第2話 ワニと槍
今までぼっちだった自分に優しい言葉をかけられると、その人の事が気になってしまうのは仕方がないものだ。
高橋カズマに「意識があるなら絶対食われるなよ!」が気になったが、それよりも話しかけてくれた事が嬉しくて、飼い犬のエマと一緒に後を追いかけた。
教室にいるクラスメートは、外の悲鳴に気が付いて廊下側の窓や教室の出入口に集まり出していた。
普段なら教室が騒がしくなっても遠巻きに見ているのがやっとだが、高橋カズマの言った「意識」がはっきりしてきた事で、どうせ夢なんだから少しくらい図々しくても大丈夫かと思い、人を押し避け廊下に出てみた。
何人もの生徒が血相を変えて走ってくる。
生徒のうしろに廊下とほぼ同じくらいの大きなワニのような生き物が、口を開けたまま走って来た。
スピードは早く、体から尻尾までをくねらせながら逃げる生徒を手当たり次第噛み砕いている。
片腕や足を噛み砕かれた生徒は、悲鳴をあげぐったりその場にしゃがみ込んだり、逃げる途中で消えてしまう者や、走るワニに踏まれて姿が消えてしまう者もいた。
生徒が走って逃げる中、先に走って出て行った高橋が、槍のような武器を突き立て廊下で仁王立ちしていた。
ワニにとの距離が近付き始めると、槍のような武器を両手で持ち足を広げ、腰を落とした構えで微動だもせず静かに間合いを測っている。
ワニはスピードを落とさず迫っている。このままだと噛み砕かれるに違いない。
でもなぜか高橋は何かしてくれるような気がしてきた。槍の様な物を持っているし、学校の体育祭のリレーでも、3人抜きして1位まで順位を引き上げてしまう同級生だ。
こんな時にエマが走り出さないようにリードを短く持った。夢の中で「意識」がはっきりしだしてからなのか、冷静に見ている自分に気付く。
ワニが口を開けたまま高橋に迫る。
教室にいた生徒はみんな見ている。叫びながら高橋に逃げるように言っているようだ。ただ叫んでるだけで、ちゃんとした言葉になっていない。高橋の言う意識がしっかりしていないと、本人は逃げろとか叫んでいるつもりでも、意識がある自分には「ワーワー、ナーナー」としか聞こえない。
顔をみても目の焦点が合ってなく、無気力な表情だ。さっきまで高橋は、自分の表情もこんな風に見えていたんだ・・・と思いながら回りを見ていた。
ガッキーン!!
鈍いワニの歯が咬み合わさる音がした。
高橋は噛まれる瞬間に右にスッテップしながら壁を蹴り上げジャンプし、槍を縦に振り下ろし頭上をザックっと斬り付け、ワニの後方に着地した。
走っていた勢いのワニは、転げながら狭い廊下で方向転換して、高橋に再び足をバタつかせながら突進してきた。
頭の傷は深くないようだ。
高橋はワニに向き、槍を構えると突っ込んでくるワニを両手で持った槍でいなし、後ろ足を斬りる。
ワニの通りすぎる時の尻尾に当たらないように避けている姿で、戦い慣れている様子がわかる。
頭と後ろ足を斬られてはいるがまだ弱った様子はない。
ワニは突進をやめジリジリ高橋に迫っていく。
槍先があと2メートルほど近付いたとき、ワニは大きく口を開け噛み砕こうと飛びかかってきた。高橋も走り、飛んでくるワニの下をスライディングしてかいくぐる。立ち上がると背を斬ろうと槍を振り上げ踏み込んだ。
斬れたかと思った瞬間、ワニが着地と同時にぐるっと360度横回転した!
高橋は槍を振り下ろしてはいたが、勢いよく回転しているワニの体に弾かれて廊下を滑っていく。同時に巨体のワニが横回転したため、廊下の壁と教室の壁がえぐれるように崩れた。
崩れた時、廊下にワニを見にきていた数人の生徒が壁と共に吹っ飛んでいった。幸い輝風とエマは、崩れたとこから離れていたため巻き込まれずにすんだ。
悲鳴と共に大勢の生徒が騒ぐ。
騒がしい方をワニが見た。生徒たちとの距離は近い・・・ワニにしてみれば何でもいいらしい。標的が変わってノシノシと大勢いる生徒のほうに向かってきた。
「ヤバい!!」
高橋が大声を出して焦っていた。声の方を振り向くと、舌打ちしながら槍を8の字を描くように振り回し、片手と脇で抱えるながら走って来た。
一瞬高橋が青い光を纏った。
次の瞬間、物凄いスピードでワニに接近しながら青い光は、ひと突きでワニの胴体を真っ二つに引き裂いた。
壊れた壁から教室に入りかけたワニは、動かなくなり息絶えたようだ。
ワニの横っ腹を貫いた高橋は槍を振り、体を覆っていた光は徐々に薄れて消えていった。