第三十章 死者を送る
オシュを発ち、フェルガナも通過し、コーカンドまでもう少しとなった頃、マリエル達一行は太陽が天頂に行く前に小さな村を通りかかった。
この村はコーカンドまで、人間が歩いて半日程度の所にある。ラクダやラバ、亀に乗って移動しているマリエル達なら、この村に一泊せずともコーカンドまで行ける。なので、この村では少しの食料と水の補給だけをしてそのまま出発する予定だ。
マリエル達がラクダやラバや亀に乗ったまま村の中を移動し、干し肉やドライフルーツを売っている店を探していると、葬儀の準備をしている村人に会った。
「こんにちは。このたびはご愁傷様です」
マリエルがそう挨拶をしてから、食料品の店の場所を訊ねようとすると、訊ねる前に村人にこう言われた。
「ああ、これは旅の方。
もしよろしければ、葬儀に参列してもらえませんか?
お母さんを沢山の人で見送りたいんです」
その言葉に、マリエルはリーダーの方へ目配せをする。リーダーは重々しく頷いた。
「わかりました。我々も参列させていただきます。あまり長居はできませんが」
「ああ、ありがとうございます。それでは、ラクダたちはこちらに繋いで、こちらへ」
村人の言葉に、マリエル達はラクダやラバ、亀から降りる。葬儀にコウを連れて行くわけにはいかないので、カイルロッドも大人しくコウをラクダやラバと一緒の場所に置いている。
こうやって、葬儀に参列して欲しいと頼まれることは珍しいことではない。全く縁もゆかりもないようなキャラバンに声を掛けてでも、参列者の人数を増やしたいのだ。
死者を送り出すときに、送り出す人数は多ければ多いほどいいという風習がある。それは死者の寂しさを埋めるためなのか、残された者の寂しさを埋めるためなのか、それとも、神様への覚えをよくするためなのか、詳しい理由をマリエルは知らない。ただ、そうするのがいいことだとされているのを知っているだけだ。
コウを除いた仲間達と、村人の葬儀に出る。周りの人と少し雑談をした後に、家の中から棺桶が運び出された。これを、村の墓地まで運んでいく。参列者の人数が多いので全員で持つということはできないけれども、葬儀に参加している男達は、みなぞろぞろとそれについて行くのだ。
知らない人の葬儀に参加する度にマリエルは思う。自分は故人を思って悲しむことはないけれども、遺された家族はどんな気持ちなのだろうと。
マリエルも、かつて家族の葬儀をしたことがある。それはまだ子供の頃のことで、優しかった祖父が亡くなり、その時もこうやって棺桶を男達で運び、墓地へと行った。その時、まだ小さかったマリエルの手を引いていたのは近所の人だったのだけれども、具体的に誰が手を引いてくれていたのかは覚えていない。
ふと、棺桶を運ぶ一行を見回す。やはり男の子だけとはいえ、小さな子供も、兄弟なのか、仲の良い近所の人なのか、そんな人に手を引かれて歩いていた。
墓地に着き、すでに掘られていた墓穴に棺桶をおさめ、故人の長男であろう人がみなに声を掛けた。死者を送るための祈りをあげるのだ。
祈りの声は独特の揺らぎと、音程を持って参列者の口から紡がれる。それを聞いていると、何故だか心が落ち着いて安心感すら覚える。
祈りの言葉が終わると、棺桶に土を被せる。スコップを持った男達が、ゆっくりと土を盛っていった。
故人の埋葬が終わり家へ戻ると、残されていた女達がたくさんのプロフを作って待っていた。それは普段食堂で見るような量ではなくて、この葬儀に参列した男達と、家でプロフを作っていた女達、全員が食べたとしても余るのではないかと言うほどの量だ。それが、きっと近所からもかき集めてきたのだろう、大きな皿の上に盛られていた。
葬儀の時にプロフは付きものだ。この香ばしくほのかに甘い米を食べながら、故人を知る人々は昔話に花を咲かせる。故人がどんな人だったか、どのようなことをしてくれたか、少し困ったところもあるにはあった、それでも良い人であったことは間違いない。そんな話だ。
