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第四十八章 キャラバンの行く末

 ヒヴァへと向かう途中、いつも立ち寄る小さな町で、マリエル達は数日を過ごすことにした。

 キャラバン・サライに滞在手続きをし、部屋へと入る。この部屋は大きくないのでコウが入れず、カイルロッドはやや不満げだ。

 キャラバン・サライに入った時間が遅めだったので、この日の夕食は部屋の中にあるかまどでルスタムがいつものように、干し肉のスープを作った。このスープは何度食べても、ドライフルーツとの相性が良い。

「この街を出たらまもなくヒヴァだな」

 そう言ったリーダーが、マリエルを見る。どのような心持ちか訊きたいのだろう。

「もうヒヴァかと思うと、嬉しいような気が重いような、そんな感じですね」

 マリエルが肩をすくめてそう言うと、ヴァンダクがきょとんとした顔をする。

「気が重いの? 家族がいるんでしょ? なんで?」

 家族と会えることをあんなに喜んでいたヴァンダクのことだ、ヒヴァに家族が待っているマリエルが気が重いということが不思議なのだろう。

 その問いに、マリエルは苦笑いを浮かべる。

「家族には会いたいのですが、その、元締めは……」

 それを聞いて、カイルロッドとルスタムも肩を落とす。

「わかる」

「元締め、悪い人じゃないけどこう、会うとなると圧はあるよな」

 ふたりの言葉を聞いて、ヴァンダクはまた不思議そうな顔をする。

「なんで? 元締め優しいよ?」

「うん、そうですね」

 元締めの厳しい部分はヴァンダクも見ているはずなのだけれども、それ以上に元締めの気のいい部分、優しい部分の方が印象に残っているのだろう。ヴァンダクは悪いことをわりとすぐに忘れてしまうたちなので、元締めの厳しい部分が心に残っているマリエル達と、違う印象を持っていてもなんらおかしくはない。

 ヴァンダク以外の三人が溜息をついてるのを見てか、リーダーが明るく笑ってこう言った。

「そんな景気の悪い顔をするな。

元締めに会うのが緊張するってのはわかるが、会わないことにはどうにもならないだろ」

「そうなんですけれど……」

 思わず煮え切らない態度を出してしまったマリエルに、リーダーは壁際に置いた荷物を指さす。

「とりあえず、気分を変えよう。

マリエルとルスタムで、ドゥタールとギジャクを演奏してくれないか?」

 それを聞いて、ルスタムはすぐさまに立ち上がる。

「たしかに、重い気分のまま夜を過ごすのももったいない。

マリエル、やろうやろう」

 重い気分を吹き飛ばそうとするその言葉に、マリエルはくすりと笑って、ドゥタールを壁際に取りに行った。


 マリエルとルスタムで、ドゥタールとギジャクを演奏する。はじけるような音が響き渡り、染み渡るような音が隅々まで行き渡る。それにあわせて、リーダーとヴァンダクが歌を歌い、カイルロッドとコウが体を揺らす。手拍子も加わってかなり賑やかになってきた。

 こんな夜も更けた頃にこんなに騒いで良いものかと心配はしたのだけれども、リーダーが宿泊許可を取るときに確認した限りでは、今夜このキャラバン・サライにいるのはマリエル達だけらしかった。なので、遠慮無く歌い騒いでいるうちに、だんだんと気分が軽くなってきた。

