私の頼れるゴリマッチョ04
次の日。
今日もまた無事定時に上がることができたので、足早に帰宅する。周りには目の色が消えた人が歩いている中、白い息を吐きながら柄でもなくスキップなんてしてしまう。
今日は愛しのマッチョこと湊さんに会えるだけでなく、パーティメンバーが勢揃いする日なのだ。
最近皆リアルが忙しく、なかなか皆で気軽に会うことが出来ていなかった。
だけど今日はあの時の全員で会えるのだ!
息を多少荒らげながら小走りで家へと向かう。スキップは通行人から不審がられたのでやめてしまった。
___そういえば、澪さんは結婚してたんだっけ?
私たちのパーティで初めに恋人になった澪さんを思い出す。
実は性別も自由に変えられるので、当時はネカマ・ネナベによる騙し行為もあるんじゃないかと言われていたが、その辺はシステムがしっかりしている。
婚姻の書類__書類というかステータスに似たようなものだけど__にはリアルの性別しか選択できないようになっている。きちんとお互いがその書類を見て、最後に2人の直筆のサインを入れた場合にしか婚姻は成立しないようになっている。
今は現実でも異性、同性関係なく結婚は可能なので、ゲーム内でもお互いが同意すれば大丈夫だ。
また、ゲーム内でも一夫一婦制の為、現実でもゲームでも既に結婚している場合は書類がエラー音を発する。重婚はできず、もしハーレムを作るなら本妻と側室__側室はただの恋人だが__と分ける必要がある。
なのでハーレムプレイをしている人は、基本的に婚姻制度を利用していない。
つくづくどうやってそのシステムを導入したのか気になるが、多少自由な分、悪質なものを減らす努力がされているのだ。
まぁ、現実でもあるような結婚詐欺__と言ってもゲーム内のお金やアイテムが無くなるものだが__は防ぎようがないらしく、まれに騙された人が真っ白に燃え尽きている姿を見たことがある。
「ただいま」
照明をつけ、鍵を閉めて部屋に入る。特に汚くもなくキレイでもない部屋が私を迎え入れる。ふかふかのカーペットの感触をタイツ越しに感じながら、寝間着に着替える。部屋の光熱費など諸費用は一律料金で、更には部屋の温度を自動調整機能がついている。常に付けたままの状態に近い。仕事中は消えているらしいが。
やはり外は寒かったようで、かじかんだ指に血液が流れだすような心地よさを感じる。
___トイレも済ませたし、お風呂やご飯はログアウトの後でいいか
胸が高鳴るのを感じる。私はとても今日を楽しみにしていたのだ、気恥ずかしさと、微かに不安も感じる。
一人では大きいベッドに横になり、ギアを付ける。そして、目を閉じた。
「ログイン」
目の前にはログハウスのような木造の家の一室が広がる。頭には何も装着していないし、部屋の外から騒がしい男たちの声が聞こえる。
今日の集合場所は私たちの家だ。
わくわくしながら飛ぶようにリビングへと向かう。
「おー!みゆさん、お久しぶり!」
「Kouさん早いね!おひさ~」
真っ先に挨拶してくれたのは盾剣士のKouさん。赤髪赤目の可愛い系フェイスのイケメンさんだ。
身長はあまり高くない。
「よっす!」
「よっす!」
次にソウさん。この挨拶は定型文のようなものだ。服装はいつも通り黒い。手袋も黒なので、全身が黒い。格闘家のはずなのに、いつも通り動きにくそうな厚着で安心する。
「みゆ!もう遅いよ~!」
「みゆさんお久しぶり!」
「ごめんごめん、久々に会えて嬉しい!」
澪さんとユーさんの二人だ。澪さんは室内なので鎧を外している。美しい顔とエルフの長い耳が特徴だ。目はすこし釣り目の、クールな大人の女性という印象を受ける。別にクールではないけれど。
ユーさんは見た目はパステルカラーの青色の髪の毛の爽やかな男性ではあるが、いつも大きく口を開けて豪快に笑う。発言も暑苦しい時が多く、そのギャップがたまらなく面白い。
「みゆちゃん!」
「湊さん!」
私より一回り大きく暖かい筋肉に包まれる。周りからからかうような声も聞こえるが、これは私たちの挨拶なのだ。筋肉に埋もれながら、今日の疲れを癒す。
湊さんは照れ笑いしつつ、いつもより少し短い抱擁が終わる。
「久々にみんなで会えて嬉しいよ、ありがとう」
「ごめんね、最近忙しくて!でもまた少し落ち着いたから、狩りにいこうぜ!」
「今日は何する?」
「もうすぐイベントだしレベル上げ?」
一斉に話し出す為騒がしさが倍増する。特にユーさんの声は低いのによく響く。少し食器が揺れていた。
イベントというのは、月に1回、集団かソロか問わないが、達成条件を満たすことが出来ると特殊なアイテムが貰えるものだ。
内容は様々で、ある特定のアイテムを集めたり、魔物が大発生したり、おばあさんのおつかいをしたりする。先月は魔物が大発生だったなぁ。
蛇足だが、年に1回コロッセオでジャンル別の闘技大会もあったりする。格闘、魔術、剣術、使役・召喚系で分かれている。1位は何らかの商品が貰えて、さらにランキングに乗って軽い有名人になれる。
「皆もう何か食べた?」
「まだ!料理楽しみにしてきたんだ!」
「お腹がペコペコだよー」
