魔王ちゃん、説得する
「でも、戦っていれば少なからず怪我くらいするので血が出ないようにっていうのは」
大臣(仮)の提案『魔王様は血やグロテスクな表現が苦手なのでなしにしてもらいたい』
を聞いた勇者からの正論である。
「えぇ、ですからもうちょっとファンシーな表現にして頂ければと」
「何ファンシーって!」
「大臣、大臣」
魔王が大臣に何か耳打ちをしている。
「……出来れば、魔法などもその、くまのぬいぐるみが飛び出してくるような感じにして頂きたいとのことです」
「無理だから!戦闘をなんだと思ってるの!?」
「魔王様は大きい音が苦手なのでびっくりしてしまうらしく……、無理は承知なのですが、
出来れば……」
「くまのぬいぐるみが飛び出して!?何!?どうやってダメージ与えんの!?」
「ダメージは無いけど余はそういうのを見ると心が安らぎます……」
「知らないから!!安らぎを与えるために来たんじゃないから!!」
「ひぃッ!!」
「勇者殿、あまり大きな声を出されると……大人気ないですよ」
「大きな音でびっくりする魔王って何!?
魔王の城って不穏な光とか雷とかめっちゃなってますけど!?
あと魔王って何歳!?」
「よく数えてはないけど余は1900歳くらいです……」
「百分の一でも尚歳上!!」
「あの人達が意地悪ばかり言う……」
魔王は涙を貯めて大臣と呼んだ男の影に隠れてしまった。
「えぇ、なんも悪いことしてないのに悪者になってる。」
勇者一行が目指すものはあくまで世界平和である。
魔王討伐に短期間で成功したとあればその後の人生は安泰。
しかしそれはあくまで魔王と正々堂々と倒してこその話である。
魔物サイドが全滅してしまえば話が漏れることは無い、とはいえ仲間からは別。
外見上少女にしか見えない魔の王を一方的に惨殺したとなればイメージダウンは必死。
世間の映像魔法と映像魔法共有ブームが勇者を悩ませた。
「とりあえずもっかい最初から一回やってみたら?」
「いいのか!?」
なんか長引くのも嫌だし、という賢者の提案をひとまず飲むことにすると魔王の顔が輝いた。
不覚にもそれを可愛いと思ってしまう勇者がそこにいた。
「ふははは!!!よくぞここまで辿り着いたな!!勇者共!!」
「もうそのキャラは無理じゃない!?」
「いいから続けさせてあげようよ」
つい揚げ足を取ってしまった勇者に武道家からため息交じりの一言が入る。
「……えっと、そなたらの臓物、これは無し!!なしでお願いします。
叩きのめした後に街まで送り届けてくれようぞ!!!」
「やさしっ!」
魔王が対応出来るのはCERO:Cがやっとなのだった。
「私もくまさんとか出します」
「私はなんとかフラペチーノとかを買ってきます」
「私スフレ作る」
3人はクロスの敷かれたテーブルを彩る準備を
「諸悪の根源め!!今こそ貴様を倒し世界に平和を!!!はぁぁぁぁッ!!!」
そして勇者は己を奮い立たせた。
「あの……」
せっかく鼓舞した勇者の元に魔王がうつむきがちにやってきた。
「すみません、諸悪の根源とか言われると余はすごく傷つくのじゃ……。
強い罵詈雑言は控えて、戦うにしても言葉は選んでくれんと……」
「注文が多い!!」
「ひっ!う……だ、だって、余は何もしてないのに……」
眼に涙を浮かべる魔王に勇者が言った。
「私らの旅の目的がさぁ、魔王倒すことなんだよね」
「へ?何故じゃ?余はてっきり強者に挑むのが生きがいのクレイジーなやつがまたきたとばかり」
「何故って、それで世界に平和が戻るからだよ」
「ふぇ、余を殺しても世界に平和が戻ったりしませんが……どういうことじゃ。
何を言っているのかわからんのじゃ」
「戻ったりしないって、あんた魔王でしょ?可愛いナリしてるけどさ、一応悪の親玉じゃん」
「親玉というか魔を統べる王なのじゃ、凄いじゃろ?
魔を司るもの全ての王として君臨するのが余じゃ、血を見ると嘔吐してるがな!
