第六章 いっぱいのいちご
パルフからシャフリサープズへの道中、村がいくつかありはするけれども、ほとんどがキャラバンを泊めるためのキャラバン・サライを設けていない。なので、マリエル達一行は村の長に許可を得て村の片隅にユルタを張り、そこで眠るというのを繰り返した。
そういった村は食堂もこれといってなく、夕食時には食料を売るような市場や店も閉まってしまっている。なので、夕食は自分たちで持ち込んだ干し肉やドライフルーツを食べるのが常だ。そして、翌日夜が明けてから村の広場に出される食料品の市場で、追加の干し肉やドライフルーツ、それと動物の乳に塩を入れて煮詰めて固めたクルトを買っていく。しっかりした建物の宿で眠れないとしても、朝になれば食料や水を補給できるのは、ステップでの野宿よりもずっと安心できる要因になっている。
今日も、小さな村に泊まった翌朝、マリエルがルスタムと朝市に来ていると、おいしそうないちごが山と積まれていた。
「あー、いちごかぁ」
ぼんやりとルスタムがそう呟いたので、マリエルがちらりと視線を彼にやる。
ルスタムはいちごが好きなようなのだけれども、それが子供っぽいと思われると思っているのか、あまり表に出そうとしない。なので、マリエルはにっと笑ってルスタムに言う。
「ヴァンダクがいちご大好きでしたよね」
それを聞いて、ルスタムはぱっと顔を明るくしていちごの積まれた店へと向かう。
「そうそう、買ってかないとヴァンダクが残念がるだろうから、いっぱい買っていかないとな」
いそいそと財布を出して、ルスタムが紙袋いっぱいにいちごを買っているのを見て、マリエルは念を押すように声を掛ける。
「随分と沢山買いますね」
「旬を逃すと来年まで食べられないからな」
すこし体を硬くしてそう返すルスタムに、マリエルはまた柔らかく言う。
「でも、そんなにたくさん買ったらさすがにヴァンダクだけでは食べきれないでしょう。
あなたも食べるのを手伝ってあげるんですよ」
「おう、もちろん!」
なんとか誤魔化しきれたと思っているのだろう、ルスタムは上機嫌でいちごの袋を抱えている。その姿を見ながら、マリエルは他に買った物を頭の中で確認していた。
干し肉は買った。ドライフルーツも買った。クルトも買った。水は今頃カイルロッドがコウと一緒に汲んで置いているはずだ。昨夜の予定ではナンも買う予定だったけれども、ありがたくも村の長が多めに分けてくれたのでそれはそれで足りるだろう。
そんな事を考えていたら、市場に来ていた村人が話し掛けてきた。
「あんたら、昨夜この村に来たキャラバンのひとだろう?」
「はい。そうですが、なにかご用ですか?」
「実は、家で使ってた皿を割ってしまってね。新しい皿が欲しいんだけど、そういった物は売ってくれるかい?」
「もちろん。お代さえ支払っていただければ」
街から街への途中、泊まった村で突然このようなことを言われることも珍しくはない。この村はまだシャフリサープズに近い位置にあるけれども、それでもわざわざ街に買い物に出るのは一苦労だ。なので、この村に商売を生業とするキャラバンが来たのなら、その時に必要な物を買ってしまいたい。と考える気持ちは旅慣れしているマリエルにもわかる。
「ルスタム、買い物は済みましたし、この方をユルタまで案内しましょう」
「そうだな。そろそろ戻ろう」
そんなやりとりをしながら市場を歩いて行くと、ぽつりぽつりと合流する村人が現れた。おそらく、自分もキャラバンの商品をなにかしら買いたいと思って付いてきているのだろう。
市場が賑わっているとはいえ、まだ夜が明けて間もない。この人数の客であれば、相手をしたとしても日が昇りきる前にはこの村を出られるだろう。
付いてきた村人に細々とした日用品を売ったあと、マリエル達は速やかにユルタを畳み出発の準備をした。村人が自分たちが運んできた陶器を見てあまりにも喜んでいたので、少々時間を食ってしまったのだ。
