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第三十四章 おとうさんをつれていく

 この日も市場に出している店を閉めて、マリエル達は夕食を食べに食堂へと行った。食堂で料理を頼むときに、気をつけないとつい料理を頼みすぎてしまう。少し前にリペーヤが抜けたということと、今ヴァンダクは自分の家で過ごしていてここにいないと言うことに、なかなか慣れられないのだ。

 運ばれてきた料理を見てルスタムが溜息をつく。

「食いしん坊がふたりもいないと、なんて慎ましい食事になるんだろう」

 その言葉に、リーダーは笑って返す。

「まだ若いんだから、おまえもたくさん食え」

「ありがたく」

 遠慮はいらないのだなと思ったのだろう、ルスタムはにっこりと笑って取り皿を自分の前に持って来た。その様子を見てから、リーダーはカイルロッドの方を見る。

「おまえも、遠慮しなくていいんだぞ。

普段あんまり食べないが」

 すると、カイルロッドは澄ました顔でこう返す。

「いや、僕は単純にあまり食べられないだけだから」

「そうなのか? まだ若いのに」

「個体差」

 そのやりとりに、マリエルは思わずくすくすと笑ってしまう。

 苦笑いをしたリーダの一声で食前の祈りをあげて、料理に手を着けはじめた。


 食事が終わりキャラバン・サライに戻ると、建物の前に誰かがいるのが見えた。

 盗人か? マリエルがそう思って身構えると、その誰かがこちらの方を向いて明るい声で話し掛けてきた。

「みんな帰ってきた! おかえり!」

 その声に驚いて、マリエルが言葉を返す。

「あれ? ヴァンダク、どうしたんですか?

家にいるんじゃなかったんですか?」

 もしかして奥さんと喧嘩して追い出されたのだろうか。思わずそんな心配をしていると、ヴァンダクはもじもじしながらこう言った。

「あのね、みんなに会えなくて寂しくなっちゃってね、それでね、みんなにうちに遊びに来てほしいの」

 それを聞いて、リーダーが笑い声を上げて、ヴァンダクの頭を撫でる。

「そうかそうか、わかった。

でも、今日はもう遅いから行くなら明日だな。それまで待てるか?」

「うん、待ってる!」

 いい返事をしたヴァンダクに、それなら今夜はもう奥さんと子供の所へ帰れ。とリーダーが言い、ヴァンダクは素直にキャラバン・サライの前から去って行った。マリエル達に何度も大きく手を振りながら。


 そして翌日の朝。あまりヴァンダクのことを待たせてもまた寂しがるだろうと、マリエル達は朝食後すぐに、貴重品や楽器を持ってキャラバン・サライの部屋を出た。

 お邪魔させて貰うのだからなにかお土産を買っていった方がいいだろう。とリーダーが言ったので、朝市でぶどうやナン、それにナッツを買って行くことにした。

 朝市はとても賑やかだ。この朝市にヴァンダクも来たら……と、そこまで考えたところでマリエルは考えるのをやめる。いくら慣れた地元の朝市とはいえ、ヴァンダクがここに来たら、迷子になる未来しか見えないのだ。

 マリエルが考え事をしている間にも、買い物は済んでいる。物思いに耽っていたのに気づいていたのだろう。苦笑いをしたリーダーに、軽く小突かれた。


「いらっしゃい、待ってたよー」

 ヴァンダクの家に着き、木で出来た青い扉を叩いて声を掛けると、すぐさまにヴァンダクとその妻が出迎えてくれた。杏色の髪をきっちりと編んで結い上げているところが、ヴァンダクと似た雰囲気だ。