 ふと、マリエルが他のみなを見ると、ヴァンダクが立ち上がって壁際に寄り、窓から外を見ていた。

 それに気づいたリーダーがヴァンダクに訊ねる。

「どうした? 星を見に行きたいのか?」

 すると、ヴァンダクはこう答えた。

「あのね、ヒヴァに着いたら、またタシケントに行けるかなって思ったの」

 それを聞いて、思わずマリエルは演奏の手を止めた。ルスタムもあわせていったんギジャクの弓を置いた。

 きっとヴァンダクは、先程マリエルの家族の話をしたから、自分の家族が恋しくなってしまったのだろう。あれだけ家族を大切にしていて、同時に大切にされているのだ。

 どことなく寂しげな背中を見てか、リーダーが優しい声でこう返す。

「心配しなくても、また元締めから行けって言われるさ。

なんせタシケントは、大きな街だ。商売するにはいいところだからな」

 そこに、カイルロッドがこう言う。

「商売するにはいいといえば、チャルチャンも結構商売するのにいいところだったけど、また行けって言われたらどうする?」

 マリエルは、つらい道のりだけれども、またチャルチャンに行けるのであれば行きたいと思った。リーダーは苦笑いして馬乳酒を飲む。

「チャルチャンもいいところだが、行けと言われたらなかなかにきついな」

「だよね」

 そのやりとりを聞いていたルスタムが、額をおさえて息をつく。

「チャルチャンはなー、しんどかった。

でも、旅をしてれば多少しんどさがあるのが当たり前だし」

 しんどいことがあるのが当たり前。それを聞いて、マリエルは思わずこう零した。

「もしかして、旅を続けるのがつらいから、キャラバンが減ってきているのでしょうか」

 キャラバンが本当に減ってきているのか。その確証はないけれども、体感として、他の街を巡っていて、キャラバンの数が減っているように感じたのだ。

 マリエルの言葉に、先程まで盛り上がっていたみなが静かになる。きっとみな、キャラバンが減っていると言うことには勘づいてたけれども、その事実を受け入れたくないのだろう。

 そう、今のまま色々な街を旅する生活を、自分の意思で引退すると決めるときまで続けられると、そんな希望を持っているのだ。きっと。

 誰かが呟いた。

「これも時代か」

 不思議なことに、その言葉が誰のものか、マリエルにはわからなかった。何年も一緒に過ごしている仲間の言葉のはずなのに、なぜか区別が付かなかった。

 ふと、マリエルは思う。今の呟きは神様の啓示ではないかと。今すぐではないにしろ、キャラバンというもので生計を立てられる時代に終わりが来ると、神様はそう言いたいのではないかと思った。

「もしもね」

 これは誰の呟きかすぐにわかった。マリエルは不安そうにするヴァンダクの方に視線をやる。

「もしもね、キャラバンが続けられなくなったら、みんなにもう会えなくなっちゃうの?」

 どことなく涙声になっていて、そのことを本当に不安がっているというのが伝わってくる。

 もしヴァンダクが近いうちに引退したとしても、キャラバンが続く限り、またタシケントの街で会える。キャラバンのみなが旅の途中で、ヴァンダクの元へ会いに行けば良いだけのことなのだから。

 けれども、キャラバンがなくなって、みなそれぞれの街で定住するようになったら? キャラバンに所属しているか、小さな農村に暮らしていて生活必需品を近くの街に買いに行くのでもない限り、他の街に行くことはあまりないのだ。ヴァンダクのように大きな街に家があって、そこに住むとなると、本当に街から出る理由はなくなってしまう。

 もし今後、仲間達に会えなくなったとしたら、自分はどう思うだろうか。マリエルはそのことを考える。

 きっと、リペーヤがキャラバンから抜けたときのように、はじめはひどく寂しくて、そのことが頭から離れなくて、心にぽっかり穴が開いたような心地がするのだろう。けれども、ある程度時間が経ってしまえば、心の穴は自然に塞がるし、寂しさも風化して消えてしまう。仲間に会えなくなること自体は、こう言ってしまうと非情に聞こえるかもしれないけれども、そこまで痛手ではない気がした。

 しかし、他の街に行けなくなったら? 色々な土地でいろいろな物を見て。そんな豊かな生活を手放せるのか。それはわからなかった。

 みなそれぞれに思うところがあるのだろう。しばらく黙り込んで、それから、リーダーが確かめるようにこう言った。

「山は出会うことはできないけれど、おれ達はまた会える」

 すると、何度も目を擦っていたヴァンダクが、ようやく笑顔になった。

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