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伝える気持ち

 今私はとても落ち着かない状況に置かれている。


「……」


 あの後古雅先輩に保護された私は、保健室に行こうにも古雅先輩と蘇芳くんが叩きのめした男子連中で満員御礼状態だったので、そのまま古雅先輩の家に連れてこられていた。

 倉庫内部での古雅先輩の立ち回りも凄かったけれど、外は外で出し抜かれた蘇芳くんが名誉挽回とばかりに暴れまわったらしい。

 私を助けるためとはいえそんなに暴れて大丈夫なのかと思ったのだけれど、蘇芳くんはちゃんと目立った怪我はさせないように手加減はしたらしい。


 そう。蘇芳くんは。

 古雅先輩は思いっきり殴り飛ばしたり蹴り落としたりしていたわけだけれど、それについては「やっちゃった」と実に可愛らしく言われたのでどうでもよくなった。

 仮に彼らがどこかに訴えようにも、あんな大人数でことを起こしたのに、たった二人(うち一人は女子)にボコボコにされましたとか恥ずかしくて言えないだろうし。


「……」


 さて。そんなこんなで古雅先輩の家に治療のために連れてこられたわけだけれど、まったくもって落ち着けない。

 一目で金持ちのお家だと分かる屋敷は桧さんの家に勝るとも劣らぬ大きさで、いかにも日本といった感じの庭園には鯉が泳いでそうな大きな池がありししおどしまで完備されている。

 案内された部屋から見えるすぐそこで、ときおりカポーンと音が鳴っているのは実に風流だ。

 しかし私のような小市民には場違いすぎて実に落ち着かない。


 古雅先輩は「ちょっと待っててね」と何処かへ行ってしまったし一体どうすれば。


「ほう?」

「!?」


 そうやってししおどしの音を聞きながら正座で固まっていると、不意に落ち着いた男性の声が聞こえてきた。


「稜が珍しく客を連れてきたと思ったら、なんと可愛らしい嬢ちゃんじゃ」

「……こんにちは」


 いつのまにか廊下からお爺さんがこちらを見ていた。

 白髪で皺も多いのだけれど、不思議と老けた印象は受けず若々しさを感じる。

 とりあえず挨拶をしてみた私に、にっこりと人好きのする笑みを浮かべて近づいてくると腰を下ろす。


「こんにちは。わしは稜のおじいちゃんで鉄之助というんじゃ。気軽に鉄爺とでも呼んでおくれ」

「え……と?」


 そしてフランクに自己紹介してくるお爺さん。鉄之助さんに戸惑うしかない。

 そういえば桧さんが古雅先輩のお爺さんはファンキーな爺ちゃんだって言ってたっけ。


「何をやっているんですかお爺様」

「おお、稜か。おまえがお客さんを放っておるからわしが相手をしとるんじゃないか」

「お爺様の場合は若い子と話したいだけでしょう」


 私が困っていると、薬箱らしき木の箱を持った古雅先輩が襖を開けて部屋に入ってきた。

 しかしその表情は呆れているようで、どこか困ったようでもある。


「山田さん。この人は本家の当主で高市鉄之助という爺よ」

「爺とはなんじゃ。祖父を敬わんか」

「敬ったら敬ったで気持ち悪がるでしょう。それにまだ祖父じゃありませんし」

「酷いぞ! 養子にはなってなくとも親戚の爺ちゃんじゃろうが!」

「お爺様のそのまたお爺様くらいのつながりの血の薄さでしょうが。山田さん。痛かったら言ってね」

「あ、はい」


 お爺さんと口論しながら、私の頬の治療を始める古雅先輩。

 濡れた布で頬を拭われるのが冷たくて少し痛い。


「それにしてもどうしたんじゃその子の怪我は。おまえがやったんじゃなかろうな?」

「そんなわけないでしょう。この子の……ストーカーみたいなやつがやったの」

「ほうストーカーか。処す? 処す?」

「だから、どこからそういう言葉を覚えてくるんですかお爺様は。……はい終わり。今はまだ軽く腫れてるだけだけれど、悪くなるようなら病院に行って診てもらってね」

「はい。ありがとうございます」

「どういたしまして」


 私がお礼を言うと、古雅先輩は笑顔で返事をして立ち上がる。


「じゃあ私はちょっと離れるけど、変なことはしないでくださいねお爺様」

「ふりか?」

「違います」


 鉄之助さんの言葉にぴしゃりと言い放ち、薬箱をもって出ていく古雅先輩。

 何というか、仲がよさそうだ。


「ふむ。お嬢ちゃん下の名前は?」

「あ、すいません。山田璃音といいます」

「璃音ちゃんか。璃音ちゃんは稜のことをどう思う?」


 不意に聞かれたそれ。

 その問いは、今までのおちゃらけた雰囲気が嘘みたいな真剣な表情と声色で放たれた。

 だから私は一瞬躊躇して、そしてじっくりと考えてから口を開いた。


「……素敵な人だと思います。見た目だけじゃなくて、生き方とか、在り方とか。あんな綺麗な人になりたいって憧れます」

「ふむ。まあ及第点か」


 何が。

 そう聞ける雰囲気でもなく、鉄之助さんはなにやら頷き一人納得している。


 まさか私の一言が鉄之助さんの古雅先輩への評価に影響を与えてしまったのだろうか。

 その場合その影響はいいものだったのだろうか。


「お待たせ。山田さん何もされてない?」

「何かじゃ!? おまえどんだけ爺ちゃんを信じてないんじゃ!?」

「本当に信じてなかったら置いていかないわよ」


 戻って来た古雅先輩と言いあう鉄之助さん。

 その姿を見ていたら、先ほど抱いた不安は無用なものな気がした。

 過去に何かあったのかは分からなけれど、今の二人は本当に仲のいいお爺さんと孫に見えたから。



 その後。

 しばらく鉄之助さんに色々と質問攻めにされた後ようやく解放され、私は帰路についていた。


「ごめんなさいね山田さん。こんな時間まで付き合わせて」

「いえ。大丈夫です」


 ただし一人ではなく、隣には古雅先輩。

 もう暗くなったからと送ってくれることになったのだけれど、最初はそれでは古雅先輩が帰りに一人になってしまうと断った。

 けれども古雅先輩の「私は大丈夫だから」という言葉と、鉄之助さんの「そうじゃそうじゃ送られてけ」という言葉によって押し切られた。

 古雅先輩が大丈夫というのはまだ分かるけれど、鉄之助さんは孫の扱いがそれでいいのだろうか。いやまだ厳密には遠い親戚で孫ではないらしいけれど。


「お爺様もあんなに山田さんを困らせて。そんなに学校で私がちゃんとやってるのか気になるのかしら」


 古雅先輩の言う通り、鉄之助さんからの質問は古雅先輩に関することばかりだった。

 客観的なことはもちろん私個人の感想まで求められたので、素直に答えはしたものの恥ずかしかったし、古雅先輩もどこか所在なげにしていた。


「どちらかというと孫が可愛くて仕方ない感じでしたけど」

「……そうなんでしょうね。未だに実感がわかないのだけれど」


 私の言葉に、古雅先輩は何故か迷子の子供みたいな困ったような顔をした。


「あの人ああ見えて稽古の最中は本当に恐いのよ。私が物心ついた頃から厳しく指導されてたから、三つ子の魂百までで未だに少し恐いもの」

「普段は優しくしてくれなかったんですか?」

「恐いから稽古が終わったらすぐ逃げてたの。お爺様はお爺様で私に嫌われてると思って普段は近寄らなかったし、今思えばすれ違ってばかりだったのね私たち」


 そう言って苦笑する古雅先輩。

 実の親子だって時にはいがみ合ったりすれ違ったりするのだから、古雅先輩と鉄之助さんにも色々あったのだろう。

 それを乗り越えたからこそ、この二人は仲がいいのかもしれない。


「そういえば古雅先輩、本家って何をやってる家なんですか?」


 先ほど古雅先輩は鉄之助さんから直接指導を受けていたようなことを言っていた。

 それはつまり、本家には桧さんの家の古武道みたいに脈々と伝わっている何かがあるということだろう。

 それが気になり聞いてみたのだけれど。


「えー……あー……何て言えばいいのかしら」


 困っていた。今まで見たことがないくらいすっごい困ってた。

 目は泳ぎまくってるし額には汗が滲んでるし指先も震えてる。こんな狼狽えた古雅先輩は見たことがない。

 もしかして私は地雷を踏んだのだろうか。人には言えない……ヤのつく自由業とかだったのだろうか。


「違うの! 人に言えないどころかむしろ誇れることなんだけど、今言っちゃうと山田さんにひかれるというか軽蔑されるというか……」


 人に誇れるのに私に言うと軽蔑される。

 もう意味が分からない。ついでに古雅先輩の挙動不審っぷりが前例のないレベルになってきている。


「ご、ごめんなさい。でもきっと本当のことを言ったら山田さんは私のことを嫌いになると思うか……」

「なりません」


 辛くて、苦しそうに言う古雅先輩の声を遮って、自分でも知らないうちに私は叫ぶように言っていた。


「私が古雅先輩が大好きです。それは見た目とか立場とかじゃなくて、生き方とか姿勢とか心とか……きっと古雅先輩の魂に惚れたんです。だから古雅先輩が隠し事をしてたって、嫌いになったりなんかしません」


 気づいたらそんな告白まがいのことを言っていた。

 でも私に真実を言えない古雅先輩は後ろめたそうで、今にも消えてしまいそうで、こうでも言わないと私の前から居なくなってしまうような気がした。


「……」


 私の言葉に、古雅先輩は目を丸くしたまま固まっていた。

 言ってしまったという思いはあるけれど、それ以上に何だか清々しかった。

 口に出して言ってしまえば、私の思いに何一つ後ろ暗いことなどないのだと、そう確認できた気がした。


「……魂。魂か」


 しかし私の言葉を反芻するように繰り返す古雅先輩を見ていると、後悔はしていないけれどやはり恥ずかしいものは恥ずかしかった。

 何というか、何でそんなカッコつけたような単語がポンポン出てきたのだろうか。


「ありがとう山田さん。私も何事にも一所懸命で真っすぐな山田さんが好きよ」


 古雅先輩は古雅先輩で、そんなことを綺麗な笑顔で言うものだからますます恥ずかしくなってくる。

 暗くなかったら、顔に血液が集まっているのがバレたかもしれない。


「……安心した」


 ふと漏れ出たその言葉は、私と古雅先輩のどちらのものだったのか。

 安堵の声は夜空に吸い込まれて消えた。

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