疑惑
――きっとその思いは無駄にならないから。
そう彩月さんは言った。
その意味をずっと考えていた。どうして彩月さんはそんな希望を持たせるようなことを言ったのかと。
普通に考えればその恋が成就しなくても得られるものはあるという意味合いだろう。
古雅先輩なら私の気持ちを知っても酷く拒絶されたりはしないという信頼もある。
でもそれにしてはやけに確信めいた彩月さんの態度が分からない。
まるで古雅先輩が私の気持ちを受け入れるとすら思っているような。
「……古雅先輩ってレズなのかな?」
「ぶほぉっ!?」
昼休みの生徒会室。
最近恒例となってきたお弁当タイムの最中知らず呟いた言葉に、桧さんが飲んでいた野菜ジュースが逆流して紙パックが膨らんだ。
膨らみはしたが臨界点は突破しなかったらしく破裂はしなかった。こうしてお昼休みの平和は守られた。
「マジ!? やっぱリオンもそう思った!?」
「おまえもかよ!?」
私の言葉を聞いて何故か目を輝かせる桐生さんにつっこむ桧さん。
ちなみに話題の中心である古雅先輩は、用事があるとかで鍵を開けるとすぐに何処かへ行ってしまった。
そうでなければいくら無意識とはいえそんなことは呟かなかっただろう。
「いや。ホント何でアンタらそんなけったいな発想に至った?」
「女子高で『お姉さま』とか呼ばれてても違和感なさそうだから」
「……確かに」
桐生さんの言葉を聞いてしばし沈黙した後に納得する桧さん。
確かに似合いそう。というか妹ポジションに私が収まりたい。
「山田さんは何でそう思ったの?」
「……えーと」
桧さんに聞かれ、どう答えようかと迷う。
彩月さんとのやり取りを全ていうわけにはいかない。
私がレズだから古雅先輩もレズだと嬉しいなどと言えば、間違いなくドン引きされるだろう。
桐生さんは案外「マジで!?」とか言いつつ受け入れそうだけれど、間違いなく騒動を引き起こす方向に持ってくのでどちらにせよ言いたくはない。
「この間会った彩月さんって人がそんなことを」
「またあの変態か!? 古雅さん絡むとホントにトラブルメーカーだなあの人!」
彩月さんの名前を出したらあっさり信用された。
酷い言われようだがある意味信頼されているらしい。
「え? 何? 『俺になびかない女はレズに決まってる』みたいな?」
「いや、彩月さんはどっかの幼馴染と違ってそんな勘違いしないから」
桐生さんの推測を即座に否定する桧さん。
確かに彩月さんはそういう自信過剰な人ではなさそうだった。間違いなく変態ではあったけれど。
「いっそ古雅先輩はレズだって広めてみない?」
「やめろ!? 二、三年の女子に制裁される!」
軽い調子で言う桐生さんに本気で嫌がる桧さん。
一体この学校の二、三年の女子はどんだけ物騒なのだろうか。
それだけ慕われているとも言える古雅先輩も凄いと思った。
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「現状変わりはない……か」
璃音たちが生徒会で昼食をとっているほぼ同時刻。
一階にある会議室にて、古雅から話を聞いた月島は疲れたようにため息を漏らした。
「誤解が解けたのと私に矛先が向いた分、山田さんへのやっかみは減ったみたいだけれど。まだ思い込みの激しい子が何人か暴れているみたいね」
「面倒だな。どうしてそこまで自分の都合がいいように思い込める」
「それが恋というものなんじゃない。月島にだって経験はあるでしょう?」
「……さあな」
ふいと目を反らして言う月島に、古雅はクスリと笑って見せる。
「やっぱり山田さんは完全に私たちの庇護下に入ってもらった方がいいかもしれないわね」
「以前のおまえみたいにか?」
古雅の提案に、月島は不機嫌そうな顔を隠そうともせず言った。
それを聞いて古雅は困ったように眉を歪めながら笑う。
「あんなことがなければ、私も月島と一緒に風紀委員をやっていたかもしれないわね」
「まったくだ。あの時のおまえも、今のおまえもどうかしてる」
拗ねたような言い分に、古雅は再び苦笑する。
この真面目一辺倒な友人には、今の自分の在り方はさぞストレスになっているだろうと察しながら。
「場合によっては暴露してあの幼馴染を叩き潰すのもありかもしれないわね」
「それでおまえの名誉が傷つくようなら……」
「大丈夫よ。少なくとも二、三年の生徒はみんな知ってることだし、一年の子たちに嫌われてもどうせ卒業だもの」
「おまえが納得できるならとやかくは言わないが、それで傷つくのはお前だけじゃないことは覚えておけ」
「ええ。もちろん」
月島の忠告に、古雅はいつものように綺麗な顔で笑って見せる。
しかしふと思い出したそれに、顔をわずかに曇らせた。
「山田さんに嫌われるのは辛いかもしれないわね」