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第一章 白い月が昇る

 地平線に向かって太陽が傾き、一番星が輝きはじめる頃。ステップを旅していたキャラバンがその村へと入った。

 この村は小さく、キャラバンを受け入れて泊めるための施設であるキャラバン・サライが設けられていなかった。

 キャラバンはとりあえず村の広場で足を止め、キャラバンのリーダーが村の長の家へと向かい、今夜この村に泊まる許可を取りに行った。

 こういった小さな村で泊まるときはいつもそうしているのだけれども、今までに断られたことは一度もない。

「どのあたりにユルタを張るか、下見する?」

 人の背丈の半分ほどの高さを持った亀に跨がった、紫色の髪を伸ばした小柄な青年が訊ねる。それに返すのは、デーツの葉のような色の髪を肩の辺りで切り揃えている長身の男性だ。

「カイルロッドは気が早いですね。リーダーが許可を取ってきてからでもいいでしょう。

長の方で指定したい場所があるのならそれを聞いてくるでしょうし、そうでなくてもそれから場所を探しても遅くはないです」

「まぁ、マリエルの言うとおりだけど」

 カイルロッドと呼ばれた青年の返しに、マリエルと呼ばれた彼が、夜は長いですし。と言ってくすりと笑う。

 彼らが所属しているキャラバンは、そんなに大所帯ではない。亀に乗った青年と、それに返した男性。加えて、リーダーとそれ以外に三人ほどいるだけだ。

 キャラバンの人数は、時折増えたり減ったりはするけれども、おおむね一定の人数が保たれている。そこを上手く調整するのはキャラバンのリーダーと、彼ら以外にいくつかキャラバンを持っている元締めの仕事だ。

 広場で彼らが話していると、白髪交じりのオレンジ色の髭を伸ばし、がっしりとした体格の男性が急ぎ足で戻ってきた。彼がこのキャラバンのリーダーだ。

「この道の突き当たりに空き地があるから、そこにユルタを張ってくれと、村の長が」

 リーダーがそう言い、キャラバンの男達に指示を出す。それぞれに荷物を載せたラクダやラバを引いたり、亀に乗ったりして移動していく。

 指示された場所に着き、ラバから長い棒や生成り色のフェルトを下ろし、開けた場所に広げていく。

 まずは一番太くて長い棒を立て、それを中心として、細めの棒を外側を覆う壁の骨組みになるよう組んでいく。その上に、また屋根になるように棒で骨組みを組み、あとは大きなフェルトを上から被せれば、今日の寝床となるユルタは完成だ。

 ユルタが組み上がり、中で火を焚いて一段落していると、夜明け前の空のような濃紺の髪をきっちりと編んで結い上げている細身の青年が、お腹を押さえてこう言った。

「お腹空いたよぉ」

 すると、ユルタの壁際に置いた荷物から鍋を取り出そうとしていた男性が、短くまとめたルビーのように赤い髪を揺らして朗らかに笑う。

「今から晩ごはん作るから。ヴァンダクもそんな泣きそうな声出すなって」

「ルスタム、今日の晩ごはんなぁに?」

「えっ? そんなの干し肉のスープとドライフルーツ以外にないんだけど……

材料売ってるような店全部閉まってるし……」

 お腹を抱えたヴァンダクと鍋を持ったルスタムがそんな話をしている間にも、ユルタの外から声が聞こえてくる。

「水汲んで来たよ」

 その声を聞いて、マリエルがユルタの入り口をめくる。するとそこには予想どおり、水を汲んだ瓶を棒の両端に下げたものを、亀の甲に載せて自分も乗っているカイルロッドがいた。

「おつかれさま。これで晩ごはんが作れますね」

 そう言ってマリエルがカイルロッドと亀をユルタの中に招き入れ、亀から降りたカイルロッドとふたりで水をユルタの壁際に運ぶ。すると、カイルロッドが先程までカイルロッドが乗っていた亀が口を開いた。

「あのね、この村のお水はおいしいよ!

