【ごかん】2
教室の冷房は人間を駄目にすると思う。
「だぁ……」
火照り切った頬を机の表面にピタッとくっ付けると、まるで温泉に浸かるじじいのような惚けた声が漏れた。
黒板に書かれた日付を眺めながら、直に迎える高校生活で初となる夏休みをどう謳歌しようかと、俺は教室の喧騒を遠くに妄想へ耽っていく。
「イテッ☆」
はい定期。確認しなくてもわかる。こいつから声を掛けられる時って毎回これなんだ!
叩かれた頭を擦りながら見上げれば、ほらな。耕介が愉快そうに白い歯を重ねて笑っていた。
「壮馬、おっはようさんっ」
「耕介お前っ、髪型崩れるし叩くのやめろっていつも言ってるだろ!?」
「おおすまん。おはようやなくて、お休み中か。でも寝んなや、この世に明けない夜はないんやでー!」
「うざ! つか全然俺の話聞いてねぇし……」
叩かれた所為で乱れてしまったハーフアップのしっぽの如く、ふにゃふにゃと俺が脱力すると、耕介はまた二ヒヒと笑った。
目元が前髪でほとんど隠れているくせに、不思議と感情が読み取れるから本当に腹立たしく思う。
耕介は「草生えるわ」とだけ言い残すと去っていった。
「おはよう壮馬。また耕介のやつに叩き起こされたのか?」
「浦野おはようっ。そうなんだよ、まじ最悪……。あ、そうだこれ助かった。さんきゅうな」
浦野はハハハッと豪快に笑うと、俺から受け取った楽譜をひらひらさせて、次のターゲットに移って行った。
「おはよ~壮馬ぁ」
合コンかよ。
入れ替わり立ち代わり、一人ずつ声を掛けてもらう俺。
「ねぇ壮馬ぁ、助けてぇ~。ボク、まじ眠いんですけどぉ~」
「ラブさわ……。ほら、キャンディーやるから自分でなんとかしような?」
俺は鞄から苺のイラストが描かれた袋を取り出して、そこから適当に十個くらい掴んだ飴を愛沢が差し出す両手へ乗せてやる。
「ありがとぉ~」
ラブ沢は色素の薄いブロンドの髪を柔らかく揺らして、無邪気に瞳を輝かせた。
「いつものことだろ。またやるから、欲しくなったら遠慮無く言えよ?」
俺がそう言うと、ラブ沢は返事の代わりに緩く笑った。
まるでエフェクトをかけたかのように、周辺をキラキラさせながら去って行くラブ沢を見送った後、俺は再び机に突っ伏して妄想に励む。
彼女も居ないくせに、余裕で水着の女の子やソフトクリームを食べる女の子とのデートシーンが浮かんだ。
まぁ本当は気になる子を彼女として思い描ければいいのだけれど、教室で堂々とその子のことを考えるのは羞恥心が生まれるというか、なんというか、ちょっと出来なくて。
誰かに頭の中を覗かれるわけではないのに、変だと思うけれどさ。
そうしてしばらく冷たい机の表面で頬の熱を取りながら、来るはずのない青だか桃色だかの夏の予定を立てていると、不意に大好きな声が降ってくるのだった。