彼女と彼の噂
生徒会副会長の古雅に風紀委員長の月島が言い寄っている。
そんな本人たちが一笑に付して終わるはずだった噂話に、まさかの続報が飛び込んできた。
――生徒会副会長と風紀委員長は校内で不純異性交遊に及んでいる。
そんなさすがの古雅先輩も笑顔が凍り、月島先輩が自決しかねない噂が流れた。
噂というか書面にされて貼りだされた。証拠と思われる二人が男子更衣室から揃って出て来ているという写真付きで、校内向けの新聞となって。
その校内新聞は生徒たちが登校する前には校内の掲示板のほとんどに貼られており犯人は分からないらしいけれど、その校内新聞を作っているのは新聞部なのでむしろ探す意味はないとも言える。
しかし今まで「そんなのあったの?」とすら言われているほど影の薄かった新聞部からの奇襲は、内容の濃さもありあっという間に校内に広がり一年生を騒がせた。
そう一年生を。
二、三年生は事ここに及んでもなお規律と秩序を保っており、生徒会室に行くまでの間に見た限りでもいつも通りの様子だった。
以前から思っていたけれど、何なのだろうかこの一年生との間にある温度差は。
「おーほっほっほ! 新聞部を潰しますわ!」
「はい藤絵さんストップ。冷静になってストップ」
もちろんこれは大問題となり、放課後になり緊急的に生徒会及び風紀委員の一部が招集されたのだけれど、初っ端から生徒会長である藤絵先輩がキレッキレだった。
いつものように高笑いしているけれど目がマジだ。
あれは場合によっては本気で人を殺せる人間の目だ。
「この程度で異性不純交友の証拠……なら私はもっと古雅さんと不純交友できますわ!」
「うん藤絵さん落ち着いてね。私も藤絵さん大好きだけどあくまで友人としてだからね?」
そして暴走する生徒会長をなだめる副会長古雅先輩。
そういえばこの二人レズカップルだという噂が一時期流れていたなあと割とどうでもいいことを思い出す。
そしてそんな大暴れな藤絵先輩を古雅先輩がなだめている間に、慣れているのか生徒会書記の女子生徒が横の喧騒を気にした様子もなく淡々と話し始める。
「事が事なので、副会長と風紀委員長に代わり私が新聞部部長に事情を聞いてきましたが、やはり一年生の部員が独断で行ったことのようです。副会長に謝罪の言葉を預かっています」
「俺には何もなかったのか?」
「『没収したUSB返せ』と言っていました」
「……」
生徒会書記から伝えられた伝言に月島先輩の顔がひきつった。
一体その没収したUSBには何が入っていたのだろうか。
「その一年生にも事情聴取はしましたが、頑なに口を開こうとしませんでした。ただ普段から副会長を『男子に媚びてる』と批判していたそうなので、副会長はむしろ女子にモテると懇切丁寧に説明しておきました」
「何やってるの三枝さん」
「やってやりました」
「いえ褒めてないのよ?」
古雅先輩の苦言に無表情なままグッと握り拳を掲げて見せる書記の三枝先輩。
なるほど。今まで生徒会長と副会長の影で目立たない人だと思っていたけれど、普通に変な人だったらしい。
「まあ冷静に考えたら新聞部が騒ぎを起こすのは毎度のことでしたわね」
そして自己申告通り冷静になったらしい藤絵先輩の言葉に「毎度のことなのか」と脱力しそうになる。
つまり今までにもこういった騒ぎが何度も起こったということだろうか。
そりゃ幼馴染が起こした騒ぎも冷静に処理されるはずだ。
「それで、一年生の様子はどうですの山田さん?」
指名を受けた私に視線が集中したので、答える前にぺこりとお辞儀をしておく。
今の生徒会のメンバーには一年生が居ない。なので風紀委員のメンバーにも二、三年生は居るのに、一年生である私がこの場に呼ばれたのは恐らくこのためだろう。
そう予想していたから、私はあらかじめ用意しておいた言葉をすらすらと出せた。
「一年生のほとんどはお二人の交際については他人事のように『そうなのか』と受け入れているようでした。校内での不純異性交遊についても本気にしている人はほとんどいなくて、一部……本当に一部の人間が下世話な想像をして騒いでいましたが、むしろ気持ち悪がられています」
一部というのを強調したのは、そんな人間が何人もいるとは思われたくなかったからだ。
もっとも、表立って言わないだけで同じ想像をしている人はいくらでも居るのだろうけれど。
「……」
ふと視線を感じて目を向ければ、古雅先輩がどこかつらそうに私に向けていた顔を反らした。
まさか古雅先輩は、私がそんな噂を信じてしまうと思ったのだろうか。
「まあその一年生には私から話をしておくわ。誤解もあるんでしょうし」
「あら、お咎めはなしですの?」
「私からは何も。ただ勝手に部の備品や権限を使ったのだから、部内で罰は受けるでしょうし」
結局そのまま古雅先輩の意見が通り、緊急会議は終了した。
こんなにあっさり終わっていいのだろうか。しばらくは先輩たちにとって不名誉な噂が収まらないと思うのだけれど。
「山田さん」
そう思いながら立ち上がり退室しようとすると、いつの間にかそばまで来ていた古雅先輩に呼び止められた。
何だろうと視線を向けると、古雅先輩は珍しく躊躇ったような様子を見せた。
そんな様子を見て月島先輩がニヤリと笑いながら肩を叩き、それに古雅先輩が苛立ったような視線を向ける。
珍しい。いつもは古雅先輩に月島先輩がからかわれているのに。
「山田さん」
そんな二人の様子に目を丸くしていると、古雅先輩は改めて私の名前を呼び――。
「……話があるの。校門で待っていてもらえないかしら?」
――そう悲壮な覚悟すら見える顔で言った。