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私の頼れるゴリマッチョ12

 朝。窓から差し込む眩しい光で目を覚ます。休日なので、鳥のさえずりが聞こえない。それでも、いつもより気持ちよく朝を迎えることができた。

 湊さんと過ごすのは昼からだけど、軽くご飯を済ませ、先にゲームにログインする。

 今日のご飯もいつもと同じ、会社支給の飲み物だ。最初は違和感を覚えた味にもだいぶ慣れて、むしろ普段食べていたごはんより圧倒的に美味しいので今ではこればかり食べている。一日に少なくとも2回食べれば、お腹が空くこともなく、必要な栄養をすべて摂取できる優れものだ。しかも食事の時間がかからないので、休日もこの飲み物を愛用している。

 素早く食事を終え、ギアをはめてベッドに横になる。朝の活動は、結婚した二人のためのお祝いのメニューも考えたり、あの謎の本を読んだりしよう。そう考えながらログインした。



 目が覚める。ひんやりとした解体室の床だ。結局昨日は、ベッドではない場所でそのままログアウトした判定になっていたようだ。目の前に横になってガーガー寝ているゴリマッチョがいる。手には角を持ったままだ。勿論私も本を持ったままだ。

 何気なく、本をぱらぱらとめくる。昨日のような文章ではなく、前見た魂についてなどの文章に変わっている。いや、こっちが本来の文章なんだろうか。第4章まであるようだ。なかなか読み応えのある本だ。


____後でいいか


 パタンと音を立てて本を閉じ、アイテムポーチに仕舞う。

 湊さんを持ち上げることはできないので、自分の寝室からタオルケットと枕を持ってきて設置する。床は冷たいままだけど、まだこっちのほうが体への負担が少ないだろう。

 昨日解体した肉たちは冷蔵庫代わりのアイテムボックスにちゃんと入れていたようで安心する。ただ、クックの羽毛だけバラバラになっているのでそれを掃除していく。冬に羽毛布団を作るためにたくさん集めているのだ。正しい作り方はわからないので、それも秋になったら調べないといけないな...

 ほんのり血なまぐささがあるが、解体室がきれいになったので満足する。

 湊さんの横に腰掛け、ノートを広げる。結婚式なんて参加したことがないので、どんなメニューにすればいいのかわからない。とりあえず、思いつくことを書いていく。まずはケーキ、ケーキ入刀ってのがあるらしいし、ちょっと大きめの、二段ぐらいのケーキにしようかな。次に二人の好物...調味料が限られているから和食より洋食のほうがいいかな、牛乳とか生クリームも用意しないと...


 大体のメニューが出揃ったぐらいで、流れを考えていく。ケーキ以外の時は私が同じ席で食べれないけど、まぁ皆が喜んでくれるならいいか。

 まずは食前酒。この世界の白ワインはとてもさっぱりとしているし、それにしよう。

 次に前菜。カルパッチョと野菜がたくさん入ったブルスケッタでいいかな?鶏肉を使っておしゃれな料理も作りたいけど今の私には難しいや。パンはフランスパンを焼いておこう。

 パスタは、澪さんの好物の鶏肉のトマトパスタでどうだろうか。ちょっとがっつりしすぎだろうか?

 メイン料理は正直思いつかない。アクアパッツァとか、ローストビーフとか、牛肉を炭火焼きした料理しか思いつかない...、魚より牛のほうが好んでいたような気がするので、これはネットで探しながら考えよう。

 デザートは、草原でとれるベリーのジェラートと、生クリームとスポンジ、後は果物たちをふんだんに使った二段ケーキにしよう。

 これだけ作れば、皆お腹いっぱいになってくれるだろう。皆の幸せそうな顔が思い浮かんで、にやけてしまう。料理も、振舞うこともが好きなので、とても幸せだ。

 ただ作り方がわからないものが多いので、一旦はメモだけして置いておく。また、湊さんがログインしたら話し合おうと思う。


 一呼吸つく。まだ10時ぐらいなので、なくなりかけの調味料の補充のために外に出ることにした。街の方へいくだけなので、服装はそのまま。一応のために杖をアイテムポーチに入れて出発する。

 今無くなりそうなのは胡椒と、砂糖だ。調味料も売られている香辛料屋に向かうことにした。


 普段よりざわざわとしている市場の通りを抜け、少し奥まったところにあるお店__怪しい取引をしていそうな雰囲気のお店だ__に入る。奥に、やる気のなさそうに紙巻のタバコを吸っている店主のおばさんがいる、怪しい葉っぱが売られていそうな雰囲気のお店に入る。


「おや、いらっしゃい」

「こんにちは」


 こちらに気づいた店主が声を掛けてくる。気だるげに見えるがお客が来ると、顔をくしゃりとさせ素敵な笑顔を見せてくれるかわいい人だ。


「そういえば、聞いたかい?噂」

「え?」

「あら、まだ掲示板見てないのかい?教えてあげようか」

「確かに掲示板あたり人が多かったですね、教えて下さい」


 広場の噴水あたりから右折してまっすぐ行けばこの店につく。その噴水の前に、この国のイベントや産まれた子供の話などが書かれている掲示板があるのだ。

 確かに今日は噴水あたりにやけに人が多かった。普段からあまり活用しないので、確認せずにここに直行してしまった。


「現王が急死したから、この国の王が変わるらしいんだ。継ぐのは第一王子のアイン様のはずなんだけどね、何故か王の名前が書かれていなかったんだ。それで朝から持ちきりよ」

