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第三十六章 街に待つ家族

 冬が来た。日中も寒いけれども、夜になるとことさらに冷え込む季節だ。

「リーダー、ここにはいつまでいますか?」

 キャラバンの仲間達で暖炉を囲い、ゆったりと夜を楽しんでいた。マリエルの問いに、リーダーは暖めた馬乳酒を飲んで答える。

「来月までといったところかな」

「なるほど」

 タシケントの街には、だいぶ長居をしている気がする。長居をしている理由として、商売がやりやすいからというだけでなく、ヴァンダクに家族と過ごす時間を多めに作ってやりたいから。というのもあるのだろう。余程急いでいる時でもない限り、リーダーは仲間達の家族がいる街は、長めに滞在するようにしているようだった。

 それを考えると、滅多に家族の元へと行けていなかったリペーヤは、もどかしい気持ちを抱えていたのではないかとも思う。ぼんやりとそんなことを考えて、マリエルはぽつりと呟いた。

「リペーヤは、キャラバンに入ってどんな心地だったのでしょう」

「どんな。っていうのは?」

 誰に言うでもなかったその言葉を、リーダーが拾ってくれる。それに甘えて、マリエルは話を続けた。

「リペーヤは、キャラバンに入ってる間なかなか家に帰れなくて、この前も、家のある街を通ったと思ったらすぐに通り過ぎてしまって、歯がゆい思いをしたんじゃないかと思います」

 それを聞いてリーダーは頷いて返す。

「なるほどな、でも、それはリペーヤ自身でないとわからんことだ」

 リーダーの言う通りだ。マリエルはそのまま、思っていたことを吐き出す。

「リペーヤは、家族といたいから、定住することを選んだのでしょうか」

 きっとこれは、リペーヤがキャラバンを抜けてしまったことに、まだ慣れることが出来ていないのだとマリエルは思う。本当なら誰かに聞くべきことではないだろうのに、言わずにいられなかった。

 リーダーがそれを察したのか、マリエルの背中を優しく叩いて言う。

「あいつもいい歳だし、定住してもおかしくないだろう」

 それもわかっている。けれども。とマリエルはリーダーを見る。リーダーはマリエルはもちろん、リペーヤよりも年嵩で、それでもいまだにキャラバンのリーダーとしての役割を果たしている。

 リーダーにも家族がいるはずだ。年齢ももう若くはない。それなのにキャラバンの一員として旅を続けるのには何か理由があるのだろうか。

 もしかしたら、旅を続けることに理由などなくて、逆に、家族の所へ帰って定住することに理由が必要なのかもしれないけれど。

 ぽつりとマリエルが零す。

「私は、いつまでキャラバンにいられるのでしょうか」

 その呟きに、リーダーは返さない。きっと、いつまでいるかを決めるのは自分自身でないといけないと思っているのだろう。

 代わりに、ルスタムがマリエルにこう言った。

「やっぱりいつかは、家で待ってる奥さんとか、子供と一緒に暮らした方がいいと思う。

それが家族ってやつだろ?」

「……そうですね」

 もっともなことを言われて、マリエルはヒヴァに置いてきている妻と子供のことを思い出す。子供の面倒はすべて妻に任せっきりで、自分はたまにヒヴァに行ったときにすこし遊んでやるくらいだ。そんな夫や父親を、家族は受け入れてくれるのだろうか。それを考えると、いつか家族の元に帰り、定住するのは難しいような気がした。家族が大事だという気持ちに、偽りはないのだけれども。

 ふと、先日ヴァンダクの家に行ったときのことを思い出す。ヴァンダクは妻にも子供にも、あんなに愛されていて、幸せそうに笑っていた。家族を作るというのは、ああいうことなのだろう。

