第1話 教室
ここは夢の世界。
人は深い眠りの時の夢は覚えていない。
自分は意識だけの存在のようで、手も足もなく喋る口もなかった。
辺りを見渡すことは出来た。
ここは何処かの山の登山口のようだ。古い石段があり、木々が立ち並び奥には鳥居が見える。
目の前には1人の若者と大きな獣がいる。
その獣は頭が猿、胴体は固そうな毛に覆われ手足は虎のようで尾が蛇になっていた。
ゲームで見かける鵺に間違いない。
どうやら若者はこのヌエと戦うためにここにいるようだ。
木々の間を若者とヌエが睨み合いながら歩く。
若者は腰に刀をさしており、左手はいつでも刀を抜けるように鞘を握っている。
睨み合いが続くのを嫌がったのか、ヌエが「ヒョーヒョー」と鳴くと雷が木に落ちた。
ヌエの威嚇だろうが、若者は微動だもしなかった。
遅れて音が轟く。
落雷した木がゴウゴウと燃えて出した。
ジリジリと距離を積めていく若者。
またヌエが「ヒョーヒョー」と鳴くが、今度はヌエの目が青く光っている。次の瞬間、辺り一面に雷の柱が何本も降り注ぐ。
若者はなれた様子で落雷のシャワーの中、ヌエの前足まで詰め寄る。
待ち構えていたようにヌエが、若者めがけて爪の出た前足でひっかく。
狙っていたのは若者のカウンターだった。凄まじい速さの抜刀でヌエの前足が斬れ、曲がるはずもない方向に向いていた。
前足のダメージがたまらずヌエは、その場から逃げ出そうと若者に背を向けて木々の中へと消えようとしていた。
若者は素早く回り込み、ヌエの顔面めがけて縦横無尽に斬り付ける。
横一文字に回転しながら刀を振り抜き後方へ走り抜けると、ヌエがドッサっと倒れこんだ。
辺りはヌエの落とした雷で木々が燃えている。
若者は刀を鞘に納め、ヌエに近寄っていく。
あと2、3歩で手が届くというところで、ヌエが起き上がり渾身の雷を呼び寄せた。
若者に落雷したかに見えたが瞬時に抜いた刀に雷は落ち、そして雷をまとったまま納刀すると、若者は大きくバックステップした。
片足が地面に付くほどに低い構えからヌエめがけて抜刀すると、刀身から雷がほとばしる。
青白い光がヌエを貫き、轟音と共に燃え上がった。
ここで意識が遠退き、上がっていく感覚があった。
薄れていく意識たっだが、若者がこちらを見ている気がした。
この夢も起きたら覚えてはいないのだろう。
・・・そういえば夢を見るって始まりはどこからなんだろう。
今日も夢の中の自分に気付く。
知らない家の二階の窓から外を眺めていると自分が通っていた中学校が見えた。
学校のグランドで何か見える・・・かなりデカいワニ?ノシノシ歩いているのが見えた。
離れた家の窓から見えるのだから相当な大きさなのだろう。
ただボーと眺めていると知らない家なのにどこからともなく家で飼っている犬のエマがやって来た。
首輪にリードが付いている。
何気なくリードをつかんだ瞬間、エマが走り出し窓から飛び降りた。リードを握ったままの自分も引っ張られて一緒に飛び出す。
一瞬焦ったが二階から飛び降りてること、窓にぶつかったとき何も割れなかったことが同時に頭に入ってきて怖がるより窓にガラスがなかった事に笑えてきた。
二階から飛び降りた割には着地はふんわりだった。きっと夢だからだろうと変に納得した。
知らない道をエマはどんどん走っていく。学校のグランドに向かっているらしい。
このまま行くとさっき見たデカいワニと遭遇するかもしれないと思い、エマに「待て!止まれ!」と叫んだが、相変わらず自分の言うことは聞きもしない。
引っ張られて走ったのであっという間にグランドに着いた気がした。
回りを見たがデカいワニはいなかった。ホッとしたがグランドにはこれ以上いたくなかった。
