私の頼れるゴリマッチョ15
この前のように、部屋にフルメンバー__澪さん、kouさん、ユーさん、ソウさんと私と湊さん__が揃う。先程までの重い空気が一転、ワイワイと騒がしくもオレンジ色の空気になる。私は澪さんと、男性陣は男性同士世間話を楽しんでいる。
私と澪さんの今日の話題は料理だ。お菓子の方だが、澪さんもチャレンジしているらしい。ユーさんが甘党だからだと、少し頬を染めながら教えてくれた。
私は分量がキッチリわからないと上手にお菓子が作れないので、普段使っているレシピサイトを送ってあげた。初心者向けから上級者まで、古今東西のお菓子を幅広く扱っているサイトで、ゲーム内の設備があまり揃っていない状態でもできるレシピが乗っている。
このサイトは、ゲーム内ジョブの料理人の方々が集まって作ったサイトなので、本当にいつも参考にさせてもらっている。
澪さんもそのレシピの量に少し驚いていたが、真剣に「シフォンチーズケーキ」の作り方を読んでいた。美味しいよね、シフォンチーズケーキ。ふわふわで、口の中でじんわり溶けていく時に香るチーズのなんという幸福感。想像するだけで幸せになれる。
男性陣の方は、さっき話していたバカ王子の話や、私がおばさんに聞いた話等をしているらしい。イベントの開始なのかがやはり気になるようだ。
このゲー厶はバーチャル世界に日常やリアルさがあるのが売りだと思っているので、日常の中でイベントが起こってもおかしくないだろう。国家が揺るぎかねない最重要イベントではあるが、それを止める国民となるのも面白そうだ。
澪さんを見る。今度は「ガトーショコラ」のレシピを読んでいるようだ。ちょくちょくお菓子作りの方法を聞かれるので答える。湯煎でチョコレートを溶かすのも、正直初めての時はよくわからなかったな、と思い出す。
澪さんは本当にきれいになったと思う。勿論アバターなので、本人が綺麗になったかはわからないのだが、言動もやっぱり変わったなと思う。もとは料理は食べる専門だったが__パン作りは好きらしく、よく手伝ってもらっていたが__そんな澪さんも料理に挑戦している。料理するより狩りをして、そちらのスキルアップのほうを主にやっていた澪さんだが、結婚すると、女の人はこんなにも変わるのかと思わされる。
一生懸命レシピを読む姿だけでも美しくて、眩しく感じる。
____私も結婚したら、澪さんのようにキラキラと輝けるのだろうか?
ちらりと、まだ男性同士で盛り上がっている中のゴリマッチョを見る。他の男性陣に比べても一回りは大きいのではないかという巨体を揺らしながら笑っている。その仕草を見て少し幸せな気分になる。
____目が合った。
思わず澪さんの見ているレシピに目をそらしてしまった。顔が熱くなるのを感じる。湊さんは微笑んでいるような感じがする。ものすごく恥ずかしい。
澪さんはまだガトーショコラのレシピを真剣に読んでいる。
ふと思い出す。私は元から料理は好きだったが、リアルではご飯が支給されるため食費を浮かせるために料理はしていなかった。外に出るのも面倒だし、NPCとしてそこにいるだけのほうが楽だからだ。
でもゲームを始めて、湊さんと出会って、ここまで料理ができるようになったと思う。プロの技ではない家庭料理だが、それでもチームメンバーを笑顔にする魔法使いになれてると思っている。
やはり私も、旦那__まだ彼氏だろうか__ができて、人間として生きれるようになったのだろうか。
私にとってこのゲームは、楽園のようなものだ。現実世界ではただのNPCで、誰かと喋ることもなく、誰かに注目されることもなく、昇給も昇進もなく、ただ、言われたことをやって帰って寝るだけの生活だった。特に目標もなく、ただ寿命を費やしているだけ。無駄だと言われることも勿論ない。自分では無駄な人生だと思っているが、ただ生きているNPCも現実世界には必要だと、勝手に思っている。
ゲームを始めて、初めてNPCではなくなった。色んな人と出会って、怒ったり泣いたり笑ったり__思えば現実で感情が揺れたことはなかった__何か目標を立てて達成する難しさや楽しさを学んだり、本当に幸せな日々だ。プレイヤーとして生きることの幸せを、存分に味わっている。
ではこのゲームのNPCはどうなんだろうか?
私のように、ただ言われたことをやっているだけなんだろうか。プログラムされている行動しかできない、私の現実のような人生なんだろうか。いや、生きていることすら自覚できないのだろうか?
「みゆちゃん」
でも、プログラムにしてはリアルすぎるような気がする。確かにAIが発達しているとはニュースで聞いたことがある、人間のように考え、動くロボットが生産されていて、人間は機械ができないような仕事__主に深く考える事が必要な仕事だと聞いたことがある__を主にやって、その他の仕事を機械が補っていると。
じゃあ考えることもなくただ人生を無駄に過ごしてきた私は、本当に人間なんだろうか?
「みゆちゃん!」
「あえっ!」
湊さんの声で正気に戻ったが、驚きすぎて変な声が出てしまった。全員がこちらを向いていて、笑いをこらえているようだ。恥ずかしさで顔が一気に赤くなる。
「へへ...ど、どうしたの?」
「さっきから話しかけても反応しないからどうしたのかなって、絶対変なこと考えてただろ~」
「そ、ソンナコトナイヨー」
頭を掻きながら半笑いで答える。湊さんも半笑いしながら疑いの目でこちらを見ている。他のメンバーは堪えきれなくなったのか、大声で笑っていた。
____そういえば皆はどんな仕事してるんだろうなぁ
私もつられて笑いながらそんなことを思う。勿論ネットゲームでリアルの詮索になるような事を聞くのはいけないと勝手に思っているので聞けない、寧ろ私に聞かれたら困るから聞かないだけなのかもしれないが。
思えば湊さんの職業すら知らない、私が答えたくないことは質問しないような優しい人だから、聞かれなかったのかもしれない。
その事実を思い出して頭と胸が軽く傷んだ。
「あー、もうみゆさんのせいで何の話してたか忘れちゃったじゃん~」
「それ私悪い?!」
「悪い悪い~!」
「んふふ、一緒にレシピ見てくれてるかと思ったら遠くの方見てるんだもん、びっくりしちゃった」
「本当に、また何か起きたのかと思って心配したよ~」
今は笑顔になって、その私より大きな胸を撫でおろすゴリマッチョ。Kouさんやソウさんはおかしく私をからかって来て、澪さんとユーさんは微笑んでいる。
思えばあんな事があったのだ、いきなり仲間のひとりがログアウトした時にのように無反応になったら怖くもなるだろう。なんだか申し訳なくなってくる。それと同時に心配してくれた事が嬉しくて変な笑い顔を見せてしまった。皆つられてまた笑う。幸せの連鎖だ。
「えへへ、ごめんね」
また、みんなで笑いあった。