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第十八章 泉のある村

 コーカンドの街を出てフェルガナへと到る道の途中のこと。マリエル達一行は今日も朝早くに起きて移動をはじめ、そろそろ日を除けて休む頃合いかとなってきた。

「うへぇ……暑い……

リーダー、そろそろ休みますかね」

 手で顔を扇ぎながらそういうリペーヤに、リーダーはそろそろ休もうと返す。それならばとみながラクダやラバから降りようとしたとき、方角を見ながらキャラバンを先導していたヴァンダクが声を上げた。

「リーダー、あそこに村がある!

木もいっぱい生えてるみたい」

 みながヴァンダクが指さす方向を見る。たしかに、多少遠い気はするが家屋の影が見える。

 ふと、コウが首を伸ばして口をぱくぱくさせる。これは近くに水があるときにする仕草だ。

「水もありそうだね」

 そう言ってカイルロッドがコウの頭を撫でる。水があるというのであれば、あの村は少なくとも人が住んでいるはずだ。マリエル個人としてはなるべく人がいるところで休みたいし、リーダーもおそらく同じ考えだろう。

「リペーヤ、多少しんどいと思うが、あそこまで頑張ろう」

「わかった、がんばる」

 もしかしたら、もう体に熱がこもりはじめているのかもしれない。リペーヤがふうっ。と溜息をついて、ラクダの手綱を握り直した。

 体がだるいだけなら村まで行かず一旦休んだ方がいいのだろうけれども、熱がこもっているとなれば話は別だ。なるべく早めに、いつだったかのヴァンダクのように水で全身を冷やさないとならない。そうなると、ぬるい飲み水しかないステップにいつまでもいるのは得策ではないのだ。

 先程まで方角を見ていたヴァンダクに変わり、村の方向を確認したリーダーが一行を先導する。リペーヤのことを鑑みてか、歩調が早くなっている。

 次第に、ポプラの葉の香りが漂ってきた。


 早足でラクダやラバ、それにコウを歩かせて、なんとか無事に村に辿り着くことができた。太陽は今まさに、天頂にある。これ以上移動が長引くと危ないところだった。

 通りすがりの村人に挨拶をし、使える井戸はないかとリーダーが聞いて回る。村人達はみな愛想よく、どこの井戸も使っていいと言った。そんなにたくさんあるわけではないけれど。と付け足しながら。

 ラクダやラバに乗ったまま井戸を探していると、コウが首を伸ばして振り始めた。口もぱくぱくと動かしている。

「おっきい水溜まりがあるよ」

 そう言ってコウは、急に脇道へと逸れて歩き出した。

 コウが言う大きな水溜まりというのは、おそらく泉だ。マリエルはリーダーと目配せをしてから、ぐったりしているリペーヤと、きょろきょろしているヴァンダクとルスタムに声を掛ける。

「コウについて行きましょう。

泉があるのであれば、井戸よりも都合が良いです」

「はーい」

「わかった」

 元気よく返事を返した若手ふたりとは対照的に、リペーヤは本当にしんどそうだ。リーダーがかなり早足で泉へ向かうコウのことを追う。他のみなもそれに続いた。

 泉は、すぐ近くにあった。ほとりにたくさんのサクソールが生えていて、水面が見えづらくなっているだけだったようだ。

 マリエル達は早速ラクダやラバ、コウから降りて服を脱いで、それをサクソールにかけ、下着姿になる。

「ほら、リペーヤ。泉に入れ」

「あなたの体の熾火は燻ってるどころじゃないですよ」

 リーダーとマリエルに支えられて、リペーヤが泉の中へと体を沈める。一旦頭のてっぺんまで水の中に入ったのであわや事件か? とも思ったけれども、すぐに顔を出したので一安心だ。

 一緒に泉に入ったはいいけれど、水が冷たい。リペーヤの体を冷やすためにはとても役立ってくれそうだけれども、マリエルがいつまでも浸かっていると、風邪をひいてしまいそうだ。暑くなってきたとはいえ、まだ水が温む時期ではなかったようだった。

 リペーヤと一緒にぷかぷかと泉に浮いているリーダーを見ると、気持ちよさそうにしている。もしかしたらリーダーも、熱がこもっていたのかもしれない。

 泉に浸かってぼんやりしていると、はしゃぎ声が聞こえてくる。久しぶりに泉入ったので、コウとヴァンダクが大喜びしているのだ。それに合わせてルスタムもカイルロッドも泉の中を泳ぎ回っているし、若さを感じると同時に、いくら水の中とはいえ、あんなに動き回ったら逆に体に熱がこもるのではないかと、マリエルは心配になった。