なんとなく犬のエマに引っ張られながら学校の中に入っていく。
学校は生徒でいっぱいだった。
夢の中の教室にいる生徒を見ると、学校の制服だったり野球のユニフォームで話をしている生徒や体操服の生徒、柔道着の生徒やパジャマの生徒、大人びたセクシーな服を着た生徒となど色々な格好でみんな笑いながら楽しそうに話している。
なんだか楽しい気分になり自分の教室に行ってみたくなった。
教室までの道のりの記憶はなく、気が付くと教室の前にいた。中を覗くと全員いるように見えた。
さっき見た教室のようにみんなバラバラの格好をしている。制服の女子、部活のユニフォームの男子、オシャレな私服はクラスで1番可愛い桜井だった。
ひときわ騒いでいるのはクラスを仕切っている坂上。坂上はパジャマを着ているがなぜか下は何も履いていなかった。なぜ何も履いていなかったのか考えるのはよそうと思った。いつものように教室の角で何人かとつるんで騒いでいた。
そういえばと思い自分を見ると、いつもの冴えない家着だった。
そのまま教室に犬を連れて入るが誰も気がつかない。こちらを見ることもなくみんな笑いながら話している。誰も気がつかないのは夢でも現実でも同じだった。
突然エマが走り出した。走った先はクラスで無口な高橋カズマのところだった。
高橋カズマといえばクラスを仕切る坂上に一切従わず、一匹狼的な雰囲気を出す人物。普段から話しかけてくるなという近寄らせないオーラを出す存在だ。
そんな高橋カズマは寄って来たエマの頭を撫でていた。内心意外な一面を見れたことに嬉しくなったが、喋りかけてきたことには焦った。
「八神、エマと一緒ってことは、お前が引き継いだのか?」
自慢じゃないがクラスで自分に話しかけてくるヤツなんて誰もいない。自分のフルネームが八神輝風って知っているヤツがいないと思っていた。
クラスではイジメられているというよりは、誰も何も関わってこない。空気のような存在で過ごしている。
当然クラスメートなんだから自分の名前を知っていても不思議じゃないが、まさかあの高橋カズマが話しかけてくるとは思っても見なかった。これも夢だからだろうと納得するしかなかった。
それにしても夢とはいえなんで飼い犬の名前知ってるんだろう?あと意味不明なことを言ってきた。「引き継いだのか?」ってなんのことだ?
「八神、自由に動けるか?俺の言ってることが理解できてるか?」
何を言ってるんだろう・・・というよりも自由に動ける?相手の話を理解する?その事を考えてみる自分に気が付いた。だんだん意識がしっかりしてきたというか、高橋カズマの言ってることが理解できてきた。
夢の中で自由に動いたり話したいことを話したりは、出来ているようで以外と出来ていない方が多い。今も高橋カズマに返事すらしていない。
それが今だんだんと目が覚めるように意識がしっかりしてきて夢の世界が鮮明に見えてきた。
「八神、だんだん顔つきが変わってきたぞ。理解できてきたみたいだな。」
「幸か不幸かは後で考えるとして、ここに来るまでになにか変わった生き物は見なかったか?」
高橋カズマになにか聞かれたことより鮮明に見える夢の世界に驚いていた。
「おい、聞こえているか?」
「「うわぁーーー!!」」
「「きゃーーーーっ!!」」
高橋カズマに返事をしようとした時、廊下から悲鳴が聞こえた。それも1人じゃなく大勢だ。
「まずい、何人か食われてるぞ。」
悲鳴がする方を見ると何人もの生徒がうしろを振り返りながら逃げるように走っているのが見えた。
「意識があるなら絶対に食われるなよ!寿命が縮まるからな!」
そう言うと高橋カズマは教室を出て走っていった。