「へぇ、でも皆知ってるから書かなかったのかも?」

「まぁ書き漏れならいいんだけどさ、第二のバカ王子になったら最悪だなって皆で噂してんのよ」

「第二王子はバカなのですか?」

「そうね、大馬鹿野郎だわ。もし第二王子が継いだらこの国がどうなっていくか見物だわ」


 ケラケラとひとしきり笑った後、煙草を吸い口から白い煙を吐き出す。どことなく紅茶のような華やかな香りがする煙だ。

 目的である胡椒と砂糖の葉っぱを見つけ、専用の袋に入れていく。


「バカ王子、もう成人だってのに隣国のお姫様と結婚したくてみっともないダダこねたり、街に来たかと思えば無銭飲食したり、麗しい女に逃げられそうになると「俺は王になる男だぞ!」なんて!他にもいろいろあるんだけどさ、とにかく酷いもんさ」

「なかなか香ばしい...」

「だろう?顔がいいだけの、大馬鹿野郎さ。挙句、「神からの声を聴いた!」だなんて馬鹿なこと言ってさ、神なんか信じてるの教会の連中だけさ。あんたは信じてるかい?」

「うーん、あまり信じてないですね...」


 だろう?といいつつ、また煙草を咥える。おばさんのいる机に購入予定の商品を置き、代金を計算してもらう。こちらの香辛料はあまり栽培されておらず高くつく。今回は日本円で1万とちょっとの買い物となった。また貯蓄はあるが、ギルドで依頼を受けて働かないといけないな...

 会計の終わった荷物をアイテムポーチに仕舞っていく。


「まいど。いっつも沢山ありがとね、もっと頻度を上げてくれると生活が楽になるわ」

「素直ですね」

「隠すことでもないだろう、私たち年寄はもうモンスターどもと戦えないんだからさ。頼りにしてるよ」

「確かに。また無くなったら来ます、次は早く来るかもしれません」

「助かるわ、ありがとね」


 しわしわの顔をくしゃりと変形させ、満点の笑顔を見せてくれる。店から出る時に手を振るオプション付きだ。相変わらず素敵なおばちゃんだった。話していて気持ちがいい。

 香辛料屋からでて家に向かう為に噴水のある大通りのほうへ向かう。先ほどおばちゃんに聞いた、噴水前の掲示板でも見に行こうか。


 噴水前。NPCのご年配の方々と、プレイヤーと思わしき人たちが騒めいている。人ごみをよけながら、掲示板前に向かう。

 書かれている内容は、先ほど店で聞いた話と同じだった。王が急死したこと、王子が王になること、後は卵を得るために飼っていたクックが逃げ出したので注意喚起や、子供が産まれた話と、いつも通りの平和な話題だけだった。


「みゆさん?」

「ん?」


 突然声を掛けられ、振り返る。そこに居たのは赤髪のkouさんだった。声を掛けたの相手が私だと確信すると、不安そうな顔から一転、小学生の子供たちのような無邪気な笑顔を見せてくれた。つられて私も笑顔になる。


「この前以来〜、元気してる?」

「なんとか...」

「なんかまたやらかしたの?」


 あはは、と爽やかな笑顔で言われると、反論がしにくい。悔しい気分になる。もちろん冗談だが


「またってなんだよもう...」

「はは、ごめんごめん!」


 からかうような素振りをしているが、実際は構われて嬉しい子犬のような仕草にしか見えない。相変わらず可愛い人だ。


「ここ来たって事は、王の話?」

「さっき店のおばちゃんに聞いたんで来たんだ、人が多いね...」

「第一王子と第二王子の話だよね。タイミング的にイベントなのか?って大盛り上がりしてるよ」

「もう皆知ってるんだね」


 子犬は少し悩む素振りを見せる。何かを口に出そうとしては、自分でかき消していく。百面相をしているその仕草が面白く微笑んでしまう。


「今日湊はインするの?」

「昼から会う予定だよ」

「じゃあ、昼から皆で集まってもいい?」

「いいけど、どうしたの?」

「ちょっと話たい事があるんだ、皆には連絡しとくね」


 何を見せたいのか、周りを気にしている素振りから、ここでは喋れないようなものなのか、眉間にシワがよっている。一瞬、あの本と角の事が過ぎり怖くなるが、必死に笑顔を保持する。

 不穏で黒色の空気が漂う。


「あ!そうだ!」

「どうしたの?」


 また眉間にシワがよる。そして少し頬を赤らめ、申し訳なさそうにこう言った。


「お昼ご飯、食材渡すから作ってもらえない...?」


 そう言って、クックの卵と肉を差し出され、噴き出してしまった。

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