あと可愛いと言ってくれてありがとうございます」
魔王はちゃんとお礼が言える偉い子だった。
「だから!魔を統べる王ってことは、倒したら魔物が消えるじゃん!」
「あまり大きな声を出されると余は泣いてしまいそうですが
余を殺したとしても世界から魔物が消滅したりはせんのじゃが、お主怖いことを言うの……。
どういう連鎖反応じゃ、勇者はクレイジーサイコなのか?」
「私はそう聞いたから!」
「言ってる人が実在してほしくはないのじゃが、……誰に言われた」
「いろんな人が言ってた!王様も!協会の人も!偉い人は!!だから私は!!」
「でもそれ全部人間じゃろ。しかも権力者ばかりじゃ。よく嘘をつく奴らじゃ。
余も何度か煮え湯を飲まされておる。魔物からは聞いたのか?」
「聞くわけない!だけど、聞いてたとして、そんなこと信じるわけないでしょ!?」
そんなはずはない、と少し動揺する勇者に対して魔王が優しく語りかける。
「しかし、お主は今余と会話してくれておる。」
勇者はハッとした、何故この娘の言葉が正しさをはらんでいるのかわからなかった。
混乱した、自分が正しいと信じてきたものをここまで来て疑わざるを得なかったからだ。
「余が今まで戦ってきたやつらとは強さが違うからかもしれんが
初めてなんじゃろ、お主らと互角以上に渡り合う相手が。お主ら相当強いからの。
その辺の魔物相手じゃ1分と持たず消し炭じゃ、余には効かんがな。
余の話を聞くかどうかはお主ら次第じゃが、どうする?仲間と相談してもよいぞ。
その上で余を倒すという結論になるのならもう一度戦うと約束する。
どのみちあのまま戦っても余を倒すのは無理じゃけどな。
でも血が出たりするのはやめてください」
「それだけで戦うのが不可能案件になっちゃうんだけど……」
「実際無理ゲーっぽかったし話し合いで済むならそれでいんじゃない?」
「同意ー」「超同意ー」
端々でマウントを取ってくる見た目も中身も幼い魔王(可愛い)とここで初めて対話を決めた一行であった。
「相わかった、では大臣!
先程スフレケーキが焼き上がったからの、それに合う紅茶を頼む。
あとそこの女賢者ちゃんはくまのぬいぐるみが本当に出せますか!?」
「さっきやってみたら出せたよ~フェルト生地にはならなかったけどウケる超可愛い」
「お主の喋り方は全然賢くなさそうじゃがありがとうございます」
魔王は正直すぎてたまに敵を作る傾向にあった。
これを抱いて寝る、その決意が顕になった。
「でじゃ、このスフレケーキおいちい!!
余を殺すと魔物が自然消滅して世界が平和になるという話についてじゃがもぐもぐ。
紅茶には砂糖とミルクたっぷり!!あまぁ~ん、幸せじゃ~。
誰が言ったとかそういうことではないのじゃズズズ、信じるほうがどうかしておる」
「飲み食いと同時!!シリアスな話でしょこれ!?どっちかにしてくれない!?」
「つまり、魔王ちゃんは自分を倒しても言うとおりになったりしないって言いたいの?」
「無視じゃん私勇者なのに!」
「その通り!というか、仮に魔物が消滅したとしても平和になったりせんじゃろ」
「それは私もそう思うけど、少なくとも原因の一つは取り除かれるかなって」
「お主、武闘家じゃったかの。取り除かれるも何も余は魔を統べる王として生まれた。
ただのそれだけじゃ、闇を背負っておるわけではない。わかるか?
お主らの魔法も元を正せば魔力じゃ、つまりその根本にあるのは魔なのじゃ。
人の心の闇などが集合して具現化した姿ではない、そういうものもおるがな」
血を見て泣いていたとは思えない程話のIQが高くなった。
「そもそも、魔物を滅ぼすのは無理じゃ。世界には芳醇な魔力が溢れておるからの。
余のような存在は置いておくとして、低級の魔物は大体がその不純物が具現化した姿じゃ。
倒しても消滅することなどない、放っておけば元通りに復活するもの。
誰かが死ねばそれが無くなってしまうなど有り得ん」
倒しても倒してもキリ無く復活する魔物、戦闘経験を積むには最適ではある、がしかし。
魔王は続けた。
「余から言えるのは、余が死ねば魔の行きどころを失うわけじゃからな。
低級の魔物が増えることは簡単に想像がつくが逆は無いということじゃ。
そもそも、人間共はもっと大きな病を抱えておるであろう。
やれ王の継承権だとか権力や資産で日常的に争っておるではないか。
世界を旅してきたお主らがそれを、魔と関係がない闇の部分を知らんとは言わせん」
「それは確かにそうだけど、だからといって人間全部が悪じゃないから。
だから私はせめてその人たちのために戦おうと……でもそれが本当なら」
「私達が今までやってきたことは何だったのーってね」
「僧侶じゃったか、余はそれを否定したりせんがな。
