コーヒー
鎌爺の背中に乗って壁を登り、カフェまで自力で歩いてきた。
外見はとてもいい。小さな植木が扉を挟むように置いてあるのが、僕は気に入った。
「失礼します」
びくびくしながらも、扉を開く。カランカランと音が鳴り、いらっしゃいと横から声が聞こえる。
見ると、あのキブリゴおじさんだった。一瞬、心臓が飛び跳ねそうになるが、足を一歩一歩慎重に前に動かして、テーブルに向かう。
座ると、キブリゴおじさんは穏やかな声で注文を聞きに来る。
「何をお出ししますか」
僕はカクカクと首を動かして、頑張って振り向く。なるべく体を見ないように、注意を顔に向ける。
初老のおじさんといった風情の顔つきで、目鼻口が整っており、昔はモテたんだろうなあと思う。
ニッコリと笑う顔は、今でも女性を魅了しそうだ。
「えっと、コーヒーをお願いします。これで」
と言って、五百円玉を出す。キブリゴおじさんは少し驚いた顔をした後、
「いやはや、これはどうも。価値に見合ったコーヒーをお出ししますよ」
と、言った。ありがとうございますと答える。
僕は、五百円玉に見合うコーヒーとはどんなものだろう、と考える。生まれてこの方、缶コーヒーしか飲んだことのない僕には何もわからなかった。
おじさんはそのまま奥に入っていった。これから作るのだろう。
一先ず、逃げなかった僕に心の中で拍手を送ってあげる。
数分待つと、目の前にコーヒーが運ばれてきた。おじさんは、どうぞ、とニッコリ笑う。
コップもコーヒーも、見た目はどこでも見れるような代物だ。
匂いが立ち上ってくる。文句なしだ、いい匂い。
だが、ここまではどのコーヒーでも感じること。期待していた味かどうか。
口に含み、味わってみる。
ミルクが入っているのだろうか、まろやかさと甘みを感じる。後から追い付くかのように苦みが来る。二人は手を繋いでニッコリと笑う。キブリゴおじさんのように。そして、酸味は少なめだ。
こんな表現の仕方で合っているだろうか。テレビのコメントを真似てみただけだ。
僕の好きな味をよくわかっているかのようだった。
本当においしかった。気が付いたら、全部飲み終わっていたほどだ。
キブリゴおじさんが、僕が飲むのを横から見ていた。おじさんを正面から見る。
「本当においしいです。次も来てもいいですか?」
おじさんはニッコリと笑う。
「ええ、もちろんです。嬉しい言葉を頂けたので、次回はサービスしましょう」
「ありがとうございます」
僕は入り口に向かう。後ろを振り返って、おじさんに手を振った。おじさんは両手をお腹に当て、お辞儀する。
僕にはもう、おじさんの体のことなんか気にならなかった。
キブリゴは、少年が出て行く姿を見ながら思う。
客が笑顔で帰っていく、これが“幸福”というものなのだな、と。




