第8話 大水虎
体育館の照明から下を見下ろすなんて、なかなかできる体験ではない。
下では飲み込まれそうになったデカい"水虎"がのたうち回っている。
ふと、落ちそうな所を助けてくれた人が気になった。
「大丈夫か?少年」
声のする方へ顔を向けるが、その人の脇に抱えられていたので顔がよく見えない。でもたぶんイケメン。
「あ、ありがとうございます」
頷くイケメンのお兄さんが、大きく反動をつけて高橋のいる方へ飛び降りた。
着地寸前に何かに包まれ驚くほどふんわりだったが、脇に抱えられていたので地面が迫ってくる感じは恐怖だった。
やっとのところで立ち上がると、のたうち回っているデカい"水虎"がこっちに転がって来た。避けながらみんな反対側へ集まる。高橋の「急げ!」が聞こえて、慌ててついていった。
今度こそ落ち着けそうだ。
見渡すと残っていた生徒は、デカい"水虎"ののたうちに巻き込まれ息絶えた感じだった。あと知らない大人が3人いた。
「おいおい、何人消えちまったんだ?こりゃサイタケさんにめっちゃ言われるな・・・」
助けてくれたイケメンがぼやいた。
「あ、そうだ、同じクラスの八神・・・今日、目覚めました」
高橋が手短に紹介して、大人3人がこっちをみて会釈してくれた。
夢の世界で自由に動けることを目覚めるって言うんだ・・・寝てるのに目覚めるって変なの・・・。
笑顔のキラキラした元気なお姉さんが、高橋を覗き込んで喋る。
「カズくん大丈夫だった?」
「なんとか」
高橋は子供扱いされているのが嫌なんだという態度を見せた。
元気なお姉さんは、お構いなしに高橋の頭をポンポンして笑っている。
教室では見れない高橋の子供扱いが新鮮だった。
「うざいなぁー」と言いながら、イケメンのお兄さんに高橋が話しかけた。
「アタルさん、助かりました・・・もしかして、隠れて見てました?」
「おぅ、危なかったな(笑)」
「えー!八神が食われるとこだったんですよ!」
「アタルくんひどいよねぇー、助けようとしたらもう少し見ようぜ!って(笑)、八神君?大丈夫だった?」
元気なお姉さんも以外と人が悪そうだ。
「ところで状況は?」
「あと"大水虎"だけっぽいです」
「ぽいってなんだ?」
「あとで説明します」
高橋のやり取りをみて見ていて間違いなく助っ人に違いないが、どうも遊んでる気がしてならない。
もう1人の大人は、のたうち回っている"大水虎"をじっと見ていた。
アタルという人がデカい斧をどこからともなく出現させ担ぎ、"大水虎"を見ながら高橋に尋ねた。
「カズマ、雷突きあと何発打てるんだ?」
「あと3発」
アタルという人がもう1人の大人に聞く。
「リュウさんどう?」
「頭部のダメージが相当いってるね、もしかしたら目が見えなくなっているかもしれない・・・本当は今、攻撃するべきだが・・・あの甲羅は破壊できなさそうだから手足から部位破壊、動きが鈍くなった所を頭に大技だな」
「よし!右前足を雷突き、破壊したらリュウさんとこ行け、俺が注目引いて回る!サクラさんは後方で後ろ足、回復が必要ならサクラさんとこ向かう!よし!これで行こう!」
サクサクと作戦が決まった。手馴れた感じだ。
「少年はサクラさんと一緒な」
元気なお姉さんはサクラって言うのか。
「八神君はお姉さんと一緒ね!」
頷くと、「ついてきて!」と言ってサクラさんは走り出した。
各々持ち場につくようだ。
"大水虎"の目の前にアタルっていう人が、斧を構えている。高橋は右前足付近、リュウさんは左前足が数メートルという場所に。
サクラさんと自分は尻尾が当たらない位置に着く。"大水虎"がデカいため、自分達は体育館の端が近い。
