私の頼れるゴリマッチョ07
___体が重い!
ログインした。
頭が少しジクジクと痛み、体は重石が乗ったように重く、関節が軋む。部屋には月明かりが差し込んでいた、もう少し覚悟してログインすればよかったと後悔する。
暖かい掛け布団をどけて動こうとするが、余程酷い状態だったのか、体が動かない。まるで金縛りにあったような感覚だ。私の掛け布団はこんなに硬かっただろうか___違和感を感じる。
動くのをあきらめて月を眺める。まだ全身は痛いが、湊さんの言った通り、死に戻りではなく普通に横にしてもらえていたようで安心する。
暗闇にだいぶ目が慣れてきたところで、辺りを見渡す。可愛いくまのぬいぐるみや、クローゼットなど、一応生活に必要なものがそろっている。茶色や若草色で統一された部屋。私の現実の部屋より可愛い。
もう一度動こうと掛け布団を動かす。それでも動かない布団。それどころか、心地いい寝息が耳に入る。
そう、掛け布団となっていたのは筋肉だった。湊さんが、どうやら一緒に寝ていたみたいだ。私のベッドでは小さかったのか、足や背中がはみ出ている、それでも表情は柔らかい。
私の上に乗せられていた湊さんの体をどかし、ぼさぼさとしている頭を撫でる。くすぐったいのか、口が歪む。その無防備な仕草が愛おしくて仕方なくて、笑いながら赤ちゃんのようなもちもちほっぺを触る。
「ありがとう」
私がこの疲労感で嫌な気分にならないように傍にいてくれたんだろうか、それとも連れて帰った後に疲れてそのままログアウトしてしまったんだろうか。いつもはお互いの部屋でログアウトしているので、どちらにせよ、ログインした時に一緒に居れてよかった。その愛くるしさで、髪の毛に指を通し撫でる。ぼんやりと、シャツからはみ出しそうな立派な筋肉を眺めながら、厳つさがない油断した可愛い顔を眺める。
突然、筋肉の目が開けられた。
「うわ!」
「うわあ!?」
慌てて飛びのいた為、ゆっくり慣らしていた私の関節や筋肉から悲鳴が上がる、目から火が出そう...
湊さんも私の声で驚いたのか、大きい音を上げながらベッドから落ちる。
「大丈夫?!びっくりして、ごめんなさい!」
痛みを我慢しながら床に落ちた湊さんに近寄る。
「い、いや、大丈夫だよ!いてて」
ははは、と乾いた笑い声を上げながら筋肉が起き上がる。今日もまた立派なむちむち感...
「ヒール」
私は回復系の魔法職ではないので、使える回復魔法はこれしかない。軽い擦り傷や、疲労感、痛みを少しだけ回復できる。気休め程度にしかならないが。
湊さんがほんのり黄色に染まる。痛みでうまく笑っていなかった顔が、太陽のような眩しい笑顔へと変わる。
それと同時に激しいめまいが襲ってくる。魔力がまだ回復しきっていなかったみたいだ。
ぐったりしている私を、美しい深緑の瞳がこちらを心配そうに見ている。私の側面にがっしりとした手が添えられる。これだけでも回復できる気がする。湊さんに今できる最高の笑顔を向ける。
「嬉しいけど無理しないで!ありがとう!」
私を、初恋した時のように甘酸っぱく高鳴らせる筋肉に抱かれ、またベッドへと戻されてしまった。心配そうな忠犬がこちらを見ていたので頭を撫でた。
筋肉は新鮮な赤林檎へと変わる。勿論星空より素敵な笑顔付きで。
「今日はスキンシップ多いね」
「落ち着くの、許してね」
「いいよ、俺でMP回復してね」
吸収系の魔法は覚えていないが、回復できるような気になる。多少硬く余り整えられていない髪の毛だが、その手にちくちくと刺さる感覚もまた愛おしい。
身体中が痛く手を動かすのが大変で、あまり気持ちよくできていないと思う。それでも柔らかく、心を込めて頭を撫でる。
床にちょこんと座りこちらを覗き込んでいる湊さんは、ぎこちない私の撫でにうっとりとした表情を浮かべている。なんだか夢みたいだ。倦怠感にまみれた全身に暖かさが充満する。
「そういえば、あの狼たちは大丈夫だった?」
「みゆちゃんが倒れた後、羊角の方は逃げちゃったんだ、でも一角獣の方はきちんと倒せたよ。ただ死体がすぐ消えちゃって...」
