第7話 来るんじゃなかった
どうやら高橋は夢の世界でいろんな武器を使い、人を食べるバクと戦っているらしい。
それはまあ教室で説明を聞いたし良いとして、家で飼っているゴールデンレトリバーのエマも前から高橋と一緒に戦っているらしい・・・しかも武器を咥えて持ってくる・・・これをどう信じろと?夢だから何でもありか?
「まーそいう反応になるわな」
自分の表情が不審を語っていたらしく、高橋が察した。
「説明は全部終わってからな!他にもエマを知ってる人達が来るから」
あ、そう言えばさらにデカい"水虎"がいたんだった。高橋がスマホっぽいもので連絡してたっけ。
あと他にもさっき倒したサイズの"水虎"がいるかもしれないのも忘れてた。
「"いかずちの杖"はお前が後方から打ってくれ」
あっさり言う。
「"水虎"に雷はめっちゃ効くんだよ!さすがエマ、いつも良いもの持ってくるよなー」
高橋の話ぶりからエマに対する評価が高いのがわかった。
「一応練習しとくか」
そう言うと高橋が指差した下駄箱を狙えと言ってきた。
数メートル離れたドミノ倒しの下駄箱を狙って、杖を振り下ろしてみた。
閃光と共に青い線が下駄箱に落ちる。
遅れて音が轟き下駄箱が燃えた。
「よーし、行けるな!頼りにしてるからな!」
高橋が頷きながら、先ほど倒した"水虎"へと歩き出した。
「ちなみに木とかは燃えるから打ち込んだあと気を付けろよ、コンクリートとかは燃えずに黒くなるだけな」
話ながら"水虎"に手をかざしていた。すぐに水晶のような欠片が高橋の手に吸い付いた。
「あと、これ、お前が倒した"水虎"、倒した後にこうやって手をかざせば・・・フラグメントが手に入るからな」
ほれっと言って高橋が小さな水晶の様な宝石をくれた。
「それがフラグメントな、うーん、簡単に言うと夢の世界を作ってる物質みたいなものだ」
フラグメント・・・この小さな宝石が夢の世界を作っている?よくわからんけど、高橋がお前のだって言うから貰っておこう。
「エマはリードなくてもちゃんとついてくるから、心配ないと思うぞ」
あ、そうなの?と思い、高橋の言うとおりにしてリードを外した。
「まず体育館行くぞ」
さっきから高橋が友達のように接してくれている。
教室では誰も自分に関わってこない。話しかけられる事も頼まれることもない。けど今、夢の中であの高橋が頼ってくれる。こんな事、教室ではあり得ない。
嬉しくて高橋の期待に答えたいと思った。
高橋が走り出したので後をついていく。
エマは・・・ついてこない。どこかに走り去ってしまった。高橋は、え?っとなって1度止まったが、なにか思い付いたのか再び走り出した。こっちとしては、こうなる事がわかっていたのでなにも言わなかった。
体育館に行く道中、何体もの"水虎"の死体が転がっていた。きっと高橋が殺ったのだろう。これから自分も戦闘をしなくちゃならないかと思うと、不安で仕方なかった。
体育館入口に差し掛かった頃、大勢の生徒が体育館に入らず立ち往生していた。
よく見ると入口付近で躊躇しているようだった。
高橋がどけ!どけ!と言いながら生徒を掻き分けて体育館に入っていく。
普段、自分の行動ではあり得ない人を押し退けて進む行動だったので、ずいぶん遅れて体育館に入った。
入った瞬間、ついて来なければよかったと心底思った。
体育館に入ると、奥の舞台のあった場所から青空と町並みが見えた。体育館を壊して入ったのがすぐにわかった。
中ではダンプカーより大きく、背中に甲羅を付けたデカい"水虎"が、生徒を丸飲みで食い漁っていた。
生徒達は走って逃げているが、開けたデカい口を横に倒して動くだけで、壁に挟まれるような感じで行き場を失い、デカい"水虎"の舌に巻き込まれ食われていった。
あまりの悲惨な光景に固まってしまったが、高橋は?と思い探すと、普通サイズの"水虎"と戦っていた。
「八神ぃーーー!」
高橋が自分を見つけたようで叫んだ。
「体育館の入口を閉じろ!」
そう言われて急いで閉じて鍵をかけ、掃除道具の中にあった長いモップで入口を固定した。これで生徒が入ってくることはなくなったはず。
閉じた所までは良いが、次になにをしたら良いかわからなかった。
まだデカい"水虎"は逃げる生徒を食い漁り、高橋は普通の"水虎"と戦っている。まだ3、4匹いるようで生徒を襲っていた。
「援護頼む!」
高橋が叫んだ。しかし動き回るし生徒がいるし、どの"水虎"を攻撃すれば良いかわからなかった。
あたふたしていると、1匹の"水虎"がこっちに気付いた。
凄いスピードでガツガツ近づいてくる。
どうして良いかわからないまま、とにかく杖を構え振り下ろした。閃光がほとばしる!が、雷が落ちる場所に"水虎"はいなかった。
ハズレた!走ってくるスピードが速い!ヤバい、どこかに逃げなきゃ食われる!焦るが体育館に逃げ場はなかった。
閃光と音に他の"水虎"もこっちに気が付いた。
最悪な事にデカい"水虎"もこっちを見た。
あんなん来たら絶対に逃げれん。
「八神ぃーー!、横に振れ!」
どんどん"水虎"が集まってくる。逃げ回っていたら体育館の隅に追いやられていた。後ろは"水虎"3匹。
もうダメかと顔を背け、杖を振り回した。
閃光がチカチカし、轟音が響き渡る。
どこも痛くない・・・
「あぶねーじゃねーか!」
高橋の怒鳴る声が聞こえた。
ハッとして目を開くと"水虎"が2匹倒れていて、1匹は前足と後ろ足がもげて、自分に背を向け逃げているところだった。高橋の方を見るとレザーの服が黒焦げていた。どうやらメチャクチャ振り回した雷が、高橋の近くに当たったらしい。
高橋が逃げる"水虎"を仕留める。
何か嫌な圧力を感じた。
デカい"水虎"がこっちに向かってきた。
ドーンドーンと体育館が揺れる。
デカい"水虎"が口を開けた。あと数歩で食われる。
「八神ぃーー!振り下ろせぇーーー!」
デカい"水虎"が口を開けて、体育館の床をブルトーザーみたいに削りながら迫ってくる。
見たこともないデカい牙と、その奥の黒い空間が目の前に迫って来た。
何も狙えず、杖を振り下ろした。次の瞬間、体育館の床ごとごっそり持ち上がった。デカい"水虎"は口を閉じながらしゃくり上げ、口の中は真っ暗で、地面ごと落ちていく感じだ。血の気が引いていくのがわかる。
落ちている途中でビリっとして、一瞬明るくなった。轟音が響く。デカい"水虎"の頭部全体にダメージがあったらしい。すぐにデカい"水虎"は口を開けもがく。
幸い飲み込まれる前だったので、口を開けもがいた時に空中に放り出された。体育館の天井が手に届くかと思うほど高い位置で「あーーー!!」と叫んだ。
絶対に落ちたと思ったら、天井の照明にぶら下がった20代位のイケメンの脇に抱えられていた。