"大水虎"がだんだんと落ち着いてきた。リュウさんの言った通り目が見えてないようだ。それにしても、頭部に落とした雷は凄い威力だったようだ。
アタルさんの合図で一斉に攻撃が始まった。
リュウさんのボウガンが"大水虎"の左前足を射ぬく。連射が凄い。
遠くからでよく見えないが、致命傷にはなっていない。しかし"大水虎"が怒っているのか、リュウさん目掛けて突進し出した。
突進した先にアタルさんが回り込んでいる。"大水虎"の口へ斧を振り下ろす。ゴムタイヤを殴ったようなこもった音がした。
頭部のダメージが残っているのか、口に当たった瞬間は動きが鈍くなる。
"大水虎"は、目が良く見えてないからか、何処から攻撃されているのかがわからずイラついているようだ。
"大水虎"が、アタルさんのいた辺りにムキになって噛みついている。当たるか当たらないかのところで、アタルさんは回転しながら避けていた。手応えがないので、更にムキになってアタルさんを追いかける。注意を引くとはこう言う事のようだ。
高橋が踏まれないように右前足を攻撃。頃合いがあるのか、しばらく攻撃していたかと思ったら突然高橋の体が真っ青に光だした。教室で見た技か?あれよりは光が大きい。
高橋の全身の光が槍先に集まり、"大水虎"の前足を貫き斬り上げた。
物凄い音と共に、前足の革ごとめくれ上がって足がボロボロになった。
「オッシャー!」
高橋が雄叫びを上げた。
"大水虎"は右前足に力が入らないようで、左回りに動くアタルさんに右半身が追い付けていない。その間リュウさんは左前足をボウガンで細かく攻撃、後方にいるサクラさんは後ろ足を弓で攻撃している。自分はサクラさんの後ろで杖を握りしめているだけだ。
不思議だったのが、ボウガンと弓で使っている矢は、無限に有るんじゃないかと思えるほど惜し気もなく撃っていたのに、いっこうに減る気配がない。この事はあとで聞いてみようと思った。
2周ほど左回りで体育館を移動した頃、左前足が同じようにボロボロになった。
「よくやった!」
アタルさんが叫ぶ。
「後ろ足もかなり痛めたよー!」
サクラさんが叫ぶ。
"大水虎"の動きはものすごく鈍い。そう言えば、教室の"水虎"は横にグルっと回っていたのを思い出した。こいつはデカいからそいうのはしないのか?と思っていたら、かなり遅いスピードでグルっと横に回転した。
この"大水虎"の攻撃を待っていたようで、これが合図だったみたいだ。
「頭部にフルスキルで行くぞ!」
アタルさんが叫ぶと、リュウさんと高橋が前方に集まる。サクラさんは、片足付けた広いスタンスで弓を天井に向けて待機した。
アタルさんの体が、照明から飛び降りたときのように何か空気のような物に包まれると、斧をハンマー投げのように振り回し、遠心力を付け飛び上がった。
同時に高橋がさっきやった青白い槍先で頭部を狙い、リュウさんのボウガンの矢も青白く光っていた。どうやら動きが鈍くなった横回転の攻撃で、頭部が同じ位置に戻ってくる所を、カウンターで仕留めるようだ。
足を痛めた"大水虎"のゆっくりな横回転が、グルりと1周して頭部がアタルさん達の所で止まる瞬間の数秒前、あぁ、これで決まるんだ・・・と思ったとき、"大水虎"のデカい尻尾が、天井に付くかと思うほど上がり、後ろからだと良くわからないが、"大水虎"の首が引っ込んだ状態で元の位置に戻っていくように見えた。
「あー!ヤバい!」
サクラさんが叫んだと同時に、"大水虎"の口から大量の水のような物が噴射された。まるで極太のレーザーのようだ。極太の水のレーザーは3人を吹き飛ばし、更に体育館の壁も突き破った。
「ヤバい!!」
サクラさんが慌てて突き抜けた壁の方に走って行った。
一瞬の出来事だった。そして今、"大水虎"がゆっくり自分のいる体育館の隅に歩いてきた。