【ごかん】3
「おはよ。壮馬くん」
俺は突然息を吹き返したように、ガバッと顔を上げて答えた。
「おおっ、海おはよー!」
そんな俺へ本を片手に優しく微笑みを浮かべるのは、親友の海だ。
椅子に座る俺を俯瞰するから、海の淡い青色の髪がサラサラと頬に流れ落ちていた。
「なあ海! 聞いてくれよっ」
「ふふ、壮馬くんは今日も元気だね」
海の前だと、俺は妙にテンションがハイになる。
その理由はきっと、海にある。
色白で身体の線が細くて中性的な顔立ちはラブ沢も同じなのに、海はいつもどこか物憂げで儚い。一緒に居ても話をしていても、心がまるで別の遠くにあるかのように感じてしまうから、俺は――
「おはよう」
「うわっ!? 黒都! 急にぬっと出てくんなよ、ぬっと。ビビるだろうが!」
心臓をバクつかせながら咄嗟に椅子から離れて吠える俺に、黒都は目を眇めて「フン」と鼻で笑った。
「そんな失礼な態度だから、誰一人、支援者が付かないのではないか?」
言い終わると黒都は眼鏡のブリッジをくいっと上げる。
「なっ、どの口が……! だ、だいたい黒都は俺たちの部とは無関係だろ!?」
「部? 今、部と言われた気がしたが、私の聞き間違いだろうか?」
黒都は勝ち誇ったように口の端を曲げた。
そして何も言えなくなる俺に満足した黒都はフンと言い残すと、綺麗に顎のラインで切り揃えた髪を揺らしながら席へ戻っていく。
「あいつ、クラス委員のくせに性格悪すぎだろ。外野は黙ってろってんだ」
「こらこら、あいつとか言わないの。黒都くんはあんな言い方してるけど、きっと僕たちの同好会のことを気に掛けてくれているんじゃないのかな?」
「はぁぁ、海は本当優しいな。俺は全然そんな風に思えないわ。……けど」
痛い奴って思われてるのは、あるんだろうな……。
「壮馬くん? 何か余計なこと考えてる?」
「い、いいや別に。ただ、高校に入ってから楽器触った俺なんかが出しゃばってるのってさ、やっぱり足引っ張るだけなのかなって思って……」
「何を弱気になってるの。壮馬くんが一緒に頑張ってくれたお陰でアンサンブルメンバーも集まったわけだし、コンクールに出場する目標まで出来たんだから。それに僕、正式な部活動として認めてもらえることよりも、壮馬くんと音楽出来ることが一番嬉しいよ。感謝してる――って、壮馬くん!?」
俺が抱き付くと、海は恥ずかしそうに頬を赤く染めながら目を白黒させた。
だけどその後に零した微笑みが、なんだか弱々しく見えてしまって胸が苦しくなった。
だから俺はそれをどうにか吹き飛ばせるようにと願いながら、いつもよりも大袈裟に笑ってみせた。