地味な山田はさらわれる
生徒会副会長である古雅稜に、風紀委員長である月島勇翔が一方的に言い寄っている。
そんな噂が流れ始めたのは、週の真ん中である水曜の朝の事だった。
いがみ合っている生徒会と風紀に所属する二人を表面的にしか知らない人たちには予想外の噂。
そして実際の二人の仲を知る人たちにもその噂は予想外だったに違いない。
「アハハハハハハ!」
「……」
何せその噂を聞いた本人たちが、片方は今まで見たことがない勢いで笑い声をあげ、片方は噂を流した張本人を抹殺するのではないかと思わせるほど不機嫌なのだから。
「……笑いすぎだ古雅」
「ご、ごめん。で、でも私に月島が言い寄ってるとか……アハハハハハハッ!」
「眼鏡! 本当にただの噂なのですわね!?」
「当たり前だろうが金角! こいつに手を出すくらいなら舌を噛み切る!」
放課後の生徒会室にて、噂の真偽を問う藤絵先輩と激しく抗議する月島先輩。
そして一人馬鹿笑う古雅先輩。一体古雅先輩は何がそこまでツボにはまったのだろうか。
「はあ、おかしかった。でも気にするほどのことはないんじゃないかしら。事実無根だし、一応は被害者扱いの私が月島を糾弾するわけもないもの」
「確かにそうだが、しかし誰がこんな噂を流したのか……」
「もしかして工藤じゃないっすか?」
月島先輩の疑問に答えたのは蘇芳くんだった。
あくまで無断欠席の罰と私の護衛代わりとしてその場に居た蘇芳くんの言葉に、その場に居た全員が意外そうな顔をする。
「あいつ最近は古雅さんには近寄れないわ、山田もガードが固くなったわで荒れてやがるから。そんで二人の共通の親しい男子つったら風紀委員長だけだし、嫉妬みたいなもんじゃねえかと」
「あら? それなら蘇芳くんも当て嵌まるんじゃないかしら?」
「俺は体育の柔道の時間にやけに絡まれたから、試合にかこつけて投げまくったら寄ってこなくなったんで」
「……」
まさかの幼馴染は蘇芳くんに〆られた後だった。
そもそも幼馴染は何故正面から蘇芳くんに突っ込んだのだろうか。まさか勝てるとでも思ったのだろうか、このスタイルのいいゴリラのような人間に。
「意外ですわね。あの頭の中に花が咲いているとしか思えない男が上下関係を理解してわきまえるなんて」
「逆に頭に花が咲いてるから、単純な力の差をみせつけられてやっと理解したんじゃないか?」
「そうねえ。実際DVやモラルハラスメントをする男って、上司みたいな自分より上の立場の人間には頭が上がらないタイプが多いのよね。だからこそ自分より下の立場の人間を作って自尊心を満たしてるんでしょうけど」
三人の上級生から酷い言われようの幼馴染。
でも自業自得だし私には関係ないからどうでもいい。
「まあ結局は負け犬の遠吠えだから、放っておいても大丈夫じゃないかしら」
「そうですわね。あの小物に大したことはできないでしょうし」
「まあ確かに相手にするのも馬鹿らしいか」
そして幼馴染の存在自体を放置すると決定した生徒会及び風紀委員会。
しかしこの決定が間違っていたと分かったのは、その日のうちの事だった。
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毎度おなじみの放課後の見回り。今日は桐生さんと桧さんは付いてきていないので蘇芳くんと二人きり。
最近は蘇芳くんと二人でいるのにも慣れてきたけれど、傍から見ると小柄な女子の後ろを大男が付いて来ているので、中々謎な光景らしい。
「そういえば明日抜き打ちで服装検査をするから、気を付けてね」
「あ? いいのかそんなの漏らして?」
「うん。お世話になってるし。他の人には内緒で」
まあ蘇芳くんは髪も規定内だし、余計なアクセサリーの類もつけてないので前のボタンをちゃんとするだけで通過できるだろうけれど。
むしろ暑いわけでもなさそうなのに何で前をちょっと開けてるんだろう。
その逞しい胸板を見せつけたいのだろうか。
「ああ、まあサンキュ。しかしおまえらも大変だな。他の連中が登校する前には校門に立ってるわけだろ」
「そうは言っても一時間前からだから。面倒くさいならそれより前に登校すれば引っかからないよ?」
「部活入ってるわけでもないのにそんな早くこねえよ」
私の軽口に呆れたような目を向けてくる蘇芳くん。普通の女子ならその狼を思わせる目に怯んだりするものなのかもしれない。
実際クラスメイトの女子に「何であんな恐そうなやつと一緒にいられるの!?」と聞かれたことはある。
そう言われて改めて蘇芳くんを客観的に見てみると、目つき悪いし体でかいし筋肉質だしゴリラだしで、なるほど確かに恐いなあと思う。
そう思いはしても平気なのは、最初に蘇芳くんに助けてもらったという事実が大きいのかもしれない。
見た目に反して優しい人だと身をもって知っているから。
もし古雅先輩と蘇芳くんとの出会いの順番が逆だったなら、古雅先輩ではなく蘇芳くんに一目ぼれする未来もあったのかもしれない。
今となっては想像もできない未来だけれど。
「危ねえ!?」
「え?」
そんなことを考えていたら、不意に蘇芳くんが警告を発する声が聞こえて、私の横に回り込んできた。
そこへ飛来してきたのは、黒いボールのようなもの。
蘇芳くんが右手で叩き落とすと同時、それは砕け散り辺りに粉塵のように広がった。
「ぶ……ゲホッ!? なんだこ……ハクション!?」
「……胡椒?」
もろにその粉塵を吸い込んでしまい、せき込んだ後にくしゃみを繰り返す蘇芳くん。
蘇芳くんが壁になってくれたおかげで私にそれは届かなかったけれど、鼻孔につくような臭いからそれが胡椒だと分かった。
胡椒爆弾。
単語としては聞いたことがあるけれど、まさか本当に作る人間がいるとは。
しかも意外に効果は大きいらしい。蘇芳くんは鼻だけでなく目にも胡椒が入ったらしく、滝のように涙を流している。
「大丈夫? どこか水で……」
「もらったあ!」
「え?」
とりあえず移動しないと話にならないと蘇芳くんの手を引っ張ろうとした所で、物影から出てきた男子生徒にタックルされそのまま肩に担がれた。
「やったぜ!」
「山田! くそっ! どこだ!?」
そしてそのまま走り出す男子生徒と、目をつぶされ身動きがとれない蘇芳くん。
何かあるかもと蘇芳くんを護衛に付けてもらっていたのに、こんなにあっさりとさらわれるとは我ながらびっくりだ。
「たーすーけーてー!」
「痛たたたた!? 大人しくしろ!?」
とりあえず居場所を伝えるためにも大声で助けを呼びつつ、ひたすら男子生徒の後頭部を肘で小突いてみる。
しかし残念ながら私の腕力では相手を気絶させるのは無理そうだ。担がれた状態では急所も狙えないしどうしたものか。
そんなことを考えるあたり余裕そうだけれど、実際はそんなに余裕はない。突然のことに意識が追いついていないだけだ。
「山田さん!?」
しかし実際そんなに焦らなくても大丈夫かもしれない。
偶然かはたまた必然か。校舎から出てきた古雅先輩が、私と私を担いで逃げる男子生徒に気付き走り始める。
この男子生徒殺されるのではなかろうか。
そんなことを考えながら私は担がれたまま男子生徒の後頭部を小突き続けた。