「え?剥ぎ取りできなかったの?なんでだろう」
「そうなんだよねぇ、死体が残らないとおかしいんだけど」
このゲームでは死体が残る。必要な部分だけ剥ぎ取り、残った死体部分は腐敗防止のため燃やすか、周りに肉食モンスターがいるようならその場に残して帰る。
また、過剰に一種類のモンスターばかり討伐した場合、絶滅してしまうか、狩られていないモンスターがさらに賢く強くなって戦いにくくなる。例えば比較的狩りが低難易度の草食モンスターばかり狩ると、その草食モンスターを餌としていた肉食モンスターが村を襲ったりする。
初期に絶滅寸前まで狩りを行ったパーティがあって、その近くの村が大量の狼に襲われることがあったので判明した。さらにはその草食モンスターたちも森深く、隠れて住むようになり狩りが大変になった。楽なモンスターでレベル上げをしていたはずが、自分たちの行動のせいで生態系を変え、簡単なことが難しくなってしまったのだ。
勿論そのパーティは他プレイヤーから大バッシングを受けて掲示板は荒れ果てた。今ではもうプレイしていない。失敗から学んでこれから活かせばいいだけなのだが、変に現実味を帯びているがただのゲーム、感情が強く出すぎてしまう。バッシングした人も普段ならそこまで言わないだろう。
何気なくステータスとアイテムボックスを確認する。アイテムボックスは重量制限や賞味期限などはあるがすべてウィンドウで確認できる。
レベルが3程上がっていた。今の私は1つレベルを上げるためダイアウルフを20頭は倒さなければいけないのだが、改めてあの狼の恐ろしさに鳥肌が立つ。
ステータスはMPがギリギリ、HP以外のすべての能力値にマイナス補正がかかっている。死に戻りではなかった為、そこまで酷くはないが...これは時間経過や食事で治るので、暫くは狩りにはいけないな。
アイテムボックス内にはHP、MPポーションなど回復用の飲み物__バナナミルクみたいな味がする__と、杖がなくなったときの為の短剣、砥石...あと、くすんだ茶色の古書のような、表紙のない厚い本が入っていた。勿論、入れた覚えがない。
「湊さん、これ...」
アイテムボックスから取り出す。装飾のない、手で持つとしっとりとした感覚を与えてくる古書、初めて触るがいつも触っている感覚になる表紙。中は普通の紙でできているようだ。意外と重みがある。
「え?何これ...」
皮膚のようなきめ細かい模様の入った本を、おそるおそる受け取る筋肉。先ほどまでの赤はどこに行ったのか、表情筋が硬く、引きつってプルプルしている。
それでもパラパラとめくる。横から見ていたが、結構内容が書かれているようだ。魂、輪廻転生、魔法、知恵...魔導書か何かなんだろうか。好奇心が抑えられない。
「俺読めないんだけど、読める?魔法使い専門アイテムかなぁ」
「読めるみたい。皆にドロップじゃないし、そうかも?」
一角獣の動きを止めて致命傷を与えたのは私だが、もしドロップアイテムならとどめを刺した湊さんに行くはずだ。それか、全員に平等に配られるはず。その特別感にまた胸が少し高鳴る。
湊さんから変な魔力を帯びている本を受け取る。内容を読むのが少し怖いが、時間が余ったら読んでいこう。
「これ、触り心地気持ち悪い...」
「そうかな、まぁ確かに...あんまり見ないよねこういう本」
今すぐにでも読みたいが、まだ読む時間はいくらでもあるだろう。とりあえずバッドステータスを回復させることに費やそう。
本はベッド横の机に置いておく。戦闘中に読むことはないので、ログアウト前ぐらいに一気に読もう。
少し楽になった体を起こす。湊さんはまだ不可解そうな顔をしているが、私が動いたので笑顔になった。
「今日はなんのご飯にしようかなぁ」
「そうだ、今日は俺が作ってみてもいい?最近料理始めたんだ!」
「本当、いいの?」
「でも期待はしないでね...」
「手料理初めてだね、嬉しい!期待してる!」
「期待しないで~!」
湊さんの頑丈な小麦色の手に、私の恐ろしい白さの細い手が重ねられる。二人で笑いあいながら、リビングへと向かった。