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第十三章 キャラバンと賊

 冬の寒い日、数日前にサマルカンドを発ったマリエル達一行は、日が昇って明るく、比較的暖かい日中にステップを進んでいた。

「フェルガナまで、どれくらいかかる?」

 ラバに乗ったルスタムが、隣でラクダに乗っているリペーヤに訊ねる。

「コーカンドよりも先なんだけど、そもそもでコーカンドが……」

 確かめるように呟いたリペーヤが、自分より前を歩いているリーダーに目をやる。しばらくリーダーは前を向いてラクダの歩を進めていたけれども、ふっと振り向いてこう言った。

「フェルガナまでは、ゆっくり行って百八十日、と言ったところかな」

「さすがリーダー、慣れてる」

「もっとも、急げば近いし、急がなければ遠い。そういうものだ」

 リーダーとリペーヤのやりとりを聞いて、たしかにその通りなのだとマリエルは思う。道の長さ自体が変わることはないけれども、その道を行くときの気象条件や自分たちの調子は、その時々によって違う。だから、はっきりとどれほどかかるかというのは言えないのだ。

 いつものように方解石を覗き込みながら先頭を歩くヴァンダクについて進んでいると、ふと、カイルロッドが周囲を見回しはじめた。

「どうしました?」

 不思議に思ったマリエルがそう訊ねると、こう返ってきた。

「馬の蹄の音が聞こえる」

 それを聞いて、リーダーは全員に一端止まるよう指示を出す。その間にも、マリエルの耳でも聞こえるほど大きな足音が聞こえてきた。

「武器の用意をしろ!」

 リーダーの号令で、ヴァンダク以外の全員が各々の武器を荷物から取り出す。リーダーとマリエルは刃の広い剣を、ルスタムは両手を広げたよりも長い棒を、リペーヤは重そうな棍棒を、カイルロッドは石を先端に括り付けた紐だ。ただひとりヴァンダクだけは、ラバから降りてしゃがみ込み、ユルタを立てるための分厚いフェルトに頭からくるまった。

 馬の足音が近づき、姿がはっきりとしてくる。それは丁度マリエルが持っている物と同じような剣を持った男達だった。

 すぐ近くまで来た男達がキャラバンに言う。

「金目のものを出せ。そうしたら命だけは取らないでおいてやる」

 男達は七人ほどだろうか、粗末な服を着ていて、持っている荷物も少ない。言ってきていることも鑑みるに、キャラバンを狙う賊だろう。

 リーダーが剣を男達に向けて言葉を返す。

「残念ながら、金目のものはおれらの命なんでな。渡すわけにはいかん」

「そうか、それじゃあ力尽くで持っていくさ」

 賊の頭とおぼしき男が、手下達に声を掛ける。それと同時に、賊達がキャラバンに襲いかかってきた。

 リーダーが剣をひらめかせ、刃で打ち合う。ルスタムは長い棒を振るって男達を殴りつけたり、胸を突いたり喉を突いたりと、一定の距離を保っている。リペーヤは太めの体からは想像できないような素早い身のこなしで、棍棒を振るって賊の頭をしたたかに打ち付ける。カイルロッドは、コウから下りて紐の先に付いた石を振り回して賊が近寄れないように警戒している。コウもなにもせずにいるわけではなく、猛然と賊に襲いかかり、脚に噛み付いたりしている。マリエルも、剣を振るって襲いかかってくる男達の太刀筋を避けたり、打ち返したりしながら迎撃する。

 しばらく揉み合っているうちに、マリエルは気づく。自分たちの剣だけでなく、賊が使っている剣も相当ななまくらだ。あれは打ち付けることはできても、切り落とすことはできないだろう。

