立ち合い2
桐生由紀奈。
私に絡んできた女子たちの一人であり、私をひっぱたいて殴り返されたある意味一番行動力があった人。
生徒会長とは違って染めているのであろうウェーブのかかった金髪で、目元はつけまつげとアイラインでバシバシとしており今時の女子高生といった風貌だ。
正に私とは対極の存在。今は恐い顔をしているので台無しだけれど、美人なのでさぞモテることだろう。
だからこそ幼馴染のようなイケメン(笑)の隣に私のような地味な女が居ることが許せないのかもしれない。
正に大きなお世話。代われるならなら代わってくださいと言いたいような理不尽な嫉妬だ。
だけどそんな嫉妬を直接ぶつけてきた人だからこそ、私はこの人と話してみようと思った。
「わざわざ来ていただいてありがとうございます。桐生さん」
「何? 馴れ馴れしく呼ばないでくれる」
とりあえず話を始めた私に忌々しそうな顔で言う桐生さん。
古雅先輩曰く――相手を苗字でもいいから名前で呼びましょう。
好きの反対は無関心。名前を呼ぶことで相手に関心があることを示せば、相手も自分の存在を認識されていると知り興味を持つようになる。
そう言われてわざわざ名前を調べて呼んでみたのだけれど、開幕から敵意全開でもう諦めたくなった。
一体ここからどんな魔法を使って味方に引き込めばいいんですか古雅先輩。
「昨日はすいませんでした。しかし昨日のことについては誤解もあったので、話し合いをしたいと思って……」
「はあ? 誤解? 風紀委員長使ってこんなとこ呼び出しといて何が誤解だっての!」
それでもめげずに話を続けたら、まさかの月島先輩からの後ろ弾。
月島先輩。呼び出しは任せろって言ってたのに何で不興を買ってるんですか。いや多少強引にいかないとこの場すら設けることは無理だったのだろうけれど。
「大体あの風紀委員長うざいし。何が学生らしい恰好をしろだよ。私の前に生徒会長注意しろっての」
「いえ。月島先輩も生徒会長に注意はしてるんですけど、本人と周りのご友人方に言い負かされて凹まされてるんです」
「何それ。超見たい」
月島先輩がこき下ろされてると知って桐生さんの機嫌が少しよくなった。
月島先輩どんだけ嫌われてるんですか。まあ風紀なんて憎まれてなんぼなのかもしれないけれど。
「まあそれで誤解って何? アンタと工藤くんはちゃんと相思相愛ですとか言い出したら笑えるんだけど」
「むしろ私は工藤さんのことを何とも思ってないので桐生さんにのしつけて進呈したいです」
「は? 何それ余裕?」
顔を歪めてこちらを睨んでくる桐生さん。
しまった。あまりに不愉快なことを言われたのでつい本音が。
「違います。まず私と工藤くんはただの幼馴染で、恋愛感情はありません」
「しらじらしい。じゃあ何でアンタ工藤くんに付きまとってんの」
さてここからが問題だ。
ここで「私は付きまとってません」と正直に言っても、彼女たちの中では私が幼馴染に付きまとっているのが真実なので反感を買うだけで終わる。
だからといって「そうですね。ではもう付きまとうのはやめます」とその場しのぎを言っても、むしろ付きまとっているのは幼馴染なので後日新たな波乱を呼びかねない。
正に八方塞がり。
そもそも私と彼女の間で悲しいくらいに前提条件がすれ違っているので、いきなりお互いが納得する結論なんて出せない。
ではどうすればいいのか。
古雅先輩曰く――相手の意見を否定しないこと。相手に共感を示し、お互いが同じ目的を持つように誘導すること。
難しいことのように思えるけれど、実は条件はほとんど満たされている。
私も桐生さんの最終目的は別だけれど、その過程で目指すべき目標は同じ。
山田璃音と工藤乃兎に距離を置かせること。
ではその同じ目的を示すにはどうすればいいか。今まで使っていなかった脳をフル回転させて会話の展開をイメージする。
