鎌爺
「カマキリというのは、なんだ? 相棒」
カマキリの体と人の顔を持った男は自分の体になっている部分の虫の名をわかっていないようであった。
「その…だから、あなたの体は虫でしょう? 僕みたいに全身が人じゃないのは、なぜかって聞いてるんです」
僕は、正真正銘の人間だ。体も顔も虫であるはずがない。昨日まではそれが普通であったのに、今日はこんな非常識を見せられている。
逆に僕の頭がおかしくなってしまったのではと考えてしまいそうだ。
「すまないな、相棒。お前の言いたいことがわからねえ。だがよ、みんな個性を持ってるのは普通だろ。それに、俺はお前の個性の方がもっと珍しいように思えるんだがな」
体の部位のことは『個性』と呼ばれているようだった。
僕の個性が珍しいという事は、僕のような純人間がほとんどいないという意味になる。
「他にも、その…個性とやらを持った人たちがいるんですか?」
「ああ、っていうか個性を持っていない人間はいねえと思うんだが。稀に体がない個性のやつも見るがそれも立派な個性だしな。お前さんの個性も立派な個性だ」
全然理解が追い付かない。
今も目の前で鎌をぶんぶん振りながら説明をしてくれているこの男を見れば、信じるしかないのだろうが、僕の許容範囲を大きく逸脱した内容であるため脳が機能してくれない。
「では、僕はどこにいるのでしょう。周りを見ても一本道の路地だけで抜け出せるようには思えないのですが」
さっき僕は長い路地を一直線に走った。
にも拘らず、行き止まりに着いてしまった。路地裏であるならばどちらに行っても出口はあるものだと思っていたのだ。
だが、出口はなく、ただとんでもなく高い壁に囲われた行き止まりに着きあたっただけだ。
「それは簡単だ。上だよ」
カマキリ男の視線が上に向かう。
僕の視線もそれに倣って上を向いた。
壁が僕を囲むように聳え立っている。遥か上の方に空の青が申し訳程度にちょこんと見えた。
目を凝らすと、ときどき何かの影が通り過ぎていくのが見える。上にも人がいるのだろう。といっても虫人間みたいになっているのかもしれないが。
「でも、どうやってあそこまで登るの?」
そろそろカマキリ男に対する警戒も解けてきた。タメ口でも文句を言うような人ではないと思うため、楽な話し方をする。
「そっか、お前は足が小さいもんな。…わかった、俺の背中に乗れ」
カマキリ男は、僕の足を見た後、自分の背中を親指で示しながらそんなことを言ってきた。
「あ、ありがとう」
戸惑いながらも素直に感謝の言葉を言い、乗せてもらうことにする。
カマキリ男の――虫についての知識はほとんだないからわからないが胸とお尻にあたる部分だろうか――背中の窪みに乗っかる。
思っていたより、乗り心地はいい感じだ。
男の顔がこちらを見る。
「よし、乗ったな。行くぞ」
そう言うや否やカマキリ男は軽くジャンプした。
足でコンクリート壁のでこぼこした部分に乗り、すいすいと壁を登る。
そういえば、さっきも壁を伝って追いかけてきていた。
ちゃんと壁を登れるか少し心配だったが大丈夫なようだ。
「足が二本ってのは苦労しないのか?相棒」
いつまで僕のことを相棒と呼ぶつもりなのだろうか。
カマキリには足が四本ある。おかげで、手を使わずに上っている。
だが、僕が登ろうとすれば、両手両足を使っても一苦労するだろう。
それに、壁はとても高い。僕ではまず無理だ。
そういえば、まだこの男の名前を聞いていなかった。
ここでわからないことがあればまた質問しに来ないといけないかもしれない。
知っていて損はないと思う。
「あの…名前を教えてもらってもいいですか?」
「俺か?俺はリカマキだ。好きなように呼べ」
やはり『カマキリ』ではないか、と言ってしまいそうになった。
リカマキを並び替えればカマキリではないか、と。
好きなように呼べと言うからには、本当にどうでもいいのだろうな。
僕が昔見た物語の中に出てきた人物に因んで、鎌爺と呼んでやろう。
足が何本もあるし、我ながらいいネーミングセンスだと思った。
「じゃあ、鎌爺って呼ぶ」
「相棒、俺はまだそこまで歳とってねえぜ。爺は早い」
「もう、気に入ったからこのまま呼ぶ」
「そうか、なら好きなように呼べ」
という事で、カマキリ男の呼び名は『鎌爺』になった。




