第71話 手下と奴隷と下僕
目を覚ますと病院のベッドの上にいた。
「イリスちゃん、大丈夫?」
「部長……はい、大丈夫です。日向先輩は?」
「アイツなら帰らせたわ。という訳で拷問タイム!」
嫌な時間だな! めっちゃ逃げたい!
「まずは幽霊が見えてた理由から説明して貰おうかしら?」
幽霊は……アレだろ?
「たぶん生まれつき」
「私と同じね……じゃあ次はあの異常なまでの怯えようはなんだったの?」
どうやって返すか……間違いなく、部長は将吾の手下だ。下手なこと言えば俺が琴道だと見抜かれてしまう……
ん? 見抜かれる? いや、別に俺が琴道の転生体だとバレても記憶があることさえバレなければ良くね?
よし、決めた。琴道の夢を見たことにしよう。
「夢を見たの……」
「夢?」
「ママが刃物で刺されそうになって、私がママを庇って自分の心臓が抜け落ちる夢を……怖いの、本当にそうなるんじゃないかって思うの……」
「そう、怖かったのね」
部長は俺を抱きしめてきた。俺はそのまま部長に身を委ねた。
「部長、こっちからも質問いいですか?」
「いいわよ」
さて、俺にとっての本題に入りますか。どんな顔するか楽しみだな。
「なんで幽霊見えるのに日向先輩とあんな賭けをしてるんですか?」
「うっ!」
「もしかして日向先輩のことが好きなの?」
日向先輩って実は俺にフラグを立てまくってるんだけど……もしかして日向先輩って恋愛モノの主人公なのか? それともただの女ったらし?
「なっ!? そ、そんな訳ないじゃない!」
部長は少し顔を赤くして否定した。
「ああ、自分の胸を触って欲しかったんですね」
「そんな訳ない……じゃない……」
「ふーん、部長って痴女だったんですね」
「そんな訳ないでしょ! そうよ! 太陽くんのことが大好きよ! 大好きで大好きで堪らないのよ! なんか文句ある!?」
逆ギレ!? けど、俺が言うべき所はそこじゃないな。
「太陽くん? 心の中じゃそう呼んでるんだ?」
「うっ」
「さて、伝えに行こうかな」
「待ちなさい。私の秘密を知られた以上、ここから返す訳には行かないわ」
部長はベッドから起き上がった俺を再びベッドに押し倒した。
「部長? 浮気はよくないですよ?」
「違うわよ! そういうイリスちゃんこそ日向のことがす、好きなんじゃないの!?」
「いえ違いますよ? 裸は見られましたけど……」
俺はあえてモジモジしながら言った。
「はぁ、もういいわよ。でもあなたのお父さんが1年間入院しろって言ってたわよ?」
「へ?」
部長は俺に手を振って出ていった。
もしかして様子見? っていうか1年間もここから出られないのかよ! まあ、なってしまったものは仕方ない。トイレ行こ……
俺はベッドから降りてスリッパを履いてトイレに行こうとした時に足の力が抜け、その場に落ちてしまった。
ぺたんっ!
「ほえ?」
あれ? 立てない……ヤバくね? このままだとさすがにヤバいぞ! このままだと……
トイレに行けない!!!
「そっちかい!」
小鳥が扉を開けて入ってきた。
「あっ、小鳥お姉ちゃん。トイレに連れて行ってよ」
「会ってそうそう言うことがそれでいいの? まあ今に始まった話じゃないわね。わかったわよ」
小鳥は俺を抱っこしてトイレまで行った。そして、ベッドの上に戻った所で将吾が入ってきた。
「イリス、大丈夫か?」
「うん、もう平気」
「取り敢えず足についての説明だな。もう気づいてるだろうが、イリスの足は今動かない状態なんだ。理由はよくわからないが、リハビリをして治していこうと思ってる」
リハビリかぁ……まあ、やるしかないか。
「うん、わかったよ」
「そうか……間違いなくイリスは琴道の魂が宿ったものだ。刃物を見たことでフラッシュバックしたんだろう。そして動かない足はその影響と考えるべきだな。考えてみればイリスは琴道に似た行動面もいくつかあったな」
「「…………」」
俺の正体バレてるな。めっちゃ心の声が漏れてるし。少しは隠そうとしろよ。でもこの様子なら俺の記憶があることは気づかなさそうだな。
「じゃあリハビリは明日からな。担当の先生を付けるから仲良くしろよ?」
「うん!」
仲良く……ね?
「変なことするなよ?」
「と、ととと当然!」
「本当に変なことするんじゃないぞ? 小鳥、しばらく任せたぞ」
将吾は部屋から出ていった。
「そろそろ夕飯にしましょうか? ちょっと待っててね」
小鳥は何処からか夕飯を取り出してきた。
「さすがチート! あと将吾はバカ」
「チートな訳ないでしょ! あと将吾は馬鹿の極み」
いやどこがチートじゃないんだよ。
いま絶対に空間魔法使ってただろ。人類超越するんじゃねーよ。
「ところで小鳥さんや」
「どうしたのかね? 将吾ディスったことについての文句?」
「そんなことよりも焼き鮭がないんだけど?」
「逆になんであると思ったの?」
病院だから焼き鮭の1つや2つぐらい置いとけよ! 常識だろ!
「全く、どんなに頑張っても出ないわよ」
「本当にそうかな?」
「え?」
俺は将吾奴隷スイッチを小鳥に見せて、押した。
「ちょっ!」
「どうした! イリス大丈夫か!」
早いな。まだ5秒も経ってないぞ。さすが親バカだな。
「焼き鮭がないんだけど」
「そうか。イリス、俺はお前に良い人間になって貰うために絶対に甘やかしたりはしない。小鳥! これで買ってこい」
将吾は小鳥にお金を渡した。
「めっちゃ甘やかしてるわよ!」
「パパ大好き!」
「そうだろ? 俺もイリスが大好きだからな!」
将吾は俺を抱っこして、抱きしめてきた。
「はぁ……呆れるわ。わかったよ、買ってくる」
焼き鮭ゲット! さすが小鳥下僕スイッチ!
「言っとくけど、私は下僕じゃないからね!」
チート持ちは鮭を買いに、魚屋まで行った。
「じゃあ何かあったら呼んでくれよな。じゃあな……どうした?」
気づいたら俺は将吾にしがみついていた。
「1人にしないで……」
「イリス、お前可愛いな! 嫁になんか行くなよ?」
誰が嫁なんかに行くか!
小鳥が帰ってくるまで将吾はずっと俺を抱っこしていた。




