私の頼れるゴリマッチョ14
「お疲れ~」
kouさんと湊さんがキッチンの方へ向かってくる。kouさんの手にはビンが持たれていて、中身はぶどうのジュースのような色をした飲み物だ。ビンの蓋を開け中身をコップに移し、私と湊さんに渡してくれた。
ぶどうのいい香りが辺りに漂う。たった1口でも口にすれば、熟れた果実が実る果樹園にたっているような気分にさせる。味も濃厚で、若干喉に絡みつくような面白さも感じさせてくれる。これは美味しい飲み物だ。
「何これ、すっごい美味しい...」
「美味しすぎ...」
「友達が農家プレイしてて、ワインは失敗したらしいけど、ぶどうジュースは完成したから貰ったんだ。美味しいよね」
「本当においしい!今度会いに行きたいね」
友達もう大喜びでさ〜!というkouさん。なんとかその友達を表現しようとジェスチャーしているが、空中で平泳ぎしているようにしかみえない。湊さんも同じ気持ちだったのか、2人で噴き出してしまった。
kouさんはうまく伝えられたと喜んでいたので内緒だ。
現在お米は蒸らしに入っている。その間にチキンライスの具材を炒めていく。
切っておいた鶏肉や野菜たちをフライパンに入れ、軽く塩コショウなどで味付けし炒めていく。お肉のやけた時に発される人間を溶かす匂いは犯罪だと思う。お腹がとても空いてきて、マッチョから、ぐぅ、という見た目に似合わない可愛らしい主張が聞こえてくる。もちろん面白くて3人で笑いあった。
ちょっと蒸らし時間が短いが釜の蓋を開ける。開けた瞬間に白く暖かい蒸気と、それと同時に香るお米特有の匂いが顔を覆う。そして男達から歓声が聞こえる。1粒1粒がつやつやと、まるで朝露のようにキラキラと輝く様は美しく磨き上げた宝石のようだ。
そのご飯を木製のしゃもじでかき混ぜて、チキンライスの具材の入ったフライパンに投入する。お米が焼けていく音や香ばしさが弾けて私達のお腹を攻撃してくる。つまみ食いしたくなるぐらいの美味しそうな香りだが、今は監視の目があるのでぐっと堪える。
いい感じに混ぜることが出来たら次は自家製トマトケソースを投入。先程までのお肉や野菜、お米の攻撃的な匂いに、さらにトマト独特の甘い香りが追加される。量が量なので混ぜる手が少し疲れてきたが、美味しい料理を作るため、更には喜んでくれる笑顔の為に気合を入れて混ぜる。
もうすぐ完成しそうなので、ゴリマッチョとkouさんが皿等の準備を始める。調理台の近くに3つのお皿、食卓にスプーン、コップなどを用意してくれた。グレープは流石に合うかわからないので、念の為に川で取ってきた美味しい水も出してもらう。
いい感じにトマトソースが全体に馴染んだところで味見をし、最終調整に入る。もう大丈夫だと思う味付けになったところで一旦火を止め、お皿に載せていく。次は卵を割って溶いていく。新しくフライパンを出し、バターを溶かして卵を流し入れ、菜箸で軽く解しながら形を整えて行き、まずは大きなオムライスに被せる。
「おぉ...」
あとはこの作業の繰り返しだ。フライパンにまたバターを溶かして、卵を入れ形を整えて被せる。私のオムライスの卵だけ多めに作ったのは内緒だ。
完成したオムライスにトマトソースをかけ、食卓に運ぶ。今回も結構自信作だ。腕は多少疲れてしまったが、胸の中は満足感でいっぱいだ。
3人でオムライスを持って食卓に行く。そしてゴリマッチョやkouさん両方からオレンジ色が溢れ出す。なんだかこっちも幸せが移ってしまい、にやけた。
「それじゃあ、頂きます!」
「頂きますー!」
「頂きます、召し上がれ〜」
戦闘中より素早く動く2人。トマトソース、卵、チキンライスを器用にスプーンに乗せ、大きく頬張った。その瞬間に、ぱっと笑顔が開花する。先程までの笑顔とは比べ物にならないぐらい明るい笑顔だ。頑張って作ってよかったなと心から思う。