「ようこそいらっしゃい。あなた達の話は夫からよく聞いております」

 丁寧な受け答えをするヴァンダクの妻に案内されて家の中に入る。思っていたより大きい家のようだった。

 居間に通され、リーダーがぶどうとナン、それにナッツをヴァンダクの妻に渡す。

「よかったらこれを。ヴァンダクにはいつもお世話になってるので」

「あら、こちらこそお世話になっております。

それじゃあ、お皿に盛ってきますね」

 そう言ってヴァンダクの妻はいったん居間から出る。その妻に、ヴァンダクが大きい声で話し掛ける。

「ミウナイの分も忘れないでね。みんなで食べよう」

「はーい、わかってます」

 それから、ヴァンダクが立ち上がってみなにこう言った。

「あ、うちの子も連れてくるね。ちょっと待っててね」

 ヴァンダクも居間を出ていき、子供を探しているのかまた大きな声が聞こえてくる。

「アルスラーン、おいでー。

お父さんのお友達がきてるよー。みんなでおやつ食べよう」

 そうして少し待っていると、ヴァンダクが男の子を抱えてやって来た。ふわふわのメロン色の髪の毛を短めにまとめていて、年の頃は六歳から八歳くらいだろう。

 マリエルが子供に声を掛ける。

「アルスラーン君ですか?

お父さんのお友達のマリエルと言います。よろしくお願いします」

 すると、アルスラーンはぷいっと顔を背けて、ヴァンダクの胸に顔を埋める。

「どうしたの? ご機嫌ななめなの?」

 ヴァンダクがぽんぽんと優しくアルスラーンの背中を叩きながら椅子に座る。

 子供は案外気難しいところがあるからなぁ。とマリエルがしみじみと親子を見ていると、先程ミウナイと呼ばれてきたヴァンダクの妻が、ぶどうとナッツを皿に盛って戻ってきた。

「お待たせしました。一緒にいただきましょう」

 そう言って頭を下げたので、マリエル達も軽く頭を下げる。

 それから、みなで話しながらぶどうをつまんでいるのだけれども、その間ずっと、ヴァンダクの膝の上からアルスラーンが動く様子はなかった。

「お父さんと仲がいいんだな」

 リーダーがそう話し掛けると、アルスラーンが不機嫌そうな声でこう返してきた。

「おとうさんがぼくのこときらいなわけないもん!」

「うんうん、大好きだよ」

 なぜか機嫌が悪いように見えるアルスラーンを、ヴァンダクはまた優しく抱きしめている。その様子を見て、ミウナイが申し訳なさそうにみなに言う。

「すいません、アルスラーンはもの凄いお父さんっ子で、帰って来るといつもこうなんです」

「いやいや、そのくらいの歳の子だと、よくあることです」

 リーダーはそう言っているけれども、本当にそうなのだろうか。マリエルにも子供はいるけれども、家にいる時間が余り長くないせいか、子供は自分よりも妻に懐いている気がする。カイルロッドとルスタムも、よくわからないといった顔をしている。あのふたりはまだ未婚で、子供どころか妻もいないのだからわからなくても当然なのだけれども。

 マリエルがじっとアルスラーンを見ていたら、突然こんなことを言った。

「おとうさんをつれていくわるいやつとはなかよくならない」

 そういう認識だったのか。不快に思うとかそういうことはなく、マリエルはアルスラーンの言い分を新鮮なものと感じた。

 けれども、ヴァンダクはその言葉に困惑したのだろう、困ったような顔でアルスラーンの頭を撫でながら言い聞かせている。

「悪い人じゃないよ、お父さんのお友達だよ」

「でもおとうさんのことつれてくもん!」

「うーん、でもね、悪い人じゃないの」

 そのやりとりを見ていたリーダーが、笑い声を上げて言う。

「本当にお父さんが大好きなんだな」

 そうしてみんなで笑い合って、なごやかな雰囲気になる。アルスラーンはまだヴァンダクにしがみついたままだけれども、無理矢理自分たちに好意を向けさせようとするものでもないだろう。

「おとうさん……」

「うん、よしよし。ね、一緒にぶどう食べよう? お父さんと一緒に」

「たべるぅ……」

 ヴァンダクが一粒ずつぶどうをつまんで、アルスラーンの口に入れる。その時に、マリエル達の姿が見えるとすぐにまた顔を伏せてしまう。

「本当に、私たちのことを悪者だと思っているんですね」

 思わず苦笑いすると、リーダーがこう言った。

「まぁ、大きくなればわかるさ」

 たしかに、リーダーの言うとおりだ。今はまだ小さいこの子供の成長を、楽しみにすることにしよう。

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