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トラウマとそれを壊すもの

「璃音はどんくさいな」


 そんな言葉を何度幼馴染からかけられたか覚えていない。

 多分百回は軽く越えているだろう。学校で私が何かするたびに言われていたのだから、中学の三年間で千回を越えているかもしれない。


 最初は何気ない失敗だった。

 中学校に入ってからすぐに行われた体力検定。その中のハンドボール投げの時に、ろくにボールなんて触ったことのなかった私は、力みすぎてボールを地面へと叩きつけるように暴投してしまった。

 それ自体は少し恥ずかしいながらも、周囲と一緒に苦笑して終わる何気ない日常。

 けれど体力検定が終わり男子と合流した後、幼馴染は何気ない風に言った。


「やっぱり璃音はどんくさいな」


 最初は何を言われているのか分からなかった。

 少し話をしてようやくハンドボールの暴投のことだと分かると、何でそんなことを言われたのかと不思議に思った。


 確かに私は第一球を暴投したけれど、次に投げた時はぎりぎり女子の平均には届いている。

 他の種目だって、目立った記録はないけれど全て平均的なもの。

 どんくさいなどと言われる筋合いはない。


 もしかしたら幼馴染なりのジョークだったのかもしれない。

 だけどその時すでに幼馴染を仲のいい友人ではなく、かつて仲のよかった知り合いの男子としか認識してなかった私には、その気安い言い方が癪に障った。


 それだけなら私の心が狭いのだろうと流せる話だった。

 けれど幼馴染は私が何かを失敗するたびに、嬉しそうに言うのだ。

 やっぱり璃音はどんくさいな、と。


 それは例えば体育の授業中に軽い怪我をしたときだとか。

 それは例えばテストでケアレスミスをしたときだとか。


 私が何か些細な失敗をしただけで、幼馴染は嬉しそうに私を「どんくさい」と評した。

 その笑顔の意味が分からなかった。

 私の失敗を嬉しそうに探すその視線が気持ち悪かった。


「やっぱり璃音はどんくさいな」


 そして次第に、その言葉は明らかに失敗ではないことに対しても使われ始めた。


 それは例えば誰もやろうとしない委員に立候補したときだとか。

 それは例えば先生に言われて課題を集めて提出するときだとか。


 貧乏くじをひいたと言われるような状況でも幼馴染は言った。

 やっぱり璃音はどんくさいな、と。


 最初は気にしていなかった。むしろ無神経なことを言う幼馴染に怒りすら覚えていた。

 だけどいくら気にしていないと思っていても、何度も繰り返された言葉は、真綿で首を絞めるように少しずつ私の心を殺していった。


 失敗することが恐くなった。

 何かを率先してやることが恐くなった。

 手足を動かすことすら幼馴染に見られてないかと恐くなった。


 それはきっと古雅先輩の言っていた洗脳のようなものの一つだったのだろう。

 気にしていなかったはずの言葉に怒りを覚え、疎ましくなり、そして恐くなった。

 要領よく行動してると思っているのは自分だけで、本当の自分は幼馴染の言う通りどんくさい人間なのではないかと己すら疑い始めた。

 そして幼馴染の言葉に恐れを抱き、自分自身すら信じられなくなった私は、慎重に動こうとするあまりに些細な失敗を繰り返すようになった。


「やっぱり璃音はどんくさいな」


 ほら見たか。俺の言ってることは正しいじゃないか。

 そう言わんばかりに、誇らしげに幼馴染は周囲に向けて言った。


 ああ。私ってやっぱりどんくさかったんだ。


 そう認めるしかなかった。だって私は何をやるにも手間ばかりかけて、失敗してばかりのどんくさい奴なんだから。


「ガハッ!?」


 そうやって私が屈服しかけた時に、突如飛来したハンドボールが幼馴染の後頭部に直撃した。


「あ、手が滑った。ごめんね私ってどんくさくて」


 そう言った下手人である友人は、見ていて震えるくらい綺麗な笑顔で幼馴染に言い放った。

 そして幼馴染を敵と認識した友人により始まった「私ってどんくさくって」&「幼馴染アンタもどんくさいよね」攻撃。

 それを間近で眺めていて何だか馬鹿らしくなった私は、見事に洗脳から抜け出せた。

 強い人間というのはよくも悪くも他人に影響を与える。

 一連の騒動を振り返りそんなことを思った。



