合って、お互いの顔と後ろにある街の風景を少し眺めながら時間が経つ。

 それから、同じタイミングで目があった。


「君が──、オヤジ?」

「──違う違う! そうじゃなくって……」


 少し僕は、胸を撫で下ろす。

 まさか──、とは想ったけれど僕の目の前で苦笑いをしている彼女が、僕の父親(オヤジ)じゃなくて良かった。

 いや、ある意味、それはそれで良かったのかも知れないけれど──、……やっぱり良くない。


「ビックリしたよ。まさか、君がオヤジだなんてないよね」

「そうだよ。けど、そのまさか! 君の知ってる人。お父さん以外の」


 歩道のガードレール越しに座る彼女が、ビルに反射する太陽を背にしていて、とても眩しい。

 僕の紺のジャケットを羽織ってはいるけれど、スラッと伸びた肌色の彼女の足が、黒のブーツのつま先をあげていて。 

 上目遣いに僕を見つめながら、耳もとを掻き上げた彼女。──その長い髪が、腰のあたりで風に揺れていた。


「幼なじみの女の子──。覚えてない?」


 パパァーン──!と、車道に流れる車のクラクションが鳴る。

 

(──幼なじみ……。そうだ。いた……)


 僕には、小学六年生でお別れした、幼なじみの女の子──『みさきちゃん』が居た。

 ずっと、ずっと、友だちすら出来なくて虐められてた僕の唯一のお友だち。

 同じクラスの子から仲間外れにされてた僕は、『みさきちゃん』とお家でオママゴトみたいなことして遊ぶのが大好きだった。

 『みさきちゃん』も、僕と同じ六年生になってもお人形さんと遊ぶのが大好きだったから、周りの女の子たちからは、浮いていたのかも知れない。

 けれど──、『みさきちゃん』は……。


「あのさ。言いにくいんだけど、その女の子って──、」

「──そうだよ。『ゆうくん』。『みさき』は、死んだんだよ」

「え?」


 どうして、それを?

 時が止まる。

 僕と彼女の背景だけが動いていて──、僕と彼女の二人だけが違う世界に居るみたいにして。

 それに、『ゆうくん』って、呼んでいたのは、『みさきちゃん』だけだ。


「覚えて──、ない?」


 彼女の視線が、覗き込むようにして、僕の目を見つめる。

 何もかもが、彼女の背中の後ろ側で光輝いて──、まるで世界が震えているように見えた。


「み、みさき──、ちゃん?」


 震える僕の手が目の前に居る彼女──みさきちゃんのもとへと伸びる。

 一瞬、春の暖かな風が僕の頰を掠めたかと想うと、風に吹かれたみたいに、みさきちゃんの身体の重みが僕の身体を抱きしめていた。

 

(──みさきちゃんの匂い……)

 

 みさきちゃんの匂いが、身体の温もりが──、一緒に遊んだあの頃よりも強く蘇る。

 あの時よりも、今が、僕の心を激しく打った。


「ゆうくん!!」

「みさきちゃん!!」


 世界が止まったように──、歩道の真ん中で人目もはばからず二人、泣いていたんだと想う。


「私、会いたかったよ……」

「僕も……会いたかった」


 柔らかくて温かい、みさきちゃんの温もり。

 もう、人形だったことなんて、忘れていた。

 だって、ここに居るのは確かに、みさきちゃんだから──。


「二人、ずっと一緒だね」

「そうだね……。これからも、ずっと」


 どこまでも、どこまでも……、春の風が吹いて来て。

 いつの間にか、人間に生まれ変わっていたみさきちゃんと抱きしめ合うこの時間が──、

 ──風が渡るように、いつまでも、いつまでも、僕の記憶に残った。





──fin──









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― 新着の感想 ―
[良い点] 完結おめでとうございます! 幼馴染みだったのですねー。 人形に魂が宿った…って感じですかね? お二人ともお幸せに(^^)
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