prologue
そよ風が吹き、雲一つない晴天と青々とした草原が広がり、動物や昆虫などが広々と自由に生活している。
そんな草原の中央の丘には、一本だけの太い木が立派に根を張り立っていた。
大木と言うには若々しいが、まだまだ成長途中であり、これからこの自然豊かな土地を見守っていくような大木になると考えると、それもまた一つの楽しみとなるのだ。
そんな木の根本に、複数人の男女が集まり、一人の寝転がっている老人の周りを囲むようにして、冒険の思い出話をネタにして談笑していた。
エルフやドワーフ、吸血鬼に鬼人、竜人に妖精と様々な種族の者たちが集まっており、互いに仲が悪いとされているはずが、笑いあっている。
彼らはそれぞれ同じような徽章を身に着けており、それが一つの冒険者集団だと分かる。
その徽章は、今現在で最も戦力を有し、圧倒的な火力と巧みな戦術、個人で国を堕とせるとまで言われた世界最強の冒険者集団〈玲瓏〉の者達だった。
一見すると平和な日常を噛みしめ、冒険家業を一時的に止め、休暇に入り仲間どうしてピクニックでもしているように見える。
だが、彼らの腰や背にはそれぞれの得意とする得物が装備しており、それがピクニックではないことを示していた。
しかし、その中で唯一、自身の武器を持っていない者が居た。
そう、中央で寝転がりながら談笑している老人である。
人族でありながら、他の種族と対等かそれ以上に戦うことができ、軍神とまで言われた男。
旅をしながら弟子を取り、その弟子でさえも常人とは比べものにならないほど立派に成長させてしまうほど。
彼が現れれば、どんな戦場も一瞬にして終了し、彼の逆鱗に触れれば、どんなモノでも瞬時に消滅する。
その光景を実際に見たものは少なくなく、それが彼自身を有名としたのだ。
だが、そんな彼にも唯一勝てない存在があった。
歳である。
人族は魔法や魔術などの体外的手段を使わずに、頑張って生きても良くて百年ぐらいまでしか生きることができない。言い換えれば、それが寿命だ。
彼は、自分の人として何かを失うことは嫌だ、と言い、魔法などは使えるが歳に関しては何も関与せず人間のまま生きた。
そしてそれは終わりを迎えつつあったのだ。
ここにこうして仲間たちと集まり、ゆっくりと談笑できるのは彼の人望と、もうすぐ寿命でなくなることが分かったからである。
彼らは全て、老人の弟子であり、自身の才能を見出さられ、世界で最も自由に生きる冒険者として名を馳せた。
そんな師匠を彼らは最後まで見届けようと、こうしてピクニックを計画し、集まったのだ。
「……そろそろ、迎えが来たようだ。皆、聞き手を出せ」
彼は弟子に聞き手を出させ、自身の手の上に重ねるように指示する。
この指示が最後なのだと、彼らは泣きそうになっているのを耐えつつ、その指示に従った。
「お前達は良くやった。いや、本当に良くやってくれた。俺に弟子として入門したときは、まだまだ頼りなく、誰にでもちょっかいをかける幼い者たちだと思っていたのに、気づいたら俺と肩を並べ……いや、それ以上に成長した。これでは俺はいつまでも師匠だなんて高みの見物も出来そうにないな」
そうして彼は残りの魔力と足りない分を少ない生命力で補い、とある伝承魔法を使用する。
無系統魔法の第十階級に指定されている失われた魔法と呼ばれるモノ。
自身の持てる全てを、自身の心から認めている者に伝承し、その力を伝承した者の力と結び付けさせ、更に力を増幅させることが出来る可能性を高める魔法。
この魔法を覚えた時、彼は酷く落ち込んだが、伝承魔法の真髄を知った時、彼はこの魔法を自身の最愛の弟子たちに送ろうと考えていたのだ。
「師匠……、これは!」
弟子たちは、師匠から受け継がれる力の数々に驚きを隠せない。
受け継がれた力は魔法から流派まで様々であり、その数は十万個を軽く超えていた。
そして、彼らに最も強く伝承されたのはその力の使い方であり、誤った使い方をすると自然の絶対的な理によってその身を滅ぼされると言う記憶。
あくまでも映像を見ているような感覚でしか感じないその記憶だが、理とは世界のルールであり何人にも変えることも出来ないし許されるはずがない絶対不変のモノ。
他を圧倒できる力を持つはずの自分たちが、手も足も出ずに消滅させられる姿が脳裏に焼き付いた。
「それは、俺がお前らにしてられる最後の贈り物だ。俺がこの世界を去った後も、その力で世界を、そしてその世界に生きる者たちの救い手となってくれ」
弟子たちはその言葉に我慢していた悲しみが耐えきれず、涙が少しずつ溢れてきていた。
「では達者で仲良くな。俺はお前たちが弟子で誇りだったよ。じゃあ、またな」
そう言って彼は眠るように目を瞑り、深呼吸をして、魔力を解放した。
―――この日、世界最強と、軍神と呼ばれ、どこに行っても英雄として名が語り継がれていた男。
ガル・ユードリックはこの世を弟子に看取られて、静かに去ったのだった。