 ヴァンダクのことを思い出すと、自分もいずれ家に帰ってキャラバンを抜けるというのも、なんとなく悪いことではないような気がした。

 他の仲間は、キャラバンを引退する時の事を考えているのだろうか。それが気になり、マリエルは温かい馬乳酒をひとくち飲んでからこう訊ねた。

「みなさんは、いつまでキャラバンにいるつもりですか?」

 その問いに、真っ先に返してきたのはカイルロッドだ。

「僕は、四十歳くらいになったらコウと一緒に引退するつもり」

「そうなんですか?」

 思いの外しっかりと期限を決めていることにマリエルは驚く。カイルロッドは頷いて、話を続けた。

「引退したら、夕日のきれいな町で旅行記を書きながらコウと一緒に暮らすつもり」

 その言葉に、コウも首を振って同意している。

 カイルロッドの言葉を聞いて、ルスタムが問いかける。

「コウと一緒はわかるけど、結婚はどうするか考えてる?」

 一瞬だけ遠くを見て、カイルロッドは素っ気なく返す。

「考えてない」

 たしかに、キャラバンで旅をしていて嫁を探すのは、なかなか難しい。結局の所、生まれ故郷で一緒に育った幼馴染みと。と言うケースが多いのだけれどカイルロッドにはそういう幼馴染みはいないのだろうか。

 マリエルが少し考えていると、リーダーが笑ってこう言った。

「カイルロッドもルスタムも、どっちも子供の顔が見てみたいね」

 たぶん、半分は本気であろうその言葉に、カイルロッドはまた素っ気なく返す。

「神が望んだら。だね」

 これは、結婚を考えていないというよりは、結婚したくないと思っているのではないだろうか。マリエルはなんとなくそう思った。

 カイルロッドにこんなことを訊ねたのだからと、マリエルは笑みを浮かべてルスタムに訊ねる。

「ルスタムは、結婚の予定は無いのですか?」

「え、僕が結婚?

あー、たしかにそろそろ考えなきゃ」

 ルスタムはこのキャラバンで最年少だけれども、もう立派な大人だ。家庭を作りたいと思っていてもなんら不思議はないのだ。

「故郷にいい子はいないのか?」

 馬乳酒を飲みつつリーダーがそう訊ねると、ルスタムはもじもじした様子でこう答える。

「あー、まぁ、実は、いるんだよ。

いるんだけど、僕と結婚したいって思ってるかどうかわかんないし、思ってたとしても僕はキャラバンで旅をするから、結婚してちゃんとやってけるかっていうアレがソレ」

 ひとしきりそう言ってから、ルスタムははっとしたようにこう続けた。

「でもヴァンダクも上手くやってるし上手くやれる気がする」

 その言葉は、妙に説得力があった。

 ふと、マリエルはリーダーに訊ねる。

「リーダーは、いつまで旅を続けるんですか?」

 リーダーは苦笑いを浮かべる。

「おれはもう、旅を続ける以外の生き方がわかんないのさ」

 あきらめなのか、それとも楽しんでいるのか、それはマリエルにはわからなかったけれども、旅を続けるという生き方もあると言うのは、なんとなく安心した。


 キャラバンを抜けるときの話をしているうちに、暖炉の火が消えたので、寝支度をはじめた。

 掛布を被って、マリエルは考えを巡らせる。いざ自分がキャラバンを抜けるとき、旅をやめるときが来たときに、それを上手く受け入れられるかどうか考えているのだ。

 リーダーのように、最期の時まで旅を続けるということもできるのだろうけれども、やはり自分は最期の時は家族と一緒に過ごしたい。それなのになぜか、自分が定住しているという所を想像できないのだ。

 家族が待っているヒヴァの街は、いいところだ。きっと生活するには困らないところなのだ。そこで家族と一緒に、一年中穏やかに過ごすのはきっと幸せなことであろうと思えるのに、それでもそういった未来を具体的に想像することが出来なかった・

 家族に、両親に、妻と子供に会いたくないわけではないのに、どうしてだろう。

 むしろ自分は、家族よりもキャラバンの仲間と別れるときの方が寂しく感じているように思う。それはきっと、苦楽をともにし共に過ごす時間が長いからだ。

 そんな自分を、家族が受け入れてくれるのか。家族よりもキャラバンの仲間の方を大切にしているように見える自分を。

 考えるほどに不安になっていくけれども、今そのことを考えても仕方がないし、家族を疑うのはそれこそ失礼だ。

 マリエルは深呼吸をしてから掛布を被りなおした。

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