お出かけ2
「……」
「あらあら。お疲れね山田さん」
数時間後。
近くのショッピングモールへと連行された私は、次々と試着をさせられ、通路わきのベンチに腰かけ完全に撃沈していた。
「やっぱリオンにはこういう系でしょ!」と桐生さんが持ってきたワンピースに続き、様々な種類のスカートだの、レースをふんだんに使ったブラウスだの、もはやそれはコスプレではないのかと言いたくなるゴスロリだの。
今までに着たことはおろか見たこともない服の嵐に、私は何かもう諦めの境地に達していた。
しかもゴスロリを持ってきたのは古雅先輩だという。
むしろ古雅先輩が着た方が似合うと思います。
「桐生さんはもう少し服を選びたいらしいからここで待ってましょうか。まあどちらかというと桧さんの服を見繕いたいみたいだけれど」
「……」
古雅先輩の言葉に、ベンチに腰掛けたまま桧さんへ心の中で合掌した。
でもさっきまで私の服を楽しそうに選んでたのを考えれば自業自得かもしれない。
「ふふ。でも楽しかったでしょう?」
「……どうなんでしょう」
楽しかったかと聞かれても、まず先に疲れたという感想が出てくる。
言い出しっぺの桐生さんは勿論のこと、古雅先輩も予想外にノリノリで、最後の方は桧さんまで嬉々として服を選んでいた。
一体何が彼女たちの琴線に触れたのだろうか。
「だって山田さん可愛いんだもの。特に少し恥ずかしそうなところなんて、男女関係なく惹きつける素養があるとすら言えるわ」
「……」
臆面もなく可愛いと言われて、何も言い返せずに頬が熱くなるのを感じた。
きっと古雅先輩に他意はない。それでも嬉しいと思うのは確かな私の心だ。
「それに山田さんだって楽しかったんでしょう。だって笑ってるもの」
「……え?」
そう言われて私は思わず自分の顔に触れていた。
楽しければ笑う。それは当然のことだ。
けれどもその当然のことを意識せずに感じたのはいつ以来だろうか。
「いい子たちと友達になれたわね。特に桐生さんとの関係は山田さんが自分で変わろうとしたからこそできた繋がりだもの。大切にしてね。その気持ちを」
「……はい」
確かに。初めて出会ったときは桐生さんと友人になれるとは思わなかったし、彼女があんなに面倒見がいい人だとは思わなかった。
変わりたくて一歩踏み出した。
その結果が全て上手くいったわけではないけれど、そうすることで得た絆がある。
それはきっと素晴らしいことなのだろう。
「あの……古雅先輩は、どうしてそんなに素敵なんですか?」
「え?」
何だか嬉しくて思わず聞いてしまったそれに、古雅先輩は驚いたように目を丸くした。
「……素敵。素敵か。周りの女子生徒にはよく言われるのだけれど、山田さんみたいな子に言われると不思議な気分ね」
「嘘じゃないです」
「ああ、ごめんなさい。そういう意味ではないの。少し恥ずかしいけれど嬉しいわね。きっと私が素敵に見えるのは、私がこれまで積み重ねてきたものの証だもの」
そう言って微笑みを浮かべる古雅先輩は、その指先の動きに至るまで美しかった。
それは本人の言う通り、様々な習い事やお稽古が身に染み込んでいるからなのだろう。
「古雅先輩は本家を継ぐために習い事ばかりしてるんですよね? 習い事が辛くはなかったんですか?」
「辛かったわよ。もう何度も逃げ出したいと思ったし、実際何度か逃げたこともあるわ」
意外な答えに、私は驚いて次の言葉が出てこなかった。
そんな私を見て古雅先輩はくすくすと楽しそうに笑う。
「だって物心ついたころから遊ぶ時間なんてほとんどなくて、厳しい先生方に理不尽に叱られるのよ。子供に伝統芸能の重要性だとか家の継承だとか言われても理解できないし、責任感が湧くわけもない。毎日泣いてばかりだったわ」
軽く言う古雅先輩だけれど、それは一歩間違えれば虐待と言うべき扱いではないだろうか。
というか古雅先輩が訴えれば勝てそうな気がする。
「でもね、今時本家に分家の子を差し出すなんて、そんな時代錯誤なことがあるわけがないの。お爺様は私が望むならいつでも養子入りをやめていいって。そう言ってくれていたの」
「そうなんですか?」
「ええ。だから最初は強制されてやらされていたことだけれど、今も私がそれを続けているのは私が選んだから。そうやって自分で選んだ道だから私は頑張れるの。成果も失敗も自分のもの。他人のせいにする暇なんてないから、あとはもう楽しまなければ損じゃない」
そう言って笑う古雅先輩は綺麗だった。
それはきっと見た目だけではない。古雅稜という人の生き方が美しいからこその輝きなんだと思う。
そんな古雅先輩が私は大好きだった。
こんな風に自分に自信がある素敵な女性になりたいと思った。
「だーれだ?」
そんな古雅先輩を、突然背後に現れた青年が両手で目隠ししていた。
「……え?」
突然のことに間抜けな声が漏れる。
誰この人?
いつの間に近づいてたの?
何で古雅先輩に「だーれだ?」とかやってるの?
「……」
「グホォッ!?」
そんな私の疑問をよそに、目隠しをされたまま微動だにしなかった古雅先輩が、上半身を回転させ無言で肘を謎の青年に叩き込んだ。
口から空気を漏らしながら数メートルほど吹っ飛ぶ青年。
そのまま地面に倒れ込みピクピクと痙攣している。
……え? 何? 痴漢?
というか勢いよく吹っ飛んだけれど生きているのだろうか。この場合やっちまった古雅先輩に正当防衛は適応されるのだろうか。
「はあ。またですか彩月先輩」
「ふふふ。相変わらずいい一撃を持ってるね稜ちゃん」
「……え?」
何が何だか分からず混乱する私をよそに、呆れたようにため息をつく古雅先輩と、何事もなかったように立ち上がる青年。
どうやら知り合いのようだけれど、知り合いなら何故古雅先輩は問答無用で回転肘打ちをくりだしたのだろうか。
そして青年は人を素手で殺せる古雅先輩の一撃を受けて何故平然としているのだろうか。
「おや、そちらの子はお友達かな。稜ちゃんとは違ったタイプの美人さんだね」
今更古雅先輩の隣にいる私に気付いたのか、爽やかな笑みを浮かべるウルフカットが印象的な好青年。
間違いない。こいつは変態だ。
長年の幼馴染との付き合いで研ぎ澄まされた感覚で、私は本能的にそう理解した。