村人達はみな故人を知っているのでそういう話ができる。けれども、たまたまこの村を通りがかり、頼まれて葬儀に参加したマリエル達は故人のことを知りようがないので、ただ相づちを打ってプロフを食べる。こういう時に、ただ相づちを打ってくれるだけの人もいてくれると安心するというのはよくわかる。つらさを乗り越えるために、なにも言わずに話を聞いてくれる存在が欲しいと思うことは、葬儀の時に限らずあるからだ。それはマリエルだって例外ではない。
ひとしきり葬儀が終わり、リーダーが故人の息子にこう言う。
「さて、一段落付いたようだが、おれ達はそろそろ先を急ぎたいんだ。
それで、干し肉やドライフルーツみたいな食料が買える店を探していてね。そういうところがあったら教えて欲しい」
すると故人の息子は、それならばと、家の中に一端入って、干し肉とナンを持って来てリーダーに差し出す。
「あいにく、その店の主人もこの葬儀に参加していて、今日は店をやってないんです。
なので、足りるかはわかりませんが、こちらをどうぞ」
リーダーはお礼を言って頭を下げ、干し肉とナンを受け取る。ナンは早めに食べた方がいいだろうけれども、もらえるのはありがたい。
キャラバンのみなで故人の息子に頭を下げてから、ラクダやラバ、亀に乗って出発する。
村の入り口から出て、マリエルは村を振り返る。葬儀をした後の村は、しばらくたいへんだ。葬儀は今日一日だけでなく、まだこの先何日か続く。いつもどおりの日常に戻るには、もう少し時間が必要なのだ。
葬儀に出て、自分はうまく故人を送り出せたかどうか、マリエルは自分に問いかける。たとえ通りすがりであったとしても、死者を悼む気持ちは忘れてはいけないし、忘れたくないと思っている。それは、自分の家族の番が来たとき、自分だけでなく、他の人にも悼んで欲しいという、なかば打算めいた所はあるのだけれども。
ふと、村を振り返っていたらカイルロッドと目が合った。よく見るとなにやら難しい顔をしている。
「カイルロッド、どうしました?」
マリエルがそう訊ねると、カイルロッドは村を少し振り返ってからマリエルの方を見て言う。
「いや、また葬儀に参加したわけなんだけど、最期旅立つときに、見知らぬ人にまで見送られるのってどうなんだろう」
それは、マリエルが考えたこともないことだった。カイルロッドの隣にいるルスタムが口を開く。
「でも、やっぱいっぱいの人で見送りたいってのはわかるんだよな。
寂しい思いさせちゃいけないって」
「そうだけどさ、でも、いざ自分の番になって、見送る人の中に全く知らない人が何人もいるの、どう思う?」
「あー、なるほど。それは難しい……」
ふたりのやりとりを聞いて、マリエルも改めて考える。自分が最期を迎えたとき、ただただ見送る人数が多い方がいいのか、それとも、本当に悼んでくれる人だけに見送られたいのか。
「カイルロッドは、見知らぬ人に見送られるのは嫌ですか?」
マリエルがそう訊ねると、カイルロッドは口を尖らせて返してくる。
「そういうわけじゃないんだけど、なんだろう、今まで他の人の葬儀に出るたび気になってた」
この話を、リーダーとヴァンダクはどう思うだろう。そう思って前を向くと、あのふたりにこの話は聞こえていないようだった。
最期を迎えたとき、どう送り出して貰うか。随分と遠い話のような気はするけれども、実際はいつでも隣り合わせの話だ。マリエルは家族の顔を思い出しながら考える。そして、自分の時はどうかはわからないけれども、少なくとも家族の葬儀の時には、やはり人をたくさん集めてしまうのだろうなと思う。
そんな、心情的に難しい話をしていたら、コウが元気よくこう言った。
「ボクはよくわかんないけど、ボクがしんじゃったら、その時は仲良しの人と一緒にいたいな」
それを聞いて、カイルロッドがコウの甲羅を撫でる。
「そうだね。僕とコウは最期まで一緒だよ」
「うん、一緒!」
コウは、自分の中では明確な答えを持てているようだった。それがなんとなく羨ましいような、不思議な気持ちになった。