だからといって無意味な行為に対して黙っているわけでもないよ。
余を殺そうというのであれば尚更じゃ。
して、勇者よ、お主の眼は中々特殊じゃな。
それがあればわかるのではないか?」
勇者のそれは【万理の蒼き瞳】という、真実を観察することが可能な眼である。
先程一連の戦闘で魔王の持つ特性の一つ『放たれた魔力を蓄積する』ことを観察し
瞬時に見抜いたのもその眼があってのことであった。
魔王を観察し、その発言が嘘ではないことを理解出来てしまう。
幼い勇者は迷っていた。
「私には魔王が嘘をついていないことがわかる。
じゃあ、私達は一体どうしたら……」
「考える時間はやるし、別に余の目的はお主らを殺すことではないからな。
たまに余のもとに来るのは強者を倒して名を上げようとする不埒者ばかりで、
そういう輩であれば戦った後にこの『魔王ちゃんストラップ』を記念品として買っていってもらう。
それだけじゃ」
魔王ちゃんストラップとは、魔王ちゃん人形がついた簡単なお土産である。
大体昼食一回分程のリーズナブルなお値段で「一応魔王に挑戦して生還した」という武勇伝が語れるお墨付き。
「魔王ちゃんストラップ欲しい……」
ご当地キーホルダーを伝説の剣につけまくっている勇者は物欲が一瞬上回った。
「お主らの目的はそもそもなんじゃ?余を殺すことは手段じゃろ」
「私達の目的は……世界に平和を……」
「じゃから、それは余を殺しても達成出来ん。
人間の世を変えたいなら変わるのは人間じゃろ」
くまのぬいぐるみを抱きスフレケーキに舌鼓を打ち紅茶を嗜む魔王が正論をかました。
「まぁ、信じられんのも無理はないし、時間も必要じゃろ。
お主らはまだ若いし話し合えば良い、ここにも遊びに来ると良い。
それから決めよ」
魔王は普段人と話すことが無い寂しさを埋めるため、
セコい手段でさりげなく我が家に遊びに来るという提案を入れた。
ぼっち回避のシミュレーションはアホのようにやってきた結果が今である。
看破されるのではないかと内心ドキドキ、心臓が飛び出しそうな程緊張している。
実のところかっこつけて色々言ってみたものの本心は遊びに来て欲しい一択。
嘘はついていない、ただそれだけが魔王の自尊心を守っていた。
先程とはえらい違いである。
「今日のところは宿にでも帰って、それから考えるがよい」
「はぁ~~~!!!ドッキドキじゃ!!!
大臣!!大臣!!ちゃんと撮ったか?!?」
「はい、映像記録魔法に残しております」
「キャー!!余は魔王っぽかったか!?勇者を説得して帰らせるとかちょい悪じゃ~!!
緊張したのじゃ~、いつ反論が来るかビビったのじゃ~!!」
「いつもああなら良いんですけどね」
「いつもあんなんだと余は死んでしまう!緊張で死ぬ!!」
「まぁ勇者殿らが逆上して襲ってきてもあのままじゃ魔王様を倒すなんて不可能ですしね」
「そうじゃの~、まさか余の城にあった武器とか使うとは思わんかったが。
普通に考えて自分の城に自分を殺せるような武器はおかんじゃろ。
あのへんもおっかしかったの~、きしし!
いかんいかん、あやつらは一生懸命じゃった!笑ったらいかんの!」
普段やらないことだらけだった魔王はそれが終わった今、変なテンションになっていた。
「くまのぬいぐるみも貰ったしの~!嬉しい!今日からこの子と寝るのじゃ~」
「よかったですね魔王様」
「うん!!でも勇者達はどういう結論を出すのかの~、わからんのじゃ~不安じゃ~。
余の言ったことおかしくなかったかの~、伝わったかのう……」
「大丈夫じゃないですか?言ってることはまぁまぁの正論でしたし」
「まぁまぁとはなんじゃ!余は思ったことを言っただけじゃ。
あ、この思ったことを言っただけだったけど正論っていうのカッコいいの!!」
魔王は若干遅れたイタさを持っていた。
「カッコよくはありませんが……それ他で言ったら笑われますよ」
「なんてこと言うのじゃ!」
「とにかく、あの感じだとまた来るでしょ。
良かったですね、楽しみが出来たじゃないですか」
「じゃな、じゃな!友達とは言わんまでも、顔は知ってる程度になれたら良いの~」
魔王は長い間家臣らとのみコミュニケーションを取っていた関係で
人間関係にだいぶ臆病になっていた。
「それは喜びのボーダーラインを低めに設定しすぎだと思いますが、
なにせ人間と魔の者ですからね、期待はしすぎない方が良いのかもしれません」
魔王ちゃんはその夜とても良い疲れとともにぐっすり眠った。
額の角のせいで寝返りしづらいことが悩みである。
魔王ちゃん:
身長136cm体重21kg
発展途上(本人談)
大体1900歳
過眠癖あり
対象年齢が3歳以上の表現であれば問題なし(CERO:C以上は危険)