私もオムライスを口に入れる。トマトソースの酸味と甘み、ご飯の甘みと鶏肉のうまみ、若干のおこげの芳ばしさ、ちょっとある野菜の苦味、それら全てが口の中でひとつになり、脳へ幸福を届けてくれる。噛めば噛むほどその幸せ感が増していき、私もなんだか微笑みが零れてしまった。
「美味しい〜〜.....幸せ....」
「俺も...」
そんな嬉しいセリフを2人は言ってくれる。照れくささもあり、変な笑い方をしてしまった。恥ずかしかったのでご飯に集中する。若干半熟でとろとろの卵とチキンライスの食感が面白くて好きだ。あとは卵から香るバターの甘くとろける匂いが好きだ。でもバターが多すぎると油っこくなる場合もあるので、気を付けないといけないのだ。1回それで失敗した。
ガツガツと、私の2倍はあるオムライスを平らげていく2人。私が半分終わった頃には既にもう無くなっていた。ふー、と息をつきながら満足そうな顔をしてお腹をさすっている。ゴリマッチョに至ってはkouさんに貰ったぶどうジュースを飲み始めている。私はそれを見ながらのんびりと食べていく。
「ご馳走様でした!みゆさんに頼んで正解だったよ!美味しかった!」
「ご馳走様!だろ〜みゆは凄いんだぞ!」
「羨ましい!俺も彼女が欲しいよ...」
「へへ、ま、頑張れ!」
「腹立つー!!!」
オムライスに集中して喋れない私の代わりか自慢げに答える湊さん。私が褒められる度に立派な三角筋がぴくりと動き、とてもキュートだ。男同志で小競り合いをしている間に私の食事を終える。今回も上手に作れてとても幸せだ。
掌を合わせてご馳走様でした、と呟く。まだ小競り合いは続いているのでぶどうジュースを頂きながら眺める事にした。
私の食事が終わったのに気付いた湊さんが、ささっとぶどうジュースを入れてくれた。甘くとろりとしていて美味しい...ありがとうと感謝を伝えると、ニッコリと笑ってくれた。
「美味しいオムライスをみゆさんありがとう」
「どういたしまして!こっちこそぶどうジュースありがとう」
「そのうち販売するらしいから、良かったら買ってね〜」
「これはリピートしちゃう...」
3人でぶどうジュースを嗜む。
幸せなオレンジ色が周囲を取り囲む。お腹がいっぱいになった幸せと、美味しかったオムライスの幸せ、食べたふたりの幸せそうな顔による満足感、ぶどうジュースの美味しさによって、胸の奥が暖かくなる。
こういうのんびりとした空気が続けばいいのだが、そうもいかないだろう。そもそもkouさんはグループで話をするために我が家に来たのだ。現在胸のしこりとなっている原因が、今回の会議で解消すればいいのにと希望を抱く。勿論それは難しいだろうとわかっているが。
3人とも同じ気持ちなのだろうか、それとも幸せに浸っているだけなのだろうか。暫し食卓に沈黙が訪れる。最初に沈黙を破ったのはゴリマッチョだった。
「そういえばkouに相談したいことがあるんだった。」
「そうなのか?俺も話したい事あるんだ」
「え?そうなの?」
「みゆさんから聞いてなかったの?」
「聞いてたかも...」
眉毛を下げ、申し訳なさそうな顔でこちらを見てぺろりと舌を出す。体格が大きいので、アイドルのようなグッとくる可愛さはないが、胸の奥がキュンとした。kouさんは苦笑いしていた。
kouさんの苦笑いを見て恥ずかしくなったのか、顔をトマトのように真っ赤に染めていた。
「ま、まあ先に言っていいか?」
「おういいぞ」
私と湊さんが息を吸い込む。先ほどまでのゆでだこはもうそこにはいない。
「私から出すね。湊さんはちょっとまってて」
「いいよ」
同時に出したらまた何かが起こるかもしれないので一旦私の本から見てもらうことにする。アイテムポーチから本を探し出し、まだお皿が片付けられていない食卓に置く。kouさんはその本の気持ち悪さに若干眉間にしわを寄せる。
「この本は?」
「前一角獣を倒した次の日に、私のポーチに入ってたの。中読める?」
kouさんは本を受け取りぱらぱらと内容を見ていく。澪さんやユーさんは読めなかったがkouさんはどうだろうか?真剣に内容を読んでいるように見える。あたりには重苦しい、灰色の空気が漂う。