格闘家ジョブのイケメンコンビがお腹をポンポンと叩きアピールする。今から一から作るのは手間なので、昨日のハンバーグを肉団子に成型しなおし、肉団子と野菜のトマト煮込みを作ろうと思う。
「澪さん、パン焼いてもらってもいい?」
「おっけー」
澪さんは剣士だが、初期の魔法はすべて取得済みなので安心してお願いができる。
すでに二次発酵まで済ませて型に入れられたパンを取り出してもらい、魔法で焼いてもらう。
実はゲーム内でアイテムボックス__という名の木箱__に入れたものは腐らない。冷蔵庫もそうだ。ただ、持ち運べるバッグ型のアイテムポーチにはその機能はない為、もし遠征に出かける場合は現地調達か、長持ちする干物を用意しなければならない。
切った大量の野菜たちを少し深めのフライパンに入れ、油の弾ける明るい音を聞きながら炒めていく。パンもいい感じに焼けてきたようで、その破壊的な匂いによって男たちのおなかから悲鳴が聞こえる。
___肉団子だけじゃ寂しいか
冷蔵庫からつやつやの美しい鶏肉を取り出し、食べやすい大きさに切っていく。これは森の中で一番多いと言われているクック(にわとり)の肉だ。牛や豚より圧倒的に多い。さっぱりとしていて、割とどの料理にもあう。使いやすい食材だ。
ゲーム内にはトマト缶やコンソメなんて便利なものはないので、美味しい味にできるか不安だ。
風魔法を利用し、大量のトマトを潰していく。数個のトマトはそのまま入れたいので、食べやすい大きさに切断する。
「湊が羨ましい…」
「へへ、いいだろ!」
筋肉が誇らしそうにゴリラのドラミングポーズになる。これは料理が失敗しないよう頑張らないと。
野菜を炒めたフライパンに肉団子、鶏肉を入れ火を通し、いい色になったところでトマトを入れる。そこに調味料たちを入れ、味を調えていく。
野菜はどれも最高品質なので、どうか美味しい味になりますようにと祈りながら、煮込む。
その横で余った鶏肉を焼いていく。こっちは軽くつまめるだけでいいので、塩焼きだ。
焼いている間にレタスを千切る。玉ねぎは薄く切り水につけておく。こっちは自家製ドレッシングがかかった手抜きサラダだ。
「よーし、お皿の用意を頼んだ!」
「サー!」
パンや料理を見ていた男性たちが動き出す。食卓にオシャレなデザインのお皿が並べられ、私や澪の元にもお皿__パンもお皿に置くつもりだ__が渡される。
用意が終わった料理たちをお皿に入れる。すべての料理は大皿からみんなで取ってもらうスタイルだ。分けるのが面倒なわけではない。
先ほどまでオシャレな食卓が料理と笑顔によって一気に彩られる。この瞬間が好きで料理をしているのかもしれないなぁ、と考えながら、食卓に着く。
「いただきます!」
男性たちはいっせいにトマト煮に向かった。私や澪さんはサラダからだ。ゲーム内の野菜が美味しいので、現実でも野菜好きになってしまった。嬉しい悲鳴だ。
「んまー!」
「鶏肉もやっばい!最高!」
口の周りと頬を若干赤くさせながら笑顔で食してくれる。筋肉もなんだか誇らしげだ。
戦うのも好きだけど、こうやってスローライフを満喫するのもいいなぁ。と、思いながらトマトに煮込まれ赤くなった肉団子を食べる。
ミンチ肉の大きさを変えているので噛むたびに面白いし、ジュワ…と肉汁が出る。お肉の甘みが一気に口の中に広がり、トマトの甘みや酸っぱさや野菜たちの味と混ざって幸せな気分になる。
「この後イベントの為にレベル上げだよね?」
「ん、そうだね、今日は終わったらセーブ地点に帰るつもりだし、草原エリアでどうかな?」
「私はいいよ、夜の草原強いから怖いなぁ」
今話している澪さんに焼いてもらったほかほかのパンを食べる。小麦の香ばしい匂いと、咀嚼した際にトマト一色だった口の中を一気に包み込むような爽やかな甘さがたまらない。澪さんの焼き加減も絶妙だし、私のパン自体もうまく作れたようで満足だ。
「いやー、昨日から戦いまくってたのに空腹度マイナスだったから本当最高だわ」
「何やってんだよ、ジャーキー食えよ」
「あれ、それほど回復しないしかさ張るからめんどくさいんだよ」
「ステマイナスよりはマシだろバカかよ」
「は?誰がバカだって?」
ペナルティアリで活動していたらしいKouさん、そういえば昨日は湊さんと一緒に狩りにいってたんだっけ?
「ココに来ればよかったのに、昨日はハンバーグだったよ」
ハンバーグと聞いて、料理を貪っていたみんなの動きが止まる。Kouさんに至ってはこの世の終わりのような表情をしている。
「あぁぁぁ、別の予定さえなければー!」
「まぁ、次があるって」
「…ドンマイ」
ハンバーグはやっぱり皆好きなんだな、湊さんは一人ニンマリしている。
そんなくだらない会話をしていたら、いつの間にか料理はすべてなくなっていたらしい。なくなったトマト煮にパンを付けて食べる。
賛否両論あるとは思うが、私はこのトマト煮の残りにパンをつけて食べるのが好きなのだ。私がそういう食べ方をしたので、嬉しそうに皆トマト煮にパンを付け始める。お皿の模様がきれいに見えるぐらい、きっちり食べ切った。
皆で満腹のおなかをさすりながら、ほぅ…と息をつく。
最初にその沈黙を破ったのは澪さん。
「もうちょっと休んだら草原いこっか」
その申し出に皆大賛成だった。
次からアクションシーンです