第5話 エマ
飼い犬のエマに引っ張られ、廊下を派手にこけた後エマが何処かへ走り去った。
起き上がるとそこは校舎出入口の下駄箱だった。
誰もいない学校は、静かすぎて気味が悪かった。
まず、いなくなったエマを探さなくてはと思い、「エマーッ!」と呼んでみるが相変わらず来る気配がない。夢の中くらい言う事聞いてほしいもんだ。
どうしたもんかと周りを見渡すと、後ろの方からガツガツガツと音が聞こえた。
来た方向とは別の教室がある廊下からだ。
そういえば、向こうの教室から来る生徒が1人もいない。
音がどんどん近づいてくる。
もしワニ型のバクだったらどうしようと怯えていたら、不安は的中する。
とっさに下駄箱を背にして身を隠しながらワニ型のバクを覗く。
高橋が倒したヤツよりは小さいな・・・と冷静に見ている自分がいた。
そう言えば、高橋はワニ型のバクを"水虎"って言ってた事を思い出す。
"水虎"のガツガツとした足音が下駄箱のすぐそこで聞こえなくなった。
校舎出入口の下駄箱で沈黙が続く。
どうなったか覗いてみたいが、もしすぐそこまで来ていたらと思うと怖くて覗けなかった。
気配は有るようで無い。
助けを叫んで居場所がバレると思うと下手に叫べないし、都合よく高橋が駆けつけて来るとも思えなかった。
よく映画だと上からゆっくり忍び寄って来るのが定番だ。もしやと思い上を見上げると、エマが杖を咥えてとぼけた顔でこちらを見下ろしていた。
「エマーッ!」
呼んだ声が大きかったようで静かな校舎出入口に響き渡った。
その瞬間、後ろの背にしていた下駄箱が下から持ち上がるように弾け飛び、他の下駄箱はドミノ倒しのように倒れていった。
自分はというと、体重が軽かったのも手伝ってドミノ倒しの下敷きにはならず、エマと一緒に倒れた数個先の下駄箱の上に弾き飛ばされていた。
「痛ってぇ」と痛みに浸る暇なく下駄箱の倒された先を見ると、"水虎"ががむしゃらに下駄箱をかき分けてこちらに向かって来ていた。
どこへ逃げたら良いかわからなかったが、とにかく外へ出なければと思い出入口へ走る。
倒された下駄箱の上を必死に飛び移りながら校舎の外へ出た。何とか隠れる所を探さなくてはと必死だ。
校舎出入口を出るとゆるい坂があり、そのまま運動場へとなっている。
勢い良く飛び出したはいいものの、見渡しが良く隠れるところは一切なかった。絶望的な見張らしの良さに血の気が引いていくのがわかった。
運動場へたどり着く頃には追ってきた"水虎"がすぐ後ろまで来ていた。このままだと食われるのは免れない。そう思ったら何故か一か八かの考えになった。
走るのを一旦止め、逆に"水虎"に向かって走り出した。輝風との距離が縮まると"水虎"は大きく口を開けて走る。
"水虎"の口がガチーンっと大きく音を立てて閉じた。
息を切らしていたが何処も食いちぎられてはいなかった。
"水虎"がデカい口を振り、辺りを見渡していたのが見えた。
自分でも良く成功したと誉めたかった。
立ち止まったときに運動場の砂をつかみ"水虎"に向かって走り出した。"水虎"の口が閉じる前に右側の目に向かって砂を投げ、目に砂がかかると"水虎"は口を閉じた。その時、右側に転がりながら回り込み全力で校舎出入口に向かって走った。
"水虎"が壊しながら出たお陰で出入口は大きかった。その為すぐに下駄箱の影に隠れることが出来た。
隠れて様子を見ていると、またひょっこりエマが来て隣でお座りした。まだ口には水晶の付いた杖を噛んでいた。そういえばこいつ、よく無事だったな・・・
何事もなかったようにこっちをじっと見ている。もしかしてこの緊迫した状況で、棒を投げて持ってくる遊びをしろというのか?
あきれた顔でエマを見ているとぐいぐい杖を押し付けてきた。
もうめんどくさいわ、と思い教室に向かう廊下目掛けて杖を投げた。
ピッカーーーーーーーーーッ!
ドーーーーーーーン!!!
光ったと思ったら煙が上がり、廊下が真っ黒に焦げていた。