「これ暗号化されてるのかも、みゆさんは読めるの?」
「私は読めたよ、でも澪さんやユーさんは読めなかったって言ってた」
「そうかー...なるほど」
パタンと軽い音を立てながら閉める。そして息を吐きながら眉間に手を当てる。
暗号化とは何なのだろうか?暗号化されていたから、私以外には見れなかったんだろうか。ますます本の内容をしっかり読まないといけない気分になってくる。
「みゆさんも湊もプログラムってわかる?」
「俺は多少は...」
「私は全然わからない」
湊さんがわかるのは意外だった。kouさんも同じような感想なのか、少し目が見開かれる。意外そうな顔をしてしまったので、湊さんが少し拗ねるような表情になった。そのおかげで重苦しさが少し解消された。
「暗号化っていうのは、簡単に言うと内容を他人にわからないよう隠す事だね。基本的には機密情報や個人場を通信する際に使われているんだ。」
「へぇ」
「ゲームとか漫画などでたまに表現されることがあるんだけど、見たことある?01だけしか書かれていないとか、意味がわからない文字の羅列だけとか」
「あるある!ノベルであった!」
突然出てきた数字だけの画面、あれは本当に心臓に悪かった。
思わず子供のように声を出してしまったので、kouさんも湊さんも微笑んでこちらを見ている。恥ずかしくて顔が赤くなってくるのがわかる。
「そういう感じで暗号化がされていて、特定の人だけしか読めないようになってるんだと思う。今回はみゆさんだけだね。ちなみに何が書いてるの?」
「魂についてとかだったよ、まだしっかり読んでないけど」
「そっか、じゃあ読んだら教えて貰えない?」
「わかった。じゃあ次は湊さんの番だね」
本を受け取りアイテムポーチに仕舞う。しまったのを確認して湊さんが角を取り出した。湊さんの手より大きな角をkouさんが受け取る。
「これは?」
「前の一角獣のツノだと思う。アイテムポーチに入ってたんだけど、kouは?」
「俺は無かったな...湊が倒したからアイテムドロップしたのかな...」
「どうなんだろう」
kouさんはしっかりと、ちょっと細めだが長く鋭い角を見つめる。
「実は昨夜、本と角を同時に持っていたらイベントみたいなのが始まってしまってさ」
「どんな?」
「ポップアップが出たんだ。クリックするまで何も操作出来なくなったし、クリックすれば強制でログアウトさせられた」
「昨日のあれか」
「そう、同じ時間ぐらいに起きた」
「ふーむ...」
角の隅々まで見て一息つく。ごつごつとしていて触り心地が悪そうだ。
「なんかイベントだったのかもな、ちょっと会社のやつに聞いてみるわ」
「ありがとう、助かる」
「会社のやつ?」
私だけ話についていけず置いていかれているが、とりあえず話を合わせるために頷く。私がわかっていないのを湊さんが察して笑って説明してくれた。
「kouはこのゲームの会社の系列にいるんだって」
「えぇ!じゃあ凄い人じゃん!」
kouさんが頭をかきながら笑う。
「それほどでもないよ、言われたことやってるだけだもん」
「それでも凄いよ、ならこの事も解決しそうだね」
「そうだといいけど...」
ゲーム会社に勤めているkouさん。私のように、本当に言われたことだけを淡々とこなし、定時で帰るだけのような無駄な時間は過ごしていないんだろうな、と、少し暗い気分になってゆく。ゲーム会社については詳しくはないけれど。
でもこれで謎のイベントが終結してくれるのだろう。この胸のしこりとなってしまった本についてもすっきり解消して、またいつものように皆で笑いあえる事を祈る。
この後はまた三人で、草原マップの草食モンスターが減ってきたとか、王の急死、賢い王子とバカ王子の噂など話していた。そういえばkouさんの話聞いてないな、とも思ったが、皆が集まったときに話したいのかもしれないし何も言わない事にした。
そんなこんなでのんびりと時間を過ごしていたら、ドアがノックされる音がした。