それは嫌なことではないけれど、内心少しだけ困ってしまった。
それぞれラクダやラバや亀に跨がったところで、リーダーが言う。
「では、そろそろ出ようか。
あと、ヴァンダクとルスタムは、そのいっぱいのいちごを残さず食べるんだよ」
「はーい」
「わかりました」
元気に返事を返すヴァンダクは何も後ろめたいことなくいちごを頬張っているし、ついいちごを買いすぎてしまったルスタムは少々反省の色を見せながら、少しずついちごを囓っている。
いちごをもぐもぐと食べながらも、しっかりと方角を見ているヴァンダクに続きキャラバンは進んでいく。
リーダーが少し歩調を緩め、マリエルに並んでこう言った。
「日が昇りきる前に進めるだけ進みたいが、もし進むとして、おまえは太陽が天頂にあっても進めると思うか?」
その言葉に、マリエルは手首まである服の袖を少しまくり、腕を陽の光に当て、少し考えてから答える。
「いえ、そろそろ昼間にステップを移動するのは危険でしょう。
もし今日は行けたとしても、これからもう間もなく夏になります。今の内から体力の温存の為に昼間は休んで進みましょう。
もうそういう気温になってきています」
マリエルの返事に、リーダーは自分の影を見る。
「お前の言うとおりだな。
おれはそろそろ、暑いのか寒いのかがだんだんわかりにくくなってきたんだ。
今後、こういう判断はおまえに相談すると思うがかまわないかな」
「一向にかまいませんよ。
やれる人がやれることをすればいいんです」
「そうか。助かる」
リーダーももう若くないのかと思うと、なんとなく寂しさというかやるせなさを感じる。けれども、時の流れという物は生きている限り逃れることはできないのだと、マリエルは自分に言い聞かせた。
太陽が昇りきり、キャラバンはいったんラクダやラバ、亀から降た。
地面に木の棒を立て、そこにロープを使って布を張り、そうして作った日陰に腰を下ろして太陽が傾くのを待っていた。
ラクダとラバは長い紐で繋いでおいて、今の内に勝手に餌を食べて貰っている。
時折吹き込む風が熱を持っているのを感じるけれども、それでも日陰はだいぶ涼しい。陽の当たらないところでじっとしている分には、だいぶ体力の消耗を押さえられそうだ。
朝が早かったせいだろうか、日陰で休んでいるうちに、マリエルのまぶたが重くなってきた。自分よりも早く起きたリペーヤはどうしているかと思い見てみると、カイルロッドと一緒にコウに寄りかかってうたた寝をしていた。
これなら自分も寝て許されるかとマリエルが思ったその時。
「あー!」
「どうしました!」
突然ヴァンダクが叫び声を上げたので思わず目が覚めた。リペーヤも驚いたのだろう、上半身を起こしてヴァンダクの方を見ている。
そして当のヴァンダクは、何があったのかと訊かれてこう言った。
「いちごがもうなくなっちゃったよぉ」
いかにも残念そうな顔のヴァンダクが、まだちびちびといちごを食べているルスタムの方をじっと見る。
「な、なに? えっ? なに?」
ルスタムは狙われていると思ったのだろう、いちごがまだ多少入っている袋を抱きしめて、ヴァンダクから隠そうとしている。
その様を見て、ヴァンダクがもじもじしながらルスタムに言う。
「いちご取ったりしないよ。でもね、あのね」
分けて欲しいんだな。ルスタムだけでなくマリエルも、それにリペーヤとリーダーもそれを察して、思わず苦笑いをする。
「シャフリサープズに付いたら、またいちごを買いましょうね」
マリエルがヴァンダクの頭を撫でながらそう言うと、ヴァンダクは嬉しそうに笑って頷く。
こういう所をみてしまうと、ヴァンダクはだいぶ子供っぽいなと思うのだけれども、実際はルスタムよりも、カイルロッドよりも年上だ。
子供っぽさが見えないカイルロッドよりヴァンダクの方が年上というのはなんだか不思議な感じはするけれども、これもまた個性なのだろうなとなんとなく思った。




