第9話 普通、置いていくかね?
極太の水レーザーを口から放ち、襲いかかる戦士を蹴散らした"大水虎"は落ち着いていた。
更に、先ほどまで見えなかった"大水虎"の目が見えるようになったようだ。
自分しか補食出来る物がいないようで"大水虎"がゆっくりこっちに向かってきた。
ダンプカーのような巨体の"大水虎"の両前足は、ボロボロのままだったのでスピードは遅かった。
少し前に床ごとブルトーザーのように削りながらしゃくり上げ、そのまま飲み込まれた記憶が甦り後退りする。
"大水虎"がズルズルと足を引きずりながら近寄ってくる。
一瞬でも目をそらすと襲われそうで、"大水虎"を睨みながら後退りしていたら、体育館の隅に追い詰められた。左右どちらに走ったとしても、ワニのような長い口から逃げれる自信はなかった。
"大水虎"が自分を食べるためか、口を大きく開けた。いや、食べるには遠い。首が引っ込み、尻尾が上がってきた。これは極太の水レーザーの構えだ。
"いかずちの杖"の攻撃を覚えていたのか、自分を敵と見ているようだ。
夢の世界とはいえ、痛い死に方は嫌だ。握っていた"いかずちの杖"を振り下ろす、が、何も出ない。何度やっても何も出ない。
まさか銃のように弾切れか?
もがいていると、"大水虎"の口から光る水が見えた。ヤバい、死ぬかも・・・そう思ったとき、何故か「姉ちゃん助けて!」と頭に浮かんだ。神様じゃなくて2年前に家出した姉ちゃんを。
"大水虎"の口の中で光る水が発射された。
顔をそむけ、自分は死んだ。と思った。
なかなか焦らす、もしかしてこれが走馬灯を見ると時間が遅く感じるアレか?
しかし走馬灯は見てない。
"大水虎"を見上げると、轟音と共に"大水虎"の背中の甲羅が砕け散るのが見えた。
"大水虎"が口を開けたまま仰け反り、極太水レーザーは体育館の天井を突き抜ける。
何か銀色の物体が、"大水虎"の甲羅から見えた。
もの凄いスピードで更に甲羅を破壊している。短い槍のような物がチラっと見えた。もしかして高橋か?
甲羅を破壊し終えたらジャンプし、体育館の床に着地したかと思ったら、凄まじいスピードで"大水虎"の後ろ足を切り落とし、尻尾の方へ移動した。
暴れる"大水虎"に構わず尻尾を斬り付けている。動きが早すぎて銀色の人影が左右に見えたり消えたりしている。
程なく「ブチン」という音と共に尻尾が切断され、体育館の床に落ちた。
甲羅を割られ、片方の後ろ足と尻尾を斬り落とされ、"大水虎"は見るも無惨な姿だった。
戦意を失って、もう逃げ出す"大水虎"がそこにいた。
"大水虎"が、体育館の壁を壊して入って来た場所へ足を引きずりながら逃げる。
鈍い"大水虎"の首元に銀色の人影が巻きついた。
巻き付いたまま高速でグルっと何周か回った後、銀色の人影が着地して立ち上がった。
中世ヨーロッパの甲冑に似た銀色に輝く姿に、光輝く短めの短刀を二本持った人がそこにいた。短い槍に見えたのは、光輝いていて長く見えたからだった。
銀色の甲冑がゆっくりこっちを見た。その背後に"大水虎"の首がゆっくり落ちた。
全てが一瞬の出来事だった。
この人も高橋の助っ人なのだろうか?
こっちを見ている甲冑の目が濃い赤色に鈍く光った。自分の直感は近付いてはいけないと言っている。
もし高橋の助っ人ではなかったら・・・
ところが、こっちの事など何もお構いなしで、銀の甲冑は死んだ"大水虎"に手をかざし、大きな光る水晶のような宝石を取り出した。更にもう1つ水のような宝石も手に入れたようだ。
フラグメントだ!この銀の甲冑はフラグメントが目当てだったんだ!というかそうであってくれ・・・そうなら殺されることはないはずだ。今は願うことしかすがるものがなかった。
欲しかった物が手に入ったのか、銀の甲冑は自分には目もくれず、光の柱が降りてきたと思ったら、一瞬大きく光って消えた。
緊張がとけて崩れるように座り込んだ。本日2度目だ。
今日の夢は長い!今の率直な感想だった。
夢の世界で飼い犬のエマに連れられて、学校に来たところまでは普通の夢だった。
教室で高橋に会い、夢の中を自由に動けるようになった。
"水虎"なる夢を食べる獏に遭遇し、エマはいたが、たった1人で戦わなくてはいけなくなった時は生きた心地がしなかった。ただ、さっきの大水虎の口からの極太レーザーは、本気で死ぬかと思った。普段みる恐ろしい夢で、ここまで本気で死ぬって思える夢を見続ける事はなかった。
いつも怖すぎる夢の場合、途中で目が覚めるのに今日は全く覚めない。逆に辛すぎる。
高橋達はどうなったのかな・・・3人共、極太水レーザーをモロに受けて、体育館の壁を突き破って吹っ飛んでいったけど。
サクラさんもサクラさんだよ、普通、子供をこんな危険な状況で置いていくかね?