ひんやりしててね、ほんのり甘くてね、おいしいの」

「そうなんですね。コウがそう言うのなら間違いないです」

 汲んだ水を鍋に入れる音を聞きながら、マリエルが笑ってそう返す。コウと呼ばれた大きな亀が喋っても、キャラバンの面々は驚いた様子を見せない。ただ微笑ましいその言動に笑みを浮かべるだけだ。

 ゆったりとした時間に身を委ね、干し肉を入れた鍋を火にかけてゆっくりと煮る。こうすると、干し肉の塩分と旨味が水に溶けておいしいスープになるし、干し肉も柔らかくなって食べやすい。水がないときはそのまま囓ることもあるけれど、こうやってスープにした方がおいしいと、少なくもマリエルは思っている。

 干し肉のスープと、デーツを中心にしたドライフルーツをみなで取り分け、ゆっくりと噛みしめる。肉の旨味と凝縮されたフルーツの甘味が混じり合って、量は少なくても十分にお腹が満たされるような味になる。

 街で食べる食事もおいしいけれど、こうして食べる食事も、案外豊かなもののように感じられるのだ。


 食事が終わり、みなで焚き火が揺れるのを眺める。こうやってぼんやりと夜を迎えると、昼間ステップを歩いて疲れた身体が体の奥から癒やされるような気がする。

 何も考えずに焚き火を見ていたマリエルがふと視線を上げて仲間達を見渡すと、ひとり欠けているのに気がついた。何事かと思いユルタの中を見渡すと、入り口の布をぺろりとめくって、いつの間にか外に出ていたヴァンダクが嬉しそうに声を掛けてきた。

「外すごいよ! 星がきれい!」

 それを聞いて、ルスタムと、その隣に座っていた黄色い髪の小太りの男性が顔を見合わせる。

「リペーヤ、出番じゃないか?」

 ルスタムがそう言うと、リペーヤと呼ばれた小太りの男性がにやりと笑う。

「しばらく出してなかったから、久しぶりにやるか」

 リペーヤとルスタムのふたりが立ち上がり、壁際に置かれた荷物の中から楽器を取り出す。リペーヤが出したのは、雫型の胴に長い柄の付いた二弦の楽器、ドゥタールで、ルスタムが出したのが半球体の胴に長い柄が付いた四弦の楽器ギジャクとそれを弾くための弓だ。

「みんなで星を見るのか? いいじゃないか」

 各々楽器を持って外へ向かうふたりを見て、リーダーが立ち上がる。マリエルとカイルロッドも、立ち上がってユルタの外へと出た。


 外に出ると、満天の星空だった。

 ステップや小さな村の夜には珍しい光景ではないけれども、それでも、何度見ても、マリエルはこの光景に圧倒されてしまう。

 見惚れている間に、リペーヤとルスタムがそれぞれ調弦を済ませ、音楽を奏ではじめる。あのふたりはマリエルが知る限り、キャラバンに入る前からそれぞれドゥタールとギジャクを嗜んでいたようだ。もっとも、リペーヤはマリエルよりもキャラバンに入ったのが早いので、ほんとうに入る前から弾けたかどうだかはわからないけれど。

 染み渡るようなドゥタールの音と、はじけるようなギジャクの音に合わせてみなで歌う。カイルロッドはコウにもたれかかって静かにしているし、ヴァンダクの歌だけどうにも調子が外れている気はするけれども、それらは気にすることでもないだろう。

 そうしている内に、まだ寝付けていなかったらしき村の人々が、音を聞きつけてやって来た。キャラバンのみなと、村の人々とで一緒に歌い、踊って、楽しいひとときを過ごす。

 そうしている内に、白い月が空の頂上まで昇ってしまった。そろそろ寝ないと明日の朝に差し支える。

 きりの良いところで演奏を止め、リーダーが集まった人々に言う。

「我々は明日また旅を続けるためにそろそろ寝ないといけません。

ですので、今日はこのへんで失礼しますよ」

 すると、村の人達が、明日の朝に食料を持ってきてくれるという。なんでも、今夜楽しませてもらったお礼だそうだ。その申し出をキャラバンのみなは断る理由がない。ありがたく受け取ることにし、お礼を行ってユルタへ戻った。


 翌朝、一番に起きたマリエルが瓶を持って水を汲みに外に出ると、凍えるほどに寒かった。その寒さと戦いながら井戸で水を汲んでいると、ちらほらと村人達が顔を出して、もう村を出るのかと訊いてきた。

 とりあえず、朝食もまだだということをふまえ、少し考えを巡らせる。それから、朝食のあとにまた演奏してもらえるかどうかリーダーと相談してみると村人に伝え、笑顔で手を振った。

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