第十五章 流星を追って
今日もキャラバンはステップを行く。気候のいい時期なので、太陽が頂点に輝く時間であっても移動することができる。
太陽が輝く間歩き続け、一番星が姿を見せる頃に、キャラバンは足を止めて荷物を下ろす。
「ここをキャンプ地とする」
リーダーのその言葉に、他のみなはユルタの骨組みとフェルトの入っている荷物をほどき、組み立てていく。
このキャラバンの中で一番後輩のルスタムも、もうだいぶユルタを立てるのになれたようだ。はじめの内は真ん中の支柱となる棒を支えるだけで精一杯だったのに、今ではすっかり手際よく組み立てていて、頼もしいものだ。
あっという間にユルタが組み上がり、それぞれラクダとラバを繋いで中へと入る。
「まだ夜はさむいねぇ」
ユルタに入るなり手足を引っ込めてコウが言う。コウは寒いと体の動きがすぐに鈍ってしまう。きっと冷えるのに弱いのだろう。
それはそれとして、寒いのは人間達も同じだ。食事を作りがてら、ユルタの真ん中近くに火を焚いて暖まる。
今日の夕食は何だろうとマリエルがルスタムの手元を覗き込むと、水を張った鍋に干し肉を入れて煮こんでいる。今日も干し肉のスープのようだ。もっとも、旅の途中で野宿をするときは、これ以外のメニューはそうそう作れるものでもないのだけれど。
火にかけた鍋を見ながらルスタムが言う。
「そういえば、この前の村で貰ったナンがあるから、それも食べよう。固くなっちゃうでしょ」
「わかりました。出しますね」
マリエルは食料袋から、先日賊の住む村で貰ってきたナンを人数分出す。残っているのはこれだけだけれども、時間が経ったせいかやはり固くなってしまっている。
「まだ柔らかい?」
そう肩越しにナンを覗き込んでいるのはリペーヤだ。やはり食べるなら柔らかくておいしい方がいいのだろうけれども、あいにくだ。マリエルは苦笑いして首を左右に振る。
「それなら、スープに漬けて食べればいいさ」
「それもそうですね」
リペーヤのめげない言葉にマリエルも同意する。固いナンをスープでふやかして食べるのも、なかなか乙なものなのだ。
マリエルが皿の上にナンを乗せて焚き火の側に置き、リペーヤがスープ用の器とスプーンを用意する。そうしている間に、干し肉のスープは出来上がったようだ。
みなで食前の祈りをあげてスープを飲む。体の奥から暖まってくるようだった。
先程寒いと言っていたコウはどうしているだろう。そう思ってカイルロッドの方を見ると、やはり手足を引っ込めたまま首を焚き火の方へと伸ばしている。あんなことをして顔が焼けてしまわないかどうか心配だけれども、コウは言えば聞く亀だ。そこは上手くやるだろう。
みなで食べるあたたかな夕食の時間は、心安まるものだった。
夕食が終わり、夜が更けてくる。火を焚いているとはいえ、少しずつ冷え込んできた。
「まだ冷えるな」
「そうですね」
リーダーの呟きにマリエルが短く返すと、リペーヤが手を擦り合わせながらこう言った。
「寒いのを紛らわすのに、一曲やりますかね?」
それを聞いて、焚き火に手を当てていたルスタムが顔を上げる。
「やるなら僕もやる。騒げば温かくなるだろ」
ふたりがいそいそとドゥタールとギジャクを用意しはじめると、リーダーは笑い声を上げる。
「いいぞ、やれやれ。
騒いで温まった方がよく寝られるだろう」
楽器を持ったふたりは、調弦もそこそこに演奏をはじめる。はじけるようなドゥタールの音と、染み渡るようなギジャクの音が響く。それに合わせて手拍子をする。コウは手拍子に合わせてゆらゆらと頭を上下に揺らしていた。
そうしてみなで手拍子を刻み、体を揺らし、歌っているうちに体が温かくなってきた。これならよく眠れそうだ。マリエルがそう思っていると、突然ユルタの入り口から大きな声が聞こえた。
「わぁ、すごい!」
その声に振り向くと、入り口から外へとヴァンダクが飛び出していったのが見えた。
「なんだなんだどうした!」
慌てた様子のリペーヤがドゥタールを床に置き立ち上がる。マリエルも、他のみなも立ち上がってヴァンダクの後を追った。
ユルタを出ると、ヴァンダクは遠くにいったわけではなかった。ただ外で、空を見上げていた。
みなが外に出たのに気づいたのか、ヴァンダクが空を指さして、大きな声で言う。
「星がとてもきれい!」
そう、ヴァンダクが指さす天頂部分にも、それだけでなく地平線まで続く紺碧の空には、零れそうなほどたくさんの星が輝いていた。
「はぁ……これは見事なものですね……」
マリエルは思わず呟く。
この光景自体は、決して珍しいものではない。けれども、それゆえに滅多に見上げるということはしないので、改めて見ると静寂を持ったうつくしさに圧倒されるのだ。
わいわいとみなが星を見上げる中、カイルロッドが溜息をついて言う。
「この星空を切り取って見世物にできたら、すごく稼げるんだろうなぁ」
こういう時でも稼ぎのことを考える辺り、カイルロッドらしいと言えばらしいけれども、あの星空に心動かされたから、そういう考えが浮かぶのだろう。もっとも、星空を切り取るなどということが可能かどうか、それはまた別の話になるけれども。
星を見上げて感極まったのだろう、ヴァンダクが地面の上に仰向けになってはしゃいだ声をあげる。
「俺、今日はお外で寝る! 星見ながら寝るの!」
その言葉に、マリエルは軽くヴァンダクの額を叩いて返す。
「だめですよ。まだ夜はひどく冷えるんです。風邪を引いてしまいますよ」
続いて、リーダーも真面目な声で言う。
「そうだぞヴァンダク。こんな寒空の下で寝たら、風邪をひくだけならまだ良いが下手をすれば死にかねない。
ちゃんとユルタの中で寝るんだ」
「わかりました……」
死にかねないと言われて、さすがにこわくなったのだろう。ヴァンダクはしゅんとした声を出して、地面から起き上がった。
起き上がって、立ち上がっても、ヴァンダクはまだ星を見ている。それがいつまでも続くので、マリエルは優しく声を掛ける。
「さっ、そろそろユルタの中に戻りましょう。
ここにずっと立っていて風邪をひいたら、明日の晩の星空が見られなくなりますよ」
「んー、戻るぅ」
そうしてようやく、ヴァンダクはユルタの中へと戻った。ふたりとリーダー以外の他のみなは既にユルタの中に戻っていて、改めて焚き火に手をかざしている。
「焚き火で温まったら、もう寝よう」
リーダーが掛布を出しながら言う。そう、もうだいぶ夜も更けたので、そろそろ寝ないと明日の朝起きられなくなってしまう。みなで焚き火に当たって、燃え尽きるのを見守ってから掛布を被った。
真夜中、マリエルはなかなか寝られないでいた。冷えるからというのはあるのだけれども、隣で寝ているはずのヴァンダクが、時折起き上がってどこかへ行こうとするので、それで眠れないのだ。
「まだ寝ないのですか?」
そう訊ねると、ヴァンダクはこう返す。
「星を見たいの」
普段はあまりわがままを言わないのに、星に関してだけは欲張りになってしまうヴァンダクに、マリエルはなんとなく微笑ましさを感じる。
小声で話を続ける。
「ヴァンダクは、星を見るのが好きなんですね」
すると、同じように声を小さくしたヴァンダクが、どこか夢見るような調子でこう返してきた。
「あのね、ずっと昔から星を眺めてた気がするの」
それは、子供の頃からの話だろうか。子供の頃から星が好きなのなら、かつて見に行った天文台というものに興味を持ってもおかしくはないとマリエルは思ったのだが、ヴァンダクはこう言葉を続けた。
「なんか、生まれる前から星を眺めてた気がするの」
「生まれる前からですか?」
「うん。生まれる前に星を見てて、流れ星を追いかけて、それで……」
そこで言葉が切れた。どうしたのかと思ったら寝息が聞こえてきた。あれだけ話していたのに、眠気には勝てなかったようだ。
なんだか不思議な話を聞いたけれども、マリエルももう寝ようと、掛布を被った。