少し愚痴ったら落ち着いたので、体育館を見渡した。
さっきまで恐怖だった"大水虎"が死んでいる。見るも無惨な姿。少し離れたとこに"水虎"も死んでいた。自分も何体か倒したことを思い出す。
そう言えば、大勢の生徒が死んでしまったはずだけど、死体は何処にもなかった。その辺は全くわからない。
ふと銀の甲冑が、"大水虎"からフラグメントを取り出していたように、自分も取れるか試してみようと思った。
銀の甲冑ががやってたように手をかざしてみる。・・・何も出てこない。おかしいな・・・普通の"水虎"の死体まで歩いて行き、手をかざしてみる。直ぐに小さい青いフラグメントが手に吸い付いた。
「おぉー!」
初入手である。死んでいる"水虎"からフラグメントを回収できた。
どうやら"大水虎"は銀の甲冑がフラグメントを全部抜き取ったようだ。
なんか不思議な感じだったので、他の"水虎"からも手に入れてみたくなった。
体育館をフラフラ歩いていると、エマが何処からともなく何かを咥えて走ってきた。
「エマどこ行ってたんだよ!」
咥えているものを落とすと、お座りして誉めろと言わんばかりの眼差しで、ハーハー舌が出たまま見上げてきた。
尻尾は座っていても左右に振れている。
恐怖と不安は、エマがいることで解消する事は確かだった。
「もう、マジでどこ行ってたんだよぉ」
自分も座って、エマと同じ目線で頭を何回も撫でる。エマは得意気な顔付きで、嬉しそうだ。
エマがなんか咥えてきてたのを思い出す。
手に取って見ると黒い手袋だった。しかもちゃんと両方あった。
はめてみると手の甲辺りに家紋のようなものが描かれていた。
エマのヨダレが少し付いているが、中二病には欠かせないアイテムだ。
「八神ーー無事かーー」
高橋の声だ。
「無事ーー」
高橋がボロボロになって体育館に入って来た。
「お前、よく生きてたな!絶対死んでると思った」
正直、2回死んだと思った。
「死んでる"大水虎"は・・・お前がやったのか?」
全力で首を振る。
「なんか、銀の甲冑着た人が一瞬で・・・」
「だよな・・・やっぱ"大水虎"も狙ってたのか・・・」
遅れてリュウさんも傷だらけで、足を引きずりながら入って来た。1番最後に、サクラさんに肩を借りてアタルさんも何とか歩いている状態で入って来た。何故かサクラさんも傷だらけだった。
「アタルさん、アイツ"大水虎"も狩っていきました」
「クッソ、最悪だよ」
アタルさんが荒れていた。
「八神君、ゴメンね・・・」
サクラさんが申し訳なさそうに歩いて来る。
「今日、目覚めたばかりなら、恐怖で起きちゃうか、最悪食べられてもちょこっと寿命が減るだけならいっか、って思っちゃった」
マジか、そいうもんなの?
「どうしたんですか?」
わからないことが大過ぎる。色々聞きたかった。
「すまない、俺の防御スキルが甘かったせいで、こんなことになっちまって・・・」
アタルさんが謝ってきた。
「アタルくんの防御スキルを突き抜ける攻撃は結構ヤバくてね」
サクラさんが割って入る。
「現実世界で言うところの自動車に跳ねられたのと同じことなの、でも直ぐに回復すれば大事に至らないの」
回復って、ゲームみたいに傷を癒せるってこと?そんなことも出来るのか?
「まぁ、実際は外で想定外の敵と遭遇してね・・・」
リュウさんが思い出したくないと言わんばかりの表情だった。
「まーここじゃなんだから、俺達の拠点で話そう」
「うん!部屋なら傷の回復も早い!」
「八神、エマも連れていくぞ」
なんか、話が勝手に進んでる。
「ほれ」と言って高橋が手を繋いできた。
なんか照れると思っていたら、高橋がぐいっとエマの首輪もつかんだ。
直ぐに光の柱が降りてきた。さっき銀の甲冑が去っていくときと同じ光だ。
後ろを見るとサクラさんがアタルさんを肩にかけ、リュウさんと手を繋いでいた。リュウさんは高橋の肩に手を置いていた。
光が眩しくなっていき、バンッとはぜたら真っ白になって、どっかに移動した感じがした。