舟歌またはその表象
陽は落ちた。雲はどろりと流れて月光をかき消した。
そして時は止まった。
ソディウム・ヴェイパーは自ら輝き、メガロポリスを表象する。基底界の夜。
「東京も変わってしまったものだな。」
そう言って彼は櫂を操るが、その背中は妙に寂しげだった。私は肯定も否定もする気になれなかった。細い舟はゆらゆら左右に揺れている。
「なにしろ、」
沈黙を肯定と捉えたのだろう、彼はつづけた。舟の下を地下鉄がすり抜けていくのが見えた。
「――こんな路線なんて、昔は無かった。」
随分と弱々しい声音だったので泣いているのかと思ったが、溶解が進んだ彼の表情はもはや読めない。メガロポリスを表象していたソディウム・ヴェイパーたちは彼を表象しないことに決めたようだった。
身勝手な奴らだ、とぼやいた私のことを、彼は無視したのか、あるいは不思議そうに眺めていたのか。
雲の向こうで、今夜も月の女神は微笑んでいることだろう。だが、彼女は地上のなにものにも、決して意味を与えることはないのだ。
意味世界のおはなし。登場人物たちも所詮は意味上の存在でしかない。
本当はこういう抽象的な話をどんどん書きたいんだけど、整合性を取るのが面倒すぎて連載小説の中になかなかぶち込めない。