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泣いて、そしてまた笑う

 家に帰って、お風呂に入って、勉強して、寝て。

 いつも通りの夜を過ごし、そして目覚めて思う。


 昨日の私は一体何をやらかしていたのだろうと。


 怒ったのは後悔していない。あそこで怒っていなかったら、私の大事な何かが砕けていたという確信と恐怖がある。

 だからあの憤激は例え万人に理解されないものであったとしても、私にとっては紛れもない正義だった。


 けれどその怒りの中で、正当防衛狙った上で相手を殴るという妙な強かさは何だったのか。

 しかも自分から挑発しているから、正当防衛とも言い切れない。

 実際あそこであの男子生徒が出てこないまま喧嘩になったとしても、私の常軌を逸した攻撃性に女子生徒たちが逃げて、山田璃音はヤバいなどという噂が流れる事態になっていたのではないだろうか。

 それはそれで相手が怖気づいて手を出してこなくなりそうだけれど、風紀委員としてはアウトだ。


「そういえば名前」


 私を助けてくれた男子生徒。彼の名前を聞くのを忘れていた。

 私も名乗ってはいないのだけれど、あちらは私が風紀委員だと知っていた。

 もしかしてどこかで会ったのだろうか。あんなスタイルのいいゴリラみたいに目立つ人なら、一度面識があれば覚えていると思うのだけれど。


「……まあいいか」


 あんなに目立つ人ならまたすぐに会えるだろう。

 そう結論すると、私はとりあえず忙しい母の代わりに朝食の準備をするべく自室を後にした。



 昼休み。

 あんなことがあったというのにいつも通りに続いていた日常は、風紀委員長からの呼び出しという形で終わりを告げた。

 風紀の仕事で呼び出されるような心当たりはない。ならば昨日のことが月島先輩の耳に入ったのかもしれない。


 これ以上他人に迷惑をかけたくないから自力で何とかしようと考え出した矢先にこれ。

 月島先輩にもこんな些末事で時間をとらせたくはないのだけれど。


「失礼します」

「来たか」


 呼び出された会議室に入ると、いつも通り月島先輩が眉間に皺を寄せて待ち構えていた。

 機嫌が悪い。他の人には分からないだろうけれど私にはわかる。月島先輩は今最高に機嫌が悪い。


「えと、今日は……」

「少し待ってくれ。まだ来ていないやつがいる」

「え?」


 てっきり昨日のことかと思ったのだけれど、他にも人を呼んでいるということは違うのだろうか。

 そんな微かな希望は、背後の扉を開けて現れた人物を見て霧散した。


「失礼します」


 重低音を響かせながら姿を見せたのは、大柄な黒髪の男子生徒。

 よくよく確かめるまでもなく、昨日私を助けてくれた男子生徒だ。


「……間違えた。失礼しました」


 しかしその男子生徒は、私と月島先輩を交互に見るとすぐさま帰ろうとする。


「あらあら。間違えてないから帰らなくていいわよ」

「ぐえっ!?」


 だがさらに、踵を返そうとした男子生徒の襟首を何者かが掴み、無理やり会議室に引きずり込む。


「……古雅先輩?」

「こんにちは山田さん。月島も。ごめんなさいねわざわざ」

「何がだ。本来なら俺がやるべきことだ」

「ぐへっ!? 古雅さん逃げねえから離してくれよ!?」


 戸惑う私を尻目に、言葉を交わす風紀委員長と生徒会副会長。

 そして30cm近く背の低い女子生徒に襟首掴まれて引きずられる男子生徒。


 昨日角材で殴られてもビクともしなかった男子生徒を片手で。

 どうやら桧さんが言っていた武芸百般というのは本当だったらしい。


「あの……その人は?」

「あら? 自己紹介してないの?」

「そんな状態じゃなかったんすよ。昨日のこいつ様子がおかしかったし」

「女の子に『こいつ』なんて言っちゃダメでしょう」

「……すんません」

「……」


 いくら武芸百般だとしても、二メートルはありそうな大男を窘めしかも頭を下げさせる古雅先輩。

 この人に恐いものとか存在しないのだろうか。


「はあ。山田さん。この子は貴女と同じ一年生の蘇芳令仁すおうれいじくん。桧さんの実家の道場の門下生よ」

「蘇芳だ。まあよろしく」

「山田璃音です」


 軽く頭を下げる蘇芳くんにこちらも自己紹介をして返礼する。

 なるほど。この男子生徒が、以前古雅先輩が言っていた桧さんとよく一緒にいる男子生徒らしい。

 古雅先輩に頭が上がらない様子なのも、同じ道場の先輩だからだろう。武道というのはその辺りの上下関係が厳しいイメージがあるし。


「でもあまり見かけた覚えがないんですけど」

「それはね、入学早々喧嘩をして謹慎処分を受けた上に、学校に来づらくなって行方をくらましていた問題児だからよ」

