第1話 猫
傾いた建物
題名の消えた
映画のポスター
誇りの積もった床
そして、私は
古びた扉を開いた
そこには
綺麗な観覧席が
あった
「ココだけ綺麗…」
観覧席はもちろん
スクリーンまで
ピカピカだ
カツン
靴音を鳴らして
男がスクリーンの前に現れる
「いらっしゃいませ
化け猫様」
男は執事のような黒いスーツを着て
黒い靴を履いていた。
茶色がかった髪は
短いくせに
前髪だけ異様に長い
肩につきそうだ
その前髪を
両サイドにわけて
整った顔をみせている
紅い瞳が
不気味で仕方がない
「あなたは?」
「ただの支配人です
お客様」
丁寧にお辞儀をした男は
スクリーンから退いた
「お客…?」
「ハイお客様です
どうぞ腰掛けて
ご覧下さい」
途端に部屋は暗くなり
スクリーンだけ
光りを浴びていた
男は当然のように
幕の裏に姿を消した
「ハァ…?」
私がイスに座ると
映画が始まった
◆◇◆◇◆◇
「君は変化が苦手なんだね」
「え?」
「尻尾が出てる」
「キャッ」
「猫に戻ろうか。」
苦笑した彼に
頷いて路地裏に
逃げ込んだ
そして、
猫に戻る
すると彼も猫に戻った
「ごめんなさい先輩…」
「いや気にするな」
「化け猫ってバレたら
狩られるのに…」
時は
江戸時代。
妖怪狩りの盛る頃だった
2匹の化け猫が
人に化けるコトを覚えた。
人として生きる先輩に対して
私は
猫として生きた
「先輩、私
猫の姿でいいで…」
「黙れ」
ビクッ
先輩は
前だけ見てた
「役人だ
尻尾を隠せ」
妖怪探しだろう
バレたら
狩られる…!!
他の妖怪と違って
見た目でバレる
化け猫。
私は2つに割れた尻尾を
前に隠した。
ドクンドクン
ドクンドクンドクン
「待て」
ドクン!!
役人が
先輩を引き止める
「その猫を
見せろ」
先輩は
そっと振り返ると
ニヤリとして
跳んだ。
「失礼するぜ
幕府の犬共」
猫の姿に戻って
橋の下に姿を消す
「弥生!!」
「ハッハイ!!!」
私も逃げ込み
役人をまく
『どこだ!!!』
『まだ近くにいるハズだ!!』
大通りをバタバタと
駆け回る役人を
遠くから眺める
『先輩…どうします?』
『そうだなぁ…』
『人の姿になりましょうよ』
『姿が見られてるから…無理だな』
『…っ…』
『…でも、お前は
見られてない』
先輩は
そう言って頭を撫でた
『ぇ…』
『やるんだ』
『…ハイ』
力をねって
空気を曲げて
私を人に…!!
『弥生。』
『ハイ…!』
『上手だ。』
一瞬だけ笑顔を見せて
『さぁ逃げるんだ』
耳元で囁いた
『先輩は…?』
『俺は残る』
『そんな!!!』
『いたぞ!!!』
『っ!?』
口を抑えて
涙ぐむ
見つかった!
狩られる!!
死ぬ!!
カクカク震える足
死にたくない
『行くんだ』
『っゃあ…』
『分からないか?
俺が自分を捨てて
お前を守る理由』
『っ…』
『愛してるんだ』
私は涙を堪えて
フルフルと
首を横にふった
『弥生が、
好きなんだ』
私は振り返って
涙を零した。
そして
走り出した。
そう
彼が
最後に残したのは
なによりも大切な言葉
『捕まえろ!!』
えっ?
『解!!幻流!!』
『『『『うぁぁぁぁ』』』』
先輩は
猫に化けた時の私を幻覚で見せた
『すごい…』
私は安心して
背を向けようとした
大丈夫だ。
…って
思った
『ガッッッッ』
『、、、』
夕陽が目に痛い。
赤に朱。
宙に浮いた先輩を
槍が貫く。
ドロリと
血が流れる。
残酷で
美しくて
…痛い。
『ゴフッ』
口から
血が垂れる。
その口元に
うっすら笑みがあった。
『弥生が、
好きなんだ』
なんだか
その言葉を
思い出した。
頬を伝う涙が
落ちる前に
私は
江戸をぬけた
◆◇◆◇◆◇
ジー
スクリーンは
真っ暗になって
沈黙を続けた
「っくっー…っ」
好きだったんです
だけど
先輩と死ぬ覚悟は
ありませんでした
「上映は終了です」
幕から
男が出て来た。
うっすらと
電気がつく。
「安心して下さい
お客様」
「?」
「この映画のフィルムは
あなたのものです」
どうぞ、と言って
フィルムを渡してきた
「…燃やしてちょうだい」
「…かしこまりました」
「あと…聞いてちょうだい」
「ハイ…?」
男は特に表情も浮かべず
とりあえず聞いていた
「私、好きだったのに
先輩のコト」
髪を解いて
「なのにダメだった
死ねなかった」
涙を溜めた。
「人間そんなモノですよ」
男は内ポケットから
シルバーのライターを
取り出した。
「人じゃないわよ?」
「これは失礼しました。
化け猫様」
シルバーのライターで
ボッとフィルムを
燃やす。
「…愛してるのよね。
今でも」
「…」
「もう行くわね」
「ハイ」
古びた扉に
手をかける
「お客様。」
「…?」
「美しい尻尾ですね」
「え?あ!!」
変化で隠しきれなかった尻尾に
やっと気付く
「ダメね。
最初に分かったのはコレ?」
「ハイ。
2マタの尻尾は化け猫様の証拠だと
思いまして」
「クスッ」
シュッ
尻尾を消した
「ありがとう」
「いえ」
「さよなら、
黒の支配人[ブラック オーナー]さん」
キィ
扉を閉める時
男は
綺麗にお辞儀していた
ガチャン
「ブラックオーナー…」
『ぴったりじゃねぇか』
「そうですね」
『アレ?気に入ったのか』
「…さぁ
今日はコレで終了ですよ」
小さな映画館。
いつか
あなたも
扉を開いて…