「そうですね。私と乃兎は幼馴染なので、ちょっと馴れ馴れしすぎたのかもしれません」
「え、幼馴染だったの? 工藤くんの幼馴染とか何それ勝ち組じゃん」
いえ、むしろ負け組です。
そんな本音は隠して言葉を続ける。
「そのせいかお互いに兄弟みたいな感覚で……だから本当に恋愛感情はないんです」
「へえ、本当に? 幼馴染って恋人になる率高いって聞くけど」
私の話に興味を持ちつつも、まだ納得はいかないのか眉をひそめてつっこんでくる桐生さん。
本来なら恋愛感情どころか友情すら抱いてないのだけれど、全否定しては桐生さんの「共感」を得られない。
「では確かめてみませんか?」
「……は?」
本命とも言える私の提案に、桐生さんは目をまんまるにして声を漏らした。
「私はよく工藤くんと昼食などを一緒にとるんですが、他に一緒に居てくれるような女子の友達が居なくて本当に居心地が悪いんです。そこで桐生さんたちに工藤くんと会う時に同席してほしいんです」
「……何で私ら? 言っちゃなんだけど、アンタと友達になれるようなタイプじゃないじゃん」
「工藤くん相手に物怖じせず、つり合いもとれる女子となるとあまり居ませんから。それにいっそのこと、工藤くんと誰かが付き合い始めてくれたら、私も工藤くんと距離を取るきっかけになるんじゃないかなと思って」
「……」
私がそこまで言うと、桐生さんは無言で何やら考え始めた。
多分桐生さんは私の言うことを信用していない。それでも悩んでいるのは、私の提案に乗ることによるメリットとデメリットを考えているからだろう。
例え私を信用できなくても出し抜ける。そのあたりに結論を落としてくれると助かるのだけれど。
「……分かった。私の友達とかも誘っていいよね?」
「はい。では明日からでも大丈夫ですか?」
「分かった。私から友達には連絡しとくから、昼休みにアンタの教室にでも行けばいい?」
「はい。何か連絡することがあればこちらから言います」
「よし。分かった。覚悟しときなよ」
こちらの提案を了承すると、桐生さんはそんな捨て台詞のような言葉を残して去っていった。
その姿が見えなくなるまで見送ると、私は心労を吐き出すように大きく息を吐き出した。
「……恐かった」
終始睨んできてたし、何がきっかけになって感情が爆発するかも分からないし、本当に緊張した。
でも一応目論見は成功した。
あとは幼馴染の周りに桐生さんたちを侍らせ、積極的にアプローチさせることにより私などよりよっぽど付き合うに値する女子が居ると逆洗脳を……。
「いや、無理だろそのやり方」
とりあえず第一目標を達成し次の展望を見据える私に、今まで倉庫の影に隠れて様子を見ていたのであろう蘇芳くんが現れ、私の企みを一刀両断してきた。
「……何で?」
「はあ。おまえ多分自分がやられたことをやり返せばいいと思ったんだろうがな。おまえと工藤のやつじゃ精神構造が根本から違うんだよ。おまえは自分を否定されたら『もしかして自分が間違ってるのか?』って不安になるだろうけど、工藤みたいなやつは否定されても『俺は間違ってない。むしろ間違ってるのはこの世界だ』って自己中加速させるだけだっての」
何その中二病拗らせたどっかのラスボスみたいな思考。
私の幼馴染は魔王だった?
「しかもけしかけたのが恋愛で頭悪くなってる連中だからな。工藤がゲスな発言しても、悪いのは何故かおまえになるのが目に見えてんぞ」
「……もしかして私やらかした?」
「かなりな。早いとこ古雅さんに相談した方がいいと思うぞ」
残念な子を見るような目で言ってくる蘇芳くんに、私はよくよく考えなくても今までもそうだったじゃないかと頭を抱えた。
でもやらかして事態が拗れそうなことよりも、あれだけの啖呵を切ったのに早くも古雅先輩を頼らなければならないことの方が私にとっては深刻だった。