唐突エントリー
高校2年の冬。
来年から本格的に受験シーズンとなる僕は、予備校の冬期講習に来ていた。
周りの生徒との比較、伸び悩む点数、みんなに追いつけていない焦りが僕を追い込んでいた。
「大晦日まで勉強してるなんてイカれてるよな、俺たち」
「ほんとだよ、紅白観たかったのにな」
休み時間、予習をする僕の前で行われる余裕といった会話に僕は少し苛立ちを感じた。
「せっかく大晦日なんだし、初詣に行くか」
「おお!いいじゃん」
「初詣に行くの?私たちも行っていい?」
その苛立ちはさらに増えた。
「せんせー!この後みんなで初詣行きたいんですけど、一緒に行きませんか?」
「まあ生徒だけじゃ危ないしな、保護者にはお前たちからも連絡しておけよ」
またさらに……
「神崎もどうだ?」
……。
馬鹿にするのも大概にしろよ。
そんな言葉を飲み込み、一息ついて答える。
「僕の家厳しいから、授業終わったら帰らないと」
「そっか」
それからの授業の内容はあまり頭に入ってこなかった。
「神崎、本当にいいのか?先生がこう言うのはあまり良くないかもしれないが、コンを詰めすぎると良くない。気分転換にも……」
「……大丈夫です」
返事が重たい。
楽しそうに談笑しながら初詣へ向かうみんなを尻目に、僕は歩き出した。
最寄り駅から家まで歩いて20分はかかる。
駅の周りから少し離れるだけで、店の数は極端に減っていき、そのうち街灯の光だけが僕を照らすようになった。
街灯の下に添えられた花束。
さらに横には、供え物のない地蔵がいた。
そういや、ここの裏手の林に小さいお寺があるんだっけ。
初詣を断った手前、彼らと同じとこに行く訳には行かないが、先生の言っていたとおり願掛けだけはしておきたかった。
ここで少し手を合わせてから帰るか。
「お賽銭は5円がいいんだっけ?いや、合格祈願だし語呂合わせで559円入れとくか」
一 東峰大学に合格できますように 一
ゴーン……
除夜の鐘が鳴り響く。
再び静けさが訪れ、虫の鳴き声や木々の擦れる音が聴こえる。
自然を感じると自分の存在がちっぽけに感じる。
苛立ち、荒んでいた心が透き通っていく。
先生の言っていたとおり、気分転換には良かったかもしれない。
「今年も子供か…わたしもつくづく運がない」
誰の声……?
老朽化した本堂から、白髪白装束の女性が少し揺れながら浮かび上がってきた。
突然のことに言葉が出ない。
足は地についておらず、服や髪が風の影響を受けている様子もない。
少し開けている胸元に視線がいくのを堪えながら、僕は真面目な表情を取り戻した。
「わたしは【読書】を司る神ミト、あなたを待っていた」
「……人違いみたいなので他を当たってください」
「ちょっと待って!話だけでも聞いて」
「君にはすでに【読み取り】の力が宿っている、それを使い今年一年を生き伸びてほしいの」
「やっぱり人違いでは……」
「今、ポケットに入っている単語帳を出してみて……」
何故、ポケットに単語帳を入れてることを知っているんだ。
言い立てられたことに動揺したのか、言われたとおりに単語帳を手に取ってしまった。
「え……単語帳に書かれている内容が、頭の中に流れ込んでくる」
「それが【読み取り】の力、右手で触れた本の内容を一言一句正確に理解することができる」
すごい……これを使えば合格なんて簡単に 一
「てことで、この力を使って生き残ってね」
「そういえば、生き残るって何から?」
本堂にはもう彼女の姿は無かった。