 リペーヤの体の熱をしっかりと払い、泉から上がったマリエル達は体を乾かすためにほとりで雑談をしていた。

 このほとりにはサクソール以外に木は生えていない。傾きかけた日の光と、乾いた風が心地いい。その心地よさにつられてだろうか、ルスタムとヴァンダクがお互いの肩にもたれあってうとうとしている。

 他の四人は、その様子を微笑ましく見守る。そういえば、去年はヴァンダクが熱にやられて大騒ぎになったのだっけと、マリエルはぼんやりと思い出す。あの時はちゃんとヴァンダクも回復して今に到っているけれども、今回のリペーヤはどうだろうか。彼も、リーダーほどではないけれども年嵩で、そろそろ体力が心配だ。

 思わず黙り込んでそんなことを考えているうちに体も下着も乾いてきたので、マリエルはルスタムとヴァンダクに声を掛ける。

「ふたりとも起きて下さい。そろそろ服を着ますよ」

 ふたりはゆっくりと姿勢を戻して、目を擦っている。マリエルはサクソールにかけていた自分の服を着ながら、ふたりがまた寝てしまわないかどうか見ていた。結果として、ふたりとも服を着るところまで持っていけた。

「服がぽかぽかだね」

 服を着終わったヴァンダクが、にっこりと笑う。それを聞いてか、カイルロッドが自分の服の袖に顔を埋めている。

「おひさまの匂いがする」

 コウも、カイルロッドに顔を押しつけてうっとりとしていた。

「さて、そろそろユルタを立てる許可を貰いに行かないとな」

 リーダーがそう言って笑い、ラクダの手綱を握る。他のみなもそれに習い、カイルロッドはいつものようにコウの甲羅に乗った。

 泉に背を向け、ラクダとラバを引いて村の中へと戻っていく。その最中で、リペーヤが複雑そうに笑ってこう言った。

「服が暖かいのはたしかに気持ちいいんだけど、直前まで熱にやられそうになってたのを考えると……太陽って気まぐれだな」

「ふふっ、そうですね」

 マリエルは笑って返したけれども、その直後に大きなくしゃみが出た。どうやら冷えすぎたようだった。


 リーダーがユルタを立てる許可を貰ってきたあと、マリエル達は村の隅の空き地にユルタを立てた。作業は念のため、リペーヤを外して行われた。もし万が一まだ体に余分な熱がこもっていたら、ユルタを立てる作業でまた具合を悪くするかもしれなかったからだ。

 ユルタを立て終わり、そろそろ夕食の準備をするかというところで、村の長が訪ねてきた。なんでも具合を悪くした仲間がいるという話を聞いて心配になり、せめてもの労いにと、夕食用のナンを差し入れてくれるという。

「ありがとうございます。助かります」

 そうお礼を言って、マリエルはナンを受け取る。これだけの量があれば、今夜だけと言わず明日の朝の分まで足りそうだ。

 村の長はそれだけ渡してすぐ帰るのかと思ったら、戻る前にこんなことを教えてくれた。

「明日の朝、はやくから広場に市場が出るから、よかったらおいしい果物でも食べていって下さい。それではお大事に」

 果物と言っていたのが聞こえたのだろう、ルスタムとヴァンダクがぱっとこちらを見て明るい顔をしている。

 マリエルはもう一度村の長にお礼を言い、ユルタの入り口の布を垂らす。

「明日は、早起きしないといけませんね」

 そう言ってくすくすと笑うと、ルスタムもヴァンダクも早く寝るぞと意気込みはじめた。

 あんなに興奮してしまっては、今夜逆に眠れないのではないかと一瞬マリエルは思ったけれども、よくよく考えればあのふたりは昼間、散々泉で遊んで疲れているはずだ。いざ掛布を被ってしまえば案外すぐに眠れるかもしれない。

 さて、どうなることやらと楽しみにしつつ、火をおこして夕食を作っているのを眺める。その炎を見ているうちにだんだんと眠くなってきて、もしかしたら夕食後真っ先に寝てしまうのは自分ではないかと、口元を隠してくすりと笑った。

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