「おーっほっほっほ!」


 桐生さんとの話し合いの後。

 相談したいと古雅先輩に連絡したところ『じゃあ申し訳ないけれど生徒会室まで来てもらえるかしら』と言われたので出頭したら、生徒会長が顔に手をそえて高笑いしていた。


 どうしよう。つっこみどころ満載なのに似合いすぎてつっこめない。

 隣で「うふふ」と微笑ましそうに笑ってる古雅先輩も可愛いし、何この少女漫画空間。


「いらっしゃい。貴女が最近何かと話題の山田花子さんですわね?」

「あ、は……」

「んなわけないだろう金角。どこの芸人だ」

「まあ! また私を金角と呼びましたわねこの眼鏡!?」

「最初に人の名前を間違えたのは貴様だろうが! あと人を外見の特徴で呼ぶな!」

「あらあら」


 あまりにナチュラルに名前を間違えられたので素直に返事をしそうになったのだけれど、何故か室内に居た月島先輩が割り込みそのまま喧嘩が勃発した。


 あれー? 月島先輩こんなに愉快な人だったっけ。

 どちらかというと見た目通りの堅物でクールな人だと思っていたのだけれど。

 そして二人の喧騒を笑顔で見守る古雅先輩の母性オーラが凄いです。この中で一番大人なのは古雅先輩に違いない。


「はじめまして藤絵先輩。風紀委員で一年の山田花子と申します」

「乗っかった!? 山田。こんな阿呆に合わせなくていいぞ」

「いえ。あまり名前の方は好きじゃないので」


 璃音りおんという名前。一昔前ならキラキラネームと言われていたであろうその名前が、私はあまり好きではない。

 音だけ聞くと外国の男性名みたいだし、何より平凡を通り越して地味な私には似合わない。

 その点山田という苗字は実に私らしいと思う。もし仮に古雅先輩や藤絵先輩の苗字が山田だったらあまりのギャップに笑うしかないけれど、私ならば誰もが納得するだろう。


「あら。それはいけませんわね。名前というのは親から子への最初の贈り物ですのよ。よほどお馬鹿な名前でもない限り、嫌いだと否定するのはご両親が可哀想ですわ」

「え、あ、はい。そうですね」


 しかし藤絵先輩に意外に真面目に窘められて素直に頷いてしまった。

 そもそもの発端は貴女が名前を間違えたからですとは言わない方がいいのだろう。さっきの月島先輩とのやり取りみたいに、話が盛大にズレそうだし。


「あの……私が話題になっているというのは?」


 もしかして幼馴染絡みで私も目を付けられていたのだろうか。

 そう思い恐る恐る聞いてみたのだけれど、どうやら話題というのは悪いものではないらしく、藤絵先輩は「おーっほっほ」と高笑いを挟むと機嫌よさそうに話し始めた。


「今期の風紀委員の中では一番よく働いていますもの。それに責任感があり人前でも動じる様子がない。古雅さんとも後期の生徒会に引っ張れないかと話していましたの」

「勝手に風紀の人員を引っ張るな!?」

「勝手などと人聞きの悪い。生徒会は立候補制なのですから最終的には山田さんの意思次第。それに貴方程度の後釜ならすぐに別の眼鏡が見つかるでしょう」

「そうだな。率先して服装規定を乱している貴様らが居なくなれば、次期風紀委員もさぞ楽できるだろうよ。この金猿が!」

「まあ! 誰がお猿さんですってこの駄眼鏡が!」

「うふふ」


 疑問を発しただけなのに、またしても話題が盛大にズレた。

 目を吊り上げて罵り合う生徒会長と風紀委員長に、あくまでも微笑みを崩さない生徒会副会長。

 古雅先輩凄いなあ。私がそのポジションだったら間違いなく胃に穴が開いてると思う。


 でもまあ、こういう関係が喧嘩するほど仲がいいというやつなのかもしれない。

 少なくとも私と幼馴染のような会話が一方通行な関係よりは、相手の存在を認めてぶつかり合う方がよほど健全だろう。

 何だかんだと言って生徒会と風紀で連携はとれているのだから、二人ともひくべき時はちゃんとひいているのだろうし。


「金猿!」

「眼鏡!」

「それで山田さん。相談したいことがあるんですって?」

「あ、はい」


 罵り合う生徒会長と風紀委員長をバックに、ティーカップ片手で聞いてくる古雅先輩。

 無視していいんですかこれ? いつものこと? じゃあいいか。


 生徒会室への入室から僅か数分。

 私は生徒会長の扱いを大体理解した。


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