「喧嘩自体は相手から手を出してきた上に人数が多かったので仕方ないと言えなくもないんだがな。その後の登校拒否はいただけん」


 どうやら月島先輩もその辺りの顛末は知っているらしく、厳しい口調で付け足してくる。

 そして二人に事情を説明されて苦虫を噛み潰す蘇芳くん。それが事実ならさぞこの場は居心地が悪いことだろう。


「でも今回はそれが功を奏したわね。まさか罰として倉庫の整理をさせてたら、丁度良く山田さんの危機を察して助けてしまうなんて」

「あ……」


 昨日のことを軽く話題に出され、私は思わず蘇芳くんへと視線を向けた。


「なんだよ。言っとくが昨日のおまえマジで様子がおかしかったからな。今もどうせ誰にも相談せずに、自分で何とかしようとでも考えてんだろ」

「……」


 図星すぎて何も言えなかった。

 そんな私の様子を見て、古雅先輩と月島先輩が揃ってため息をつく。


「真面目なのは山田のいいところなのだが、そのせいでため込む癖があるのはよくないな」

「そうね。山田さん。蘇芳くんからも話は聞いたのだけれど、貴女からも話してもらえないかしら。場合によっては事件性のある話だし、私たちも知っておきたいの」

「……はい」


 この状況で否と言えるはずもなく、私は昨日の出来事をあらいざらい話すしかなかった。

 誰にも迷惑をかけたくなかったのに、よりによって古雅先輩に。

 いじめよりもそのことで挫けそうになった。



「なるほどな。すまない山田。あんなことがあった後に、おまえを一人で行動させるべきではなかった」

「私もごめんなさい。知り合いの子たちに一年の女子がおかしなことをしてたら報告するようには言っていたのだけれど、見通しが甘かったわね」

「い、いえ。先輩たちは何も悪くないです! 頭を上げてください!」


 怒られるかと思ったら、二人に揃って頭を下げられて軽くパニックになる。

 何でこんなに息ピッタリなのこの二人。やっぱり仲がいいの。


「しかし怪我をさせたとなるとな。それこそ謹慎処分にでもしてやりたいが、山田も手を出してしまっているし、頭の固い教師連中に言っても両成敗でうやむやにされるか」

「じゃあ私と藤絵さんのファンの子たちを動かしましょうか。今年の新入生は態度が悪いって、不満がたまっているみたいだし」

「逆に二、三年の女子の統制が取れすぎていると思うんだが……。しかし今年の一年が少々やんちゃが過ぎるのは同意だ。風紀として推奨はできんが仕方あるまい」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 気づいたら着々と私をひっかいた女子生徒たちを〆る計画が進行していたので待ったをかける。

 やっぱり仲がいいでしょこの二人。


「私が何とかします! 私が自分でやりたいんです!」

「しかしだな。ここまで事態が悪化しているとなると……」

「それは私が悪かったんです! 私が……馬鹿だったから……」


 言っているうちに、様々な感情が溢れだしてくる。

 私は諦めていた。諦めて、流されて、誰かに守られて助けられてばかりだった。

 それを何とも思ってなかった昨日までの自分が、とても憎らしくて情けない。

 諦めることに慣れてしまった自分が、不甲斐なくて腹立たしい。


「落ち着いて山田さん。大丈夫だから」


 不意に、暖かい熱と言葉に包まれた。

 感情の波にもまれて言葉が途切れた私を、いつの間にか古雅先輩が抱きしめてくれていた。


「ごめんなさい。貴女の気持ちを考えていなかったわね」

「……あ」


 そう言われ、少しだけ冷静になって、私は自分の目から涙が零れているのに気付いた。

 古雅先輩から伝わって来る暖かさに、さらに感情が零れて甘えてしまいそうになる。


「泣いていいの。貴女は誰かを頼っていいし、我儘もいっていいの。そんなことで貴女を見捨てる人なんていないから」

「う……」


 この人は、どうしてこんなに暖かいんだろう。どうしてこんなに人に優しくなれるんだろう。どうしてこんなに私の心をかき乱すのだろう。

 こんなに小さくて愚かな私の闇を暴き出し、それでもいいのだと受け止めれくれる。


「くぅ……」


 溢れだした思いのやり場がなくて、私は古雅先輩の肩に顔をうずめて泣いた。

 そんな私を、古雅先輩は涙で制服が汚れるのも構わずに優しく受け止めてくれた。


 ああ、そうだ。お母さんみたいなんだ。

 たった二つしか歳の違わない女性に、そんなある意味失礼な思いを抱きながら、私は初めて出会った時と同じように幼子のように泣いた。


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