第3話 高橋カズマ
何事もなく平和な日常を願う自分には、ヒーローになる瞬間は訪れない。クラスでヒーローになる演出をただただ妄想するだけだ。
クラスメートを恐怖のワニから救った高橋が、槍を担いで周りを見ながら壊れた壁から入ってきた。
クラスメートの安否を確かめるかと思ったら真っ先にワニの方に行き、何かを探しているようだった。
しばらくして光る石の様な物を取り出し、ポーチにしまったように見えた。
高橋の着ている服を見ると教室にいたときは制服だったが、今は黒のレザーの様な上下でかなり分厚そうだった。腰にはいくつものポーチのあるベルトをしていた。
普段なら絶対に近寄らない高橋に(高橋じゃなくてもクラスメートには近寄らないが)小走りに近付いた。
走って来る輝風に高橋の方から喋りかけてきた。
「やっぱりお前、夢ん中で意識が目覚めたな!そろそろ自分で喋れるようになってないか?」
教室で自分に話しかけてくるクラスメートなんていないのに、高橋の方から喋りかけてくるとは驚きだった。
高橋の言うとおり思っていることを喋ってみた。
「な、なんともないの?」
自分でも間抜けな事を言ったと思った。
どう見てもなんともないし、そんな事よりこのワニの事や槍の事を聞きたかった。
「あ、あぁこれくらいの"水虎"なら"技"出せば余裕って、あー、このワニみてーなのをみんな"水虎"って呼んでてよー」
高橋は真っ二つになって死んでいると思われるワニを槍でつつきながら話し出した。
「夢食べる"バク"って聞いたことあるだろ?」
「・・・アリクイみたいなヤツ?」
輝風が遠慮がちに聞くと高橋は頷いた。
「実際アリクイはこんな中層域には居なくて、もっと夢の入口付近の上層域にいるな」
高橋の話す内容がよくわからなかった。
首をかしげてる輝風に、高橋がうつむきながら付け加える。
「まーこの夢の世界の住人にならないなら・・・どうでもいい話だけどな・・・」
教室では見たことのない優しい顔が少し見えた。
「それよりよぉ、お前、学校の外から来たんだよな。他に見たことのない生き物、見なかったか?」
そういえば学校に来る前、ここで死んでるワニよりデカいのを見かけたことを思い出し、高橋に教えた。
「マジか!てかこれよりデカいのか・・・」
高橋の眉間にシワがよった。
「それ、"大水虎"だな・・・"大水虎"がいるってことは、普通の"水虎"がまだ何匹かいるな・・・」
少しの沈黙のあと、高橋がなにかを思い出したように輝風に問いかけた。
「今日、学校で新任の先生が来てたろ?」
確か若い男の先生だったと思い出す。
「今日の朝と同じなら、多分このあと全校生徒は体育館に集合して、新任の爽やかゴリマッチョの挨拶だったよな?」
どうやら今見ている夢は、今日学校であった事のようだ。
「実は学校の夢を全校生徒に近いみんなが見ている訳は、新任のゴリマッチョが壇上に上がる時、ジャージのケツが破れて全校生徒の大爆笑の印象が強かった事が理由なんだよ」
「当たり前だけど今寝てないヤツとか、熟睡してないヤツはここにいないんだぜ」
言われて思い出すと今朝、産休で代わりの新任教師の紹介を体育館で行った。
かなり張り切った先生で、紹介のあと挨拶をするとき走って壇上に上がっていた。
新任の先生がスーツじゃない上に、ジャージのケツまで破るハプニング付きだったので全校生徒には申し分ないインパクトを残していった。
印象が強い事を夢に見やすいというなら、高橋の言う全校生徒が同じような夢を見ると言うことも理解で来る。
「夢ってのは寝ている間に何回も見るんだとよ」
「そんで深い眠りの時、まー熟睡の時に見る夢は、時間にして数分・・・でも夢の中では数時間が経過している・・・脳はすごいスピードで夢の出来事を処理しているんだとよ」
夢の中と現実世界で時間の流れが違っているとは、それこそ夢にも思っていなかった。
寝ている間に何回も夢を見ているとは知らなかったし、熟睡の夢はおぼえていないとは驚きだった。
確かに起きて直ぐは、夢の内容を覚えているが、いくつも夢を見ているという感覚はないし、夢の内容も1つしか覚えていない。
「たぶん今見てる夢も現実世界では夜中の2時か3時、この出来事は時間にして5分くらいだな・・・・」
「熟睡だからまず起きても記憶に残ってないし、覚えているのは寝起き間近の夢だから書き換えられてる感じだな」
ふと疑問がわいてきた。
「じゃぁ高橋君もこの夢も覚えていないの?」
高橋の表情がニヤリとなった。
「いい質問だ、そう、起きたら忘れてる、けど寝たら夢の中で全部思い出す!」
「オレ達は、熟睡の時の夢の続きを毎日見てる・・・」
高橋が真剣な表情で言う。
「オレ達は夢の中でバクから人間を守ってる」
真顔で言うからには本当なんだと思う。バクに食われると寿命が減るというのも本当なのかもしれないと、輝風は思うようになってきた。
高橋の夢の世界の説明を聞いていると教室のクラスメートがだらだらと移動し始めた。
「体育館に移動し始めたな」
移動し始めたクラスメートを見ながら高橋が言う。
「オレはこれから全校生徒が"大水虎"に食われないように戦わなくちゃならねぇ」
高橋の決意なのか、ぶれない意識が伝わってきた。
「八神、お前、どうする?このままだと大水虎"に出くわして食われるかもしれねぇぞ・・・教室にいても"水虎"に食われるかもしれねぇから・・・学校から出たほうがいいな」
高橋の話が本当だとしても、どうせ夢なんだから食われるって言ってもどうということはないだろうと軽く考えていたので
「エマもいるし、付いていくよ!」
と、まるで友達かのように答えた。
学校生活であの高橋とボッチの自分が、一緒に体育館に行くなんて有り得ないことだ。
「そうか、エマいるし、なんとかなるか・・・」
「もし"大水虎"いるなら応援呼ばねーとな。」
そう言うとポーチからスマホのようなものを取り出し、どこかに電話をしだした。
「・・・あー、カズマっす、・・・はい・・・で、どうも"大水虎"いるっぽいんで・・・あ、まだ見てはないんですけど・・・・はい・・・じゃー確認したら・・・はい・・お願いしまーす」
輝風は高橋のやり取りをボーッと見ていた。
「よし、応援の要請は出したから、まず体育館に行って様子見ようぜ」
そいうと高橋は体育館の方へ歩き出した。
夢の中ではあるが、なぜ高橋がここまで親しく接してくれるかはわからないが、まるで友達のように接してくれることがとても嬉しかった。
浮かれた輝風は、この後体育館で飼い犬のエマから大切なものを受け継ぐことになる。