 マリエルの太刀筋が勢いを増し、襲いかかる男を圧倒する。正確には、圧倒しているのはマリエルだけでない。リーダーも、ルスタムも、リペーヤもそうだった。

 これはいよいよ敵わないと気づいたのだろうか、賊の頭が手下に下がるよう指示を出し、こう言ってきた。

「待ってくれ、ここまでにしよう。お前達の荷物を持っていくのは諦める。

だからそう、お互い手を引こう。どうだ?」

 自分たちから襲ってきてその言い分はどうなのだろうとは思ったけれども、諦めるのであればこちらとしても深追いする必要は無い。マリエルはリーダーの方を見て指示を待つ。

「わかった。おれ達も人を殺さずに済むなら、その方がいいんだ。

相手が賊であったとしても」

 リーダーの言葉に、ようやく賊も含めて全員落ち着いたようだった。

 これで一安心と思ったマリエルは、ユルタ用のフェルトにくるまって隠れていたヴァンダクに声を掛ける。

「もう大丈夫ですよ、出てきて下さい」

「ケンカ終わった?」

「終わりました」

 マリエルの言葉に、ヴァンダクはそろりそろりとフェルトの中から顔を出して周りを見渡す。剣戟が止んでいることを確認して、ようやくフェルトから出てきて立ち上がった。

 このまま賊を見逃して先を急ぐかとリーダーに声を掛けようとすると、なにやらリーダーと賊の頭が話し込んでいた。

 どうしたのだろうと耳を傾ける。すると、こんな会話が聞こえてきた。

「突然そんなこと言われてもなぁ」

「つれないこと言わないでくれよ。おれはお前達が気に入っちまったんだ。

な、いいだろ? おれ達の村に寄っていってくれよ」

「ううむ……」

 そんな急に気に入ったと言われても、こちらとしても困ってしまう。リーダーもさすがに困惑しているのだろう、マリエルの方にちらりと目配せをしてきた。

 マリエルはリーダーの隣に出て、賊の頭にこういう。

「あなた方の村には、他にも賊の一味がいるのでしょうか」

「いや、うちの村でこういうことしてるのはおれ達だけだ。他の村人は、ただ慎ましく生活してるだけなんだ」

「なるほど」

 賊の頭の言っていることをそのまま信じるわけにはいかない。けれども、嘘を言っている様子でもなかった。

「どうして私達をそんなに誘いたいのですか?」

 マリエルの問いに、賊の頭は頭を掻きながら、照れくさそうに笑う。

「いやぁ、お前達みたいな勇猛な商人初めて見たからさ。興味がわいたわけよ」

「ああ、なるほど」

 旅をするキャラバンは自分達だけではない。他のキャラバンも同じようにステップを行き来しているわけだけれども、大体の商人は戦う術を持たない。商人以外に護衛も雇ってキャラバンを構成し、賊の対応は護衛に任せることが多いと、元締めから聞いてはいる。

 自分たちのキャラバンにも、勇猛でない者ははいるけれど、それはそれとして自分たちが珍しい存在であることはマリエルにもわかる。

 マリエルは自分たちの仲間と、賊の頭の間でしばらく視線を行き来させてから、リーダーに耳打ちする。

「招待を受けても問題ないでしょう。

強い者に興味を示すのは、生き物として自然の成り行きです」

「それはそうだが、ついていってどうする?」

「もしなにか食料なりを買えそうだったら、購入させていただきましょう。

招待を受けたお礼に、少し高値で」

 マリエルの見解に、リーダーは少し考える素振りを見せてから、賊の頭にこう言った。

「あいわかった。お前達の村にお邪魔しようじゃないか。

ただし、一晩だけだぞ」

 それを聞いた賊の頭は嬉しそうだ。手下達はぽかんとしているけれども、頭の決定には特に逆らう気はなさそうだった。

「それじゃあ、おれ達の村は向こうだから、ついてきてくれ」

 賊達が馬に乗り、マリエル達が各々ラクダやラバや亀に乗ったのを確認すると、ゆっくりと歩き出した。賊達の住む村というのはどんなものか、なんとなく興味がわいてきた。


 しばらく進むと、一見寂れたように見える村が見えてきた。乾燥していて、ここでは作物を育てるのも大変だろう。そして、だからこそ、あの男達のように賊でもしないと生活ができないのだなというのは容易に想像が付いた。

 羊の世話をしていた村人が、男達を出迎えてねぎらう。それを見て、やっていることは賊とは言え、あの男達はこの村では英雄のようなものなのかも知れないと、マリエルは思う。

 空を見ると太陽がだいぶ傾いている。この乾いた村にも、他の街と同じように夜が来て、月が昇るのだ。

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