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僕と不思議な個性の街  作者: 東京駄々
8/12

思い出に咲く花

「見つけたぞ!!」


 皿を洗いに出て行き数分後、喜色満面で鎌爺は帰ってきた。


 先ほどとは打って変わって、歩き方がぴょんぴょん跳ねているように見える。


 鎌爺のそのような表情を見るのは、出会ってから初めてだったので、それを見ている僕まで嬉しくなってきた。

 何故か、心に温かいものが広がっていく。これを表す言葉を持ち合わせていない自分が悔しいと思うほどだ。

 

 大切な本とやらを、食器棚の奥に隠して置いたのを忘れてしまっていたという。

 大切なら忘れるはずがないだろうと心で思っていると、僕の心の声を見透かしたように鎌爺が口を開いた。


「もう見るまいと思ってたんだ。これを見れば今の自分が(むな)しく思えて仕方がなかった」


 涙を堪えているのか、顔をしわくちゃにしながらそう言った。

 なぜ、そのような本を今になって探したのだろうか。


「その本の内容は、どのようなものなんだ?」


 気になって聞いた。


「昔の仲間達との思い出さ。本当にあのときは楽しかった」


 昔というとどれくらい前のことだろう。

 地下に来る前か、後か。そういえばいつから地下に住んでいるのか聞いていなかったなと思う。


「俺の仲間達は本当にいいやつらばかりだった」


「今は、その仲間達はどこにいるの?」


「みんな死んだよ。僕と別れてすぐに……」


 何が起こったのか聞きたくて身を乗り出したが、鎌爺は鎌で制してきた。


「あとの話は、明日にでもするよ。心の整理がしたい」


 とてもつらい思い出なのだろう。


 僕は鎌爺と、この短い期間で親友のような関係になれたのではと薄っすら期待していたのだが、まだまだのようだった。


 それもそうだろう。僕と鎌爺は、まだ二日しか共に過ごしていないのだから。

 僕が思っていた以上に鎌爺はつらい生活をしてきたのかもしれない。


 その日は、特にやりたい事もなかったため、拠点の探索を午後の間に終わらせることにした。

 少しでも鎌爺について知っておきたかったのだ。


 そのとき思ったことなのだが、部屋は全て同じような形であるにも関わらず、同じような趣味の部屋は、ほとんどなかった。


 今は()()()()()であるが、昔は仲間とやらと共に住んでいたのかもしれない。


 そう考えれば、拠点の微妙な位置に鎌爺の部屋があったのにも(うなず)ける。


 夜に鎌爺の部屋に寄ると、扉の前にサラダがラップで閉じてあった。僕のために準備してくれた夕食だろう。


 ここまで人思いの鎌爺が仲間を失ったのは(さぞ)かし心が痛かったであろう。胸が千切(ちぎ)れるような気持ちであっただろう。


 扉の奥に耳を澄ますと、すすり泣くような声が聞こえた。





 鎌爺こと、リカマキは、泣き疲れて眠った。早朝に部屋を出て朝食を作ろうとすると、昨日、相棒の夕食を置いといた場所に一輪(いちりん)の青く綺麗な花が落ちていることに気が付いた。


 春に咲く、カキツバタという花である。

 花言葉は、「幸せは必ずくる」。相棒の人の好さに感動し、涙がはらりと地面に落ちた。


 死ぬのは明日にしよう、と今日も思うのであった。

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