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第二十二章 砂漠の道程

 フェルガナについてしばらく。マリエル達一行は、チャルチャンまで行くという話は聞かされていたけれども、ここまで来ていざチャルチャンに向かって進むとなるとどうするべきか。という話を詰めはじめていた。

 今までの旅路も含めて、もっと早めに詰めておいた方がいいのではないかと思うことは何度かあったけれども、なんだかんだであらかじめ予定をきっちり立てていても、気候の関係や仲間達の体調不良などで予定通りに進まないことは多いので、ある程度行き当たりばったりになってしまうのは仕方がない。

「チャルチャンまで行くのはじめてだねぇ」

 リーダーが広げる地図を見てコウが言う。それに対し、リーダーは笑いながら返す。

「おれははじめてではないんだが、はじめてのやつも何人かいるだろう」

 チャルチャンに行ったことのある手練れがリーダーの他にもいるのか。そう思ってマリエルがみなの顔を見渡すと、みなきょとんとした顔をしている。

「俺ははじめてだけど、マリエルとリペーヤは行ったことある?」

 ヴァンダクがじっとこちらを見つめながらそう言うので、マリエルは苦笑いをして返す。

「いえ、私もチャルチャンははじめてなんです」

 リペーヤも困ったように笑ってこう言った。

「俺もチャルチャンははじめてだよ。

まぁ、たまに話には聞くけどさ」

「そうなんだねー」

 ふたりの言葉にヴァンダクは納得したようだ。それを聞いていたコウが、みなの顔を見渡してあっ。と声を上げる。

「つまり……チャルチャンまで行ったことがあるのはリーダーだけってこと?」

 このキャラバンに入った順番として、リペーヤとマリエルよりもあとにヴァンダクが入っていて、そのさらに後にカイルロッドとルスタムが入ってきたので、リペーヤとマリエルが行ったことがないということは、リーダーしか行ったことがないということに繋がる。リーダーはコウに言われてそのことに気づいたようで頭を掻いて苦笑いをする。

「あー、なるほど。たしかにそうだ。

ってことは、大きな砂漠を越えるのははじめてのやつばっかりってことか」

「砂漠!

ええー、砂漠越えしんどいなぁ。またこの前みたいに茹だったらたまらないよ」

 今後の予定も固まらないうちにリペーヤが情けない声を出す。多分、砂漠といえば灼熱の太陽という印象が強いのだろう。

 実際、これから越えるとリーダーが地図で示しているタクラマカン砂漠は、ヒヴァに行くときに少し掠めるキジルクム砂漠よりも横に長い。しかもその長く横たわっている砂漠の長辺を進んでいくのだ。地図を見ただけだと果てのない旅路に見えなくはないのはたしかだ。

 まぁ、リペーヤの言うとおりしんどそうではある。とマリエルが頷いていると、リーダーが宥めるように話を続ける。

「そうやって茹だらないように、冬に砂漠を越えるんだ。

冬は冬で夜の冷え込みがかなりきついが、昼間に茹だって冷えた水が必要になるとかよりは全然マシだ」

 それを聞いてか、カイルロッドがちらりとコウの方を見る。コウは寒いのが苦手なので心配なのだろう。そして、コウはコウでそれを感じ取ったらしく元気よく言う。

「ボクはカイルロッドが乗っててくれればポカポカだよ」

 これが本当かどうかはわからないけれども、コウの気遣いが伝わったのだろう、カイルロッドがコウの首にぎゅっと抱きついた。

 仲が良いのはいいことだとマリエルはその光景を見て頷いてから、リーダーに訊ねる。

「ところで、なにを売ってなにを仕入れるのか、元締めがまとめた書類はありますよね?」

「ああ、それも預かってる。

念のためみんなでもう一度確認しよう」

 リーダーが懐から折りたたまれた紙を取りだし、地図の上に広げる。その紙には、チャルチャンへの往復の間に売っておいて欲しい品物の一覧と、チャルチャンで仕入れてきて欲しいものの一覧が書かれていた。

 売っておいて欲しいものの一覧を見ると、ヒヴァから積んできた商品は半分以上売りさばけているようだった。

 一方、仕入れて欲しいものの一覧には、マリエルも知っている名前の他に、聞いたこともない名前の品も載っていた。

「このチェンロンボーリーというのはなんですか? はじめて見る名前です」

 マリエルがそう訊ねると、リーダーがその文字列を指でなぞる。

「これは二色のガラスを重ねて、彫りを入れて模様を楽しむ細工物らしいんだ」

「はぁ、なるほど……」

 その説明に、マリエルがどんなものかを思い描こうとしていると、リーダーがマリエルの頭をぽんと叩いた。

「これの仕入れはおまえに任せる」

「えっ、そんな、私はこれを見たことがなくて」

 リーダーの言葉にマリエルが驚いて狼狽えると、リーダーはマリエルの目をじっと見て続ける。

「これはおまえ向きの案件だ。

街の道具屋でいつもいいものを見つけてくるだろう? それと同じだ」

「えっと、わかりました」

 たしかに言われれば、そういったガラス細工だとか、彫り物だとか、そういう置いておいて目で楽しむものを選ぶのは得意だという自負はある。

 この先で訪れるチャルチャンでの取引に思いを馳せ、マリエルは身が引き締まる思いだった。


 売買品の一覧を確認したあとは、もう一度チャルチャンへの道のりを確認する。できれば砂漠は冬から春の間に抜けてしまいたい。そして、夏の間はチャルチャンでやり過ごして、また冬になったら復路につこうという大まかな計画を立てた。

 冬の間に移動を済ませるには、もう数日の間にこの街、フェルガナを出なければならない。これからの旅は先をいそぐ。その度のために必要な物を、誰がなにを揃えるかも話しあって決めた。

「よし、じゃあこれ以上の行動は明日以降だ」

 話し合いの終わりを告げるリーダーのひとことで、ようやく緊張の糸が切れた。

「あー、僕もついに砂漠に行くのか。緊張するなぁ。カイルロッドはどう?」

「僕はさりとて」

「つよい」

 ルスタムとカイルロッドのやりとりを聞きながら、マリエルはぼんやりと部屋の中を眺める。そうしていたら、ヴァンダクがじっと窓辺に張り付いているのが見えた。驚かさないようにそっと近づいて声を掛ける。

「どうしました。珍しい星でも見えますか?」

 すると、ヴァンダクはいつもの明るい笑顔で返す。

「あのね、砂漠やチャルチャンからどんな星が見えるか楽しみなの」

 あくまでも自分の好きな物を見失わないその姿が微笑ましくて、思わず笑みがこぼれる。

「ボクもどんなごはんがあるか楽しみだよ」

 カイルロッドを寄りかからせたまま、コウも首を伸ばして言う。その様子を見ていたリーダーが、機嫌良さそうに笑い声を上げる。

「よしよしおまえら、楽しみがあるのは良いことだ。道中かなりしんどいとは思うが、がんばろうな」

「はーい」

「がんばる!」

 ふたりの返事を聞いていると、なんとなく、マリエルも砂漠越えを頑張れるような気がしてくる。ヒヴァに行くとき、少し砂漠を通りかかるだけでもつらいと思っているのに、不思議なものだ。

 きっと、ヴァンダクとコウが楽しみなものを聞かせてくれて、自分もそれをどこか期待する気持ちがあるのだと思う。仲間達と一緒に、どこまでも続く星空を見たり食べ物であったり。不毛の地という印象の強い砂漠にだって、そこにしかないなにかがあるのだ。

「それにしても」

 コウに寄りかかったままのカイルロッドが呟く。

「そんな大きな砂漠越えるとなると、馬車は邪魔だよね。

チャルチャン行きが決まった時点で馬車を元締めのところに置いてきてよかったよ」

「それな」

 カイルロッドの言葉に、リペーヤが手を打って反応する。

 数年前までは、このキャラバンも馬車を使って旅をしたものだけれども、カイルロッドが言うとおり、今は元締めのところに預けてある。

 馬車の方が楽は楽だけど。というリペーヤに、リーダーはいつもの陽気な声で言うのだ。

「おまえたちも、いい加減馬車のない生活に慣れただろう?」

 それもそうだとみなで笑い声を上げる。

 多少の不便があったとしても、みなで助け合えば、これから先も乗り越えられると、そんな確信じみたものを感じた。

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