第十九章 陶器の馬
マリエル達一行は無事フェルガナまで辿り着き、店を出したり仕入れをしたりと忙しくも充実した日々を送っていた。
今回の旅の最終目的地はここよりもさらに東にあるけれども、とりあえずここで一旦ひと休みと言ったところだ。
この日マリエルは、商品の仕入れをしにいっているカイルロッドの代わりに、装飾品を置いている店の番をしていた。
流れる人波を見て、時々話し掛けられて、ぼちぼちではあるが装飾品が売れている。売れているのはどうやら、パルフでカイルロッドが仕入れてきた物のようだ。
このフェルガナとパルフは離れているので、珍しい意匠の物があるようだった。たしかに言われてみると、時折見かける装飾品を着けた客を観察すると。パルフで仕入れた物とはだいぶ雰囲気が違うようだった。
ふと、自分を見る気配を感じてそちらを向く。
「マリエル、おつかれさまー」
「おつかれさまだよー」
そう言って早足で近づいてきたのはヴァンダクと、カイルロッドを乗せたコウだった。
「おかえりなさい。何かいい物は見つかりましたか?」
マリエルが立ち上がってカイルロッドに訊ねると、カイルロッドは難しい顔をして答えた。
「いいものっていうか、なんだろう。僕では判断しにくいんだけど、気になる物があって、ちょっとマリエルにも見て欲しいんだ」
「私が、ですか?」
自分では判断しにくいとカイルロッドが言うのは珍しい。装飾品であれば、自分たちのキャラバンでカイルロッド以上に目利きのできる者はいないので、おそらく、装飾品以外のものだろう。
「物としてはなんですか?」
念のため確認しておこうとマリエルが訊ねると、カイルロッドはこう答えた。
「陶器だよ。なんか、あまり見掛けない感じの」
「陶器ですか。なるほど」
陶器ということであれば、たしかにカイルロッドよりはマリエルの方が目利きができる。それなら案内して貰う事にした。
店を離れる前に、マリエルがヴァンダクに言う。
「店番をお願いしますね。売れなくてもいいので、最低限盗まれないように」
「はーい」
とてもいい返事をしたヴァンダクを店の内側において、マリエルはコウに乗ったカイルロッドに案内されて市場を抜けていった。
市場を出て商店街を歩いている途中、マリエルはふと気になったことを訊ねる。
「そういえば、先程ヴァンダクと一緒でしたが、ヴァンダクもその、目的の陶器を見たのですか?」
カイルロッドは首を振る。
「違うよ。僕があの陶器を見て、これはマリエルに訊かなきゃいけないやつだって思って、店番を替わって貰うのにルスタムの所から連れてきた」
「ああ、なるほど」
そんな話をしている間に、目的の店に着いたようだった。店の中を覗き込んでみる限り、古道具屋のように見えた。
コウから降りたカイルロッドが店の中へと入る。マリエルもそれに続く。
「おや、また来てくれたんだね」
柔和な顔をした店長とおぼしき男性が、カイルロッドに声を掛ける。マリエルとカイルロッドはにこりと笑ってから、店内を見た。
色々と不思議な物があるなと感心しながら店内を見ていると、カイルロッドに袖を引かれた。
「あれ。どう思う?」
カイルロッドが指さす先にあったのは、抱えるほどの大きさのある馬の陶器だった。その馬は緑と赤とくすんだ黄色で彩られていて、どこの物とはわからないけれども異国情緒を感じさせた。
「こんな陶器は見たことがないのですが、どこで作られている物ですか?」
少しでも情報が欲しいとマリエルが店長にそう訊ねると、こう返ってきた。
「その馬はね、シィンの古い時代の物だよ」
「何に使う物ですか?」
「そこまではわからないけどねぇ、飾って置くにはいいものだよ。どうだね?」
店長の言葉に、マリエルとカイルロッドで顔を見合わせる。やはり判断が難しいのだろう、カイルロッドは難しい顔をしている。そんな彼の耳元でに、マリエルは小さな声で囁く。
「私は悪くないと思います」
カイルロッドは頷き、また店内の他の物を見て回りはじめた。やはりあの馬の陶器を買うのはやめるのだろうかと思っていると、店内で見つけだした銀の首飾りと指輪をいくつか手に取って、にっと笑って店長に言った。
「店長、この首飾りと指輪と合わせて割引してくれるなら、あの馬を買うよ」
すると店長も、にやっと笑ってこう返してくる。
「なるほど、なかなかやる子だね。
いいよ、すこし値引きをしてやろう」
側にあった棚からそろばんを出して、店長が値段を弾く。
「これが元の値段で」
そろばんをカイルロッドの目の前に差し出して見せてから、また珠を弾く。提示されたのは幾分引いた数だ。
「これくらいでどうだい?」
引かれたあとの珠を見て、カイルロッドはそろばんの珠を弄って返す。
「これくらいが希望だな」
それを見た店長は、肩をすくめてそろばんをはじき直す。
「それじゃあ、これくらいにするよ、どうだい?」
また見せられたそろばんをカイルロッドが弄る。そうして延々と値段の交渉を続けて、結果としてカイルロッドは幾つかの装飾品と陶器の馬を、元の半額くらいの値段で買い付けた。
こんなに値引きをしてしまって店長としては痛手ではないかと思いそちらを見ると、苦笑いをしながらもこう言った。
「いやぁ、君にはまいったよ。
でも、こんな楽しかったのは久しぶりだね。またおいで!」
カイルロッドは満足げに笑って、またいつか来ると言って店を出た。
店を出て、買い込んだ荷物をコウに乗せているカイルロッドに、マリエルが声を掛ける。
「あいかわらずお見事ですね」
「まぁね」
あそこまで強気に値引き交渉をが出来るというのは、感心半分呆れ半分だ。仕入れ側としてはなるべく安値で仕入れたいというのはわかるけれども、あまり値引きをさせすぎて、仕入れ先がなくなってしまうなんてことがあったらそれはそれで困ってしまう。
マリエルが苦笑いをしていると、コウが首を振って訊ねてきた。
「どうだった? いいもの買えた?」
「もちろん。お値段以上の物をね」
「すごいや! カイルロッドはやっぱりすごいや!」
はしゃいでいるコウの声を聞いて、カイルロッドはまた満足そうな顔をする。たしかにカイルロッドはすごいのだけれども、いつかやり過ぎて一悶着起こすのではないかと、マリエルは心配になる。
そう、心配といえば。マリエルは思い出したようにカイルロッドに言う。
「そういえば、結構長いこと交渉してましたが、カイルロッドのお店をヴァンダクに任せたままです。早く戻りましょう」
「あっ! そうだ、急がないと」
ふたりのやりとりを聞いて、荷物とカイルロッドを乗せたコウが早足で歩き出す。
「いそいで戻ろう。ヴァンダクが寂しがっちゃうよ」
意外と足の速いコウに付いて行くために、マリエルもいつもよりだいぶ早い歩調で歩く。そして歩きながら思う。ヴァンダクが寂しがっているというだけでなく、商品を安く売ったり盗まれたりしてないかと言うことが心配なのだけれどもな。と。
市場に戻り、カイルロッドが店番をしていたヴァンダクに声を掛ける。
「おつかれ。売れ行きはどう?」
その問いに、ヴァンダクはしょぼんとした顔をして答える。
「えっとね、一個も売れなかったの」
「なるほど」
それから、カイルロッドは台の上に並べられた装飾品を眺めてからにこりと笑う。
「盗まれたりしてないし大丈夫。よくやった」
カイルロッドの言葉に、ヴァンダクは笑顔になる。とりあえず褒められたのはわかったのだろう。
成り行きを見守ったところで、マリエルはこれからどうするかと考える。また仕入れに行くにも微妙な時間だ。それなら、ルスタムとリペーヤの店に行って、店番を手伝った方がいいかもしれない。そう判断したマリエルは、カイルロッド達に軽く声を掛けてからその場を離れた。




