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第四十六章 ラピスラズリ

 この日も市場での仕事が終わり、店じまいをしてマリエル達はキャラバン・サライの部屋へと戻った。

 マリエルとルスタムが部屋に荷物を置くと、カイルロッドとコウ、それにリーダーとヴァンダクも帰ってきた。

「お帰りなさい。今日もお疲れ様です」

 そう声を掛けると、荷物を置いたヴァンダクがお腹をおさえてこう言った。

「あのねぇ、おなかすいたの」

 市場で店を出して番をするのは、基本的には座りっぱなしだ。だからそんなに体力を使わないように見えても、実際はかなり神経を使う。なので、結果としてかなり体力を持って行かれて疲れる。それに、昼食からだいぶ時間が経っているので、ヴァンダクがお腹を空かせていても何も不思議はなかった。

 いつもならすこし部屋で休んでから夕飯を食べに行くのだけれども、今日はすこしだけ早く食堂に行こう。と、リーダーが笑いながら言った。


 キャラバン・サライをでて食堂街へと向かう。その途中で、マリエルはあのフランシャのガラスの箱を売っている店に目をやったけれども、すぐに視線を前に戻して歩く。

 食堂街に差し掛かるなり、ヴァンダクがきょろきょろと周りを見回し、鼻を利かせてよさそうな店を探す。しばらくそうしていて、ヴァンダクが一件の店を指さした。

「今日はあのお店がいい」

「そうか、じゃああの店にしよう」

 その店は随分と賑わっていて、マリエル達が席を取れるかどうかがすこし心配だったけれども、いざ店内に入ってみると、運良く六人掛けの席が空いていたのでそこに座る。椅子がひとつ余ったけれども、椅子をよけて貰って、そこにコウをなんとか収めた。

「さて、なにを食べたいか選ぼう」

 リーダーがメニューを広げみなに見せる。真っ先に反応したのはヴァンダクだ。

「俺、ラグマン食べたい」

 それを聞いてカイルロッドも頷く。ラグマンは決まりのようだ。

 続いてルスタムがメニューを指さす。

「チ・ハン・ビリがあるじゃん。これも食べたい」

 要望がふたつ出たところで、リーダーがマリエルの方を見る。

「そんなもんでいいか?」

「はい、異論はありません」

 食べるものが決まったところで、リーダーが店員を呼んで注文をする。店員は元気の良い声で、厨房へ伝えた。

 料理が来るまでの間、マリエル達はいつものように雑談をする。市場で二手に分かれて店を出しているので、その情報共有も兼ねてのことだ。

「今日も、カイルロッドがきれいなの仕入れてきたんだよねー」

 ヴァンダクがきらきらした目でそういうので、マリエルはどんなものを仕入れたのかが気になった。

「カイルロッドの仕入れとなると、装飾品ですね。部屋に戻ったら見せていただいていいですか?」

「もちろん。まぁ、ヒヴァに行くまでは売らないけどね」

 それから、ルスタムが自分の店の話をする。具体的な金額の話をここですると危ないので、あくまでもふわっとした報告だ。

「この街では、タシケントの陶器が人気だね」

「なるほど、それは元締めに言っておいた方がいいな」

 しばらくそんな話をしていて、ふとカイルロッドの方を見ると、なにやらそわそわしたような、でもなにかすこし自慢げな表情をしていた。

 これはなにかあったな。と思ったマリエルが訊ねる。

「カイルロッド、今日はなにか良いことがありましたか?」

 すると、カイルロッドはこう返した。

「今日仕入れの時に、個人的な買い物もしたんだよね」

「そうなのですか?」

 個人的な買い物。と聞いて、ヴァンダクとルスタムがカイルロッドの方を見る。

「なに買ったの?」

「僕も気になる」

 ふたりの言葉に、カイルロッドは首元から服の中にすこし手を入れ、いつのまにか首から下げていた革紐を引っ張り上げる。すると、その先端に、銀で縁取られた、深く鮮やかな青色の石がぶら下がっていた。

「これ、自分用」

 にやっと笑うカイルロッドに、リーダーもにやっと笑って言う。

「こいつはいいものを買ったな。さすがだ」

 カイルロッドが首から下げている青い石は、ラピスラズリというものだ。かつて、ずっとずっと昔に、西の国へと運ばれることが多かった石だ。

「はー、これはまた見事だ」

「すごい、きれいだね」

 ルスタムとヴァンダクが感心したように言う。マリエルも、あまりに見事なラピスラズリに、言葉もなく見入ってしまった。

 ふと、ルスタムもにやっと笑って言う。

「でも、お高いんでしょう?」

 カイルロッドは肩をすくめて言う。

「想像におまかせする」

 それからしばし、キャラバンのみなでカイルロッドのラピスラズリをじっくりと眺める。これは良いものだ。

 ふと、じっとラピスラズリを見ていたヴァンダクがこう言った。

「この石、サマルカンドみたい」

 その言葉にマリエルは驚く。そんなことは自力では全く思い浮かばなかったのだけれども、たしかに言われてみれば、あのサマルカンドの青い聖域を思い起こさせる、うつくしい青だ。

 カイルロッドがにっと笑ってヴァンダクに言う。

「僕もそう思ってこれを買った」

 それから、すこし遠くを見るような眼をしてこう続ける。

「今度家に行ったときに、サマルカンドはこんな色だって家族に見せたいんだ」

 ラピスラズリを見つめるカイルロッドを見て、なんだかんだで家族のことが恋しいのだなと、マリエルは思う。

「サマルカンドの青を家族に見せたい気持ちは、私もわかります」

 マリエルがそう言うと、カイルロッドはすこし身を乗り出してこう言ってくる。

「マリエルも、ラピスラズリ買う?」

「ふふっ、良いのがあればですけれどね」

 そうやりとりをして、マリエルも家族のことを思い出す。サマルカンドの青を見たら、きっと妻も子供も感動するだろうと思ったのだ。

 ふと、マリエルは気になることを思い出した。

「そういえば、ヴァンダクは貰った天文書を持ち歩いているんですか。

あの、西の国のものと、シィンのものと」

 マリエルがそう訊ねると、ヴァンダクはにっこりと笑う。

「あれはねー、おうちに置いてきたの」

「そうなんですか?」

 夜、暇があれば見ているほどに気に入っていたあの本を家に置いてくるなんて。とマリエルは少し驚く。たしかに、タシケントを出てからあの本を見ていないけれども。

 不思議そうにしていると、ヴァンダクはすこし照れたようにこう続けた。

「あの本はね、おうち帰ったときに、ミウナイとアルスラーンと一緒にみようって思って置いてきたの。

俺が持ってるよりきれいにとっておいてくれるかなって思って」

「なるほど、そうなんですね」

 好きなもの、すばらしいと思ったものを家族と共有したい気持ちは、よくわかる。とくに、家族仲が良さそうなヴァンダクのことだから、それはなおさらだろう。

 リーダーが笑ってヴァンダクの頭を撫でる。

「それじゃあ、また早くタシケントに行かないとな」

「うん!」

 そのやりとりを見て、マリエルもくすくすと笑ってリーダーに言う。

「それなら、私はヒヴァが恋しいです」

「ああ、そういえばそうだな」

 リーダーがマリエルを見てまた笑う。すると、ルスタムが意外そうな顔をしてマリエルを見る。

「マリエルが家族が恋しいって言うの、なんか珍しい」

「そうですか?」

 たしかに、普段はその気持ちをあまり表に出していない気がする。実際、その恋しさを忘れている時間も長いのだけれど。

「ヒヴァまではもうすぐだ」

 リーダーが言う。

「もうすぐだけど、まずは元締めの所に行かないとな」

「承知しております」

 ヒヴァへ向かうために、この街ももうすぐ発つ頃だ。

 なんとなく先を急ぎたい気